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【1話】 お金と仕事とアレとソレ

 地方都市ファーデ。古くからの町並みや景観を大切に守っている都市で、その美しさは現代のロマンチック街道、ネルトリンゲンを彷彿とさせる。ボロボロの施設に居たころから比べると、右を見ても左を見ても、その建物たちはまさに夢にまで見た御伽噺の世界そのものであった。


 ファーデに着いた頃にはもうすっかり夜だったが、町は活気に流れていてあちこちを人が行き交っている。


 洋服を売っている店がある。あっちはパン屋だろうか。ケーキ屋にカフェ。銀行に郵便局…。色々なものに目移りしていると、ふわふわの毛をした洒落た猫があたかも歩き慣れているかのように足元を通り過ぎていく。私より外慣れしている…。


「あれ、エリシアちゃん! その子は新人さんかい?」


「おー! おっちゃん! そうなんだよ、後で寄るからさ!」


 そんな時、突然声をかけてきたのは靴屋の店先で呼び込みをしていたおじさんだった。エリシアが急に止まるもんで、私はまた躓きかける。


 そのおじさんは頭にタオルを巻いて煙草を咥えた無精髭、細い目の四角い顔に隆々とした体つき。それに緑のオーバーオールが似合いすぎている。靴屋ですと言われたら、そうでしょうねと言ってしまいそうな出で立ちだ。


 エリシアとは知り合いのようで、「待ってるぜ! アミューちゃんも新人ちゃんもな! 安くするから!」と手を振って別れた。去り際に私にウインクまで付けてくれて、何だか胸がポカポカする。素敵な人だ。


 エリシアはこの町でどうやらそれなりに人気者のようだった。といっても、得意先の武器屋や装備のお店のおじさん達に気に入られているといった印象だ。表裏が無くて人懐っこそうな感じだから、ウケがいいのかもしれない。金払いもよさそうなイメージだ。


 町を行く人々の格好はどこを切り取っても綺麗で、素敵で、思わず見とれてしまう。頭を動かしながらキョロキョロと周りを見渡す小汚い私の格好は、町の美しさに反して浮いた存在だったかもしれない。そう思うと途端に恥ずかしくなってくる。


「うおっ! どうした急にくっついてきて! 走りにくいって!」


「私絶対浮いてるから…! あんまり見られたくない…!」


 なるべく小声で会話したい私だが、エリシアはそんな雰囲気を悟れるような人間ではない。さっきよりわーわー言いながらドタドタと走るので余計に目立ってしまう。回りの視線が此方に向いていると思うと、やはり堪らなく恥ずかしかった。


「ねえ…! まだ着かないの…っぁあ!?」


 私が我慢の限界に達したのと、エリシアの足が止まるのはほぼ同時だった。慣性のせいで思わずエリシアに突っ込む。


 走って止まって走ってを繰り返していたせいで、膝はガクガクだし息も絶え絶えだった。そもそも走ったことなんて、生まれてから数えるくらいしかなかった。


 そんな私の肩を、息一つ切らさずついてきていたアミューが軽く叩く。顔を上げた先にあったのは、白塗りの壁と茶色い屋根の対比がなんとも可愛らしい欧風の家だった。


「着いたぞディア! 今日からここがお前の家だ!」


「私の家…!」


それは普通の人が見れば、景観に馴染むように建つ2階建ての普通の家だろう。それでも私が一目惚れしたのは言うまでもない。扉を開けてくれたエリシアに促され、中に入ると更に気に入った。


 傷一つ無い木目の美しいテーブル。背面に華の彫刻があしらわれた椅子。整頓されたキッチン。柔らかいカーペット。レンガ造りの暖炉。清潔感のあるお風呂。水で流れるトイレ。奥の部屋は作戦会議室らしく、壁に黒板が貼られコの字型に机が並べられている。二階に上がればベッドが3つ。寝室を照らす明かりは淡いオレンジ色で、そのふかふかのベッドに転がってしまえば、恐らくもう今日は起きてこられないと確信できた。


 施設では本の中でしか見たことの無い、まるで家族で暮らすかのような家がそこにはあった。


「どうだ、ついてきてよかったろ?」


 エリシアは私の頭をポンと叩くと半分馬鹿にするような笑顔でそう言った。何を見ても驚いて喜ぶ私が面白かったのだろう。でもその通りだ。ついてきてよかった。今の所、暮らしぶりの改善面では言う事なしだ。


「うん、ついてきてよかった」


「そうだろそうだろ! じゃあ早速色々揃えに…」


「けど…」


 私がついてきてよかったと言ったのが余程嬉しいのか、エリシアはアミューの手をとり小躍りしていた。揃えに行くと言うのも、きっと先程の靴屋や、もしかしたら働く為の武器や装備や、日常の服なんかを買ってくれるのかもしれない。


 けれどもどうしても引っかかる事は幾つかあったし、今すぐ教えて欲しい事なんてもっと沢山あった。このままエリシアとアミューと不思議な生活を続ければ、それはそれは幸せで、昨日までに比べれば格段に自由なのだろう。


 私が暗い顔をしたせいで、踊っていた二人は手を下ろして顔を見合わせてしまった。


「聞きたいことが あるのね」


 アミューは出会ったときと変わらず、何の表情も変えずに言う。一方のエリシアは「何の話?」と言わんばかりの顔をして、困った顔で私とアミューを交互に見る。


 そう、そうだ。恐らくこのまま暮らしていれば、エリシアは何も教えてくれない。


「私、やっぱり教えて欲しい。いいでしょ? ねえ、どうして私を運んだの? どうして施設は野放しにされているの? 私のお父さんとお母さんは? 私以外の皆は誰に買われてどうやって過ごしているの? 傭兵って何をするの!? わた-』


 喋り始めた途端、頭の中がぐちゃぐちゃになった。色々ありすぎて、何もまとまってなんかいなかった。


 喋る度に段々語気が強くなり、興奮してまくし立てる私の口をアミューは手で押えた。そうか、教えてくれないつもりかと思って、思わずその手を引きしてしまう。


「どうしても教えてくれないのね!」


「ディア…違う…落ち着いて欲しい…。 エリシアは…その…。そんなに沢山覚えていられない…」


 アミューは初めて困った顔で見せた。そういうと親指を立てて、後ろをクイクイと指してみせる。その先を覗き込むと、難しそうな顔をしたエリシアが「どうして? どうして? 何がどうして?」といていた。どうやら難しい事は苦手らしい。頭がパンクしているようだった。


 その様子を見て私は落胆すると同時に、勘違いして振り払ったアミューの事を思い出した。


「あ、アミュー。ごめんなさい」


「いいの…知りたいのは当然…」


 アミューはそう言うと私とエリシアをテーブルに誘導して、温かい紅茶を入れてくれた。一口飲むと、広がる香りと体の芯から温まる感触に思わず深く息を吐いた。こんなに美味しいお茶を飲むのは初めてだった。気持ちが落ち着くのを感じた。


「エリシア…、ディアの質問に一つずつ…答えてあげて…」


「ん? んー、分かった。でも知らない事は知らないからな?」


エリシアがそう言うと、アミューは「一つずつね」と私に質問を促す。とりあえ私もなるべく冷静に、質問を切り出す事にした。


「まず、どうして私を選んだの?」


「え? 一番早く売って貰えるのが欲しいって言ったらディアだった」


エリシアはまた「そんな事か」といった顔で即答する。何となくこういう人間なんだなという像が見えていた分、逆にその答えに妙な安心感を覚えた。


「誰でも良かったけれど…結果それがディアで良かったって…。そういうこと…」


アミューがフォローするように付け加えた。エリシアもうんうんと重く。誰でも良かった事には少しガッカリしたけれど、それも巡りあわせなのかも知れない。


「ありがとう…。ところで、どうして施設は誰も取り締まりにこないの?」


「うーん、何というか。あの施設は金であらゆる用心棒を雇ってる。このファーデの自警団も手を出さないって事はそういう事だし、いろいろな所と金でズブズブなんだと思う」


「そんな!」


 瞬間、冷静さを欠く自分に気がついた。つまりは誰もあの施設を取り締まる事が出来ないし、もしかしたらこのまま一生施設はあのままで、私のような子供が今後も売られ続けるということだ。許せない。


 でも今は一旦矛を収める。息を整えて。まだまだ聞きたいことがある。


「私のお父さんとお母さんは? 施設に居た他の子達は…?」


「言った通り、お前の両親はお前をさらう時に死んでる。誰が殺したかは知らないし、そういう手口だから殺されたとしか言えない。他の子の行き先も知らないな。少なくとも行った先のいい噂より悪い噂の方が多く聞くよ。」


 エリシアは淡々と答える。付け加えるように、「二個いっぺんに聞かれると頭が混乱する」と眉をひそめて真顔で答えた。思わずごめんと謝ったが、これは今後もあらゆる場面で障害になりそうな予感がする…。


 でもつまり、私は捨てられてなんか居なかったし、あの施設の誰も親に裏切られた訳ではなかったのだ。金の為に子供をさらい、親を殺し、それを売って私腹を肥やす。その上金をばら撒きながら自分の身を守る巨悪に、ただただ利用されていただけだったのだ。


 それを考えれば、今この環境はもしかすると大きなチャンスなのかもしれない。エリシアとアミューに助けて貰えば、あの施設を無くす事が出来るかもしれない。そう思ったが、黙々と考える私の顔を見ていたエリシアが、まるで悟ったかのように「そりゃ無理だ」と鼻で笑った。


「な…何が無理だっていうのよ!」


 私が椅子から立ち上がって声を上げると、エリシアは紅茶を一口飲んで息を吐いた。


「お前今、私たちと一緒にあの施設をぶっ壊してやろうって思っただろ?」


 図星だった。やっぱりそうだなと笑う声が私の頭を混乱させる。混乱するとともに、猛烈に怒りがこみ上げてきた。


「何で無理なのよ! 3人じゃ敵いっこないって言うの!? そりゃ私にそういう経験は無いけれど、何とか頑張れば…!」


(チャリン)


「頑張れば…っ? 何これ、お金…?」


 言いかけた私の前に転がってきたのは 【1】と書かれた小さな硬貨だった。裏にはお城のような柄がデザインされている。


「いいかディア。施設で会った時に言ったけど、アタシ達は金の為なら手段も善悪も問わない傭兵だ。お前の言う通りお前とアタシとアミューさえ居れば、あんな施設も大枚叩いた用心棒も大した事は無いだろうよ」


 「じゃあ。」と言い掛けて冷や汗がドッと吹き出た。背中を冷たいものが走るのが分かった。まさかと思ったが、こればかりは当たって欲しくはなかった。私の出方を同うように黙った二人が自分の立てた仮説の正解のようで、この場から逃げ出してしまいたかった。


「ところでディア、その【1】 で何が出来ると思う。お前どうやら結構頭がいいな?」


 私は目の前に転がった硬貨を拾い上げた。見れば見るほどただの硬貨で、価値なんてタカが知れている。私はそれをそのままエリシアへ返した。そうか、この二人は文字通り傭兵で、言葉の通り金の為なら何でもこなすのだ。


 私はテーブルに顔が着くくらい頭を下げた。


「お願いします…! これで一緒に施設を無くして下さい…!」


「よし、よく言ったディア! その仕事受けてやる! やっぱりお前は物分りがいいな!」


 そう言うとエリシアは嬉しそうに立ち上がり、支度をすると言って二階へ上がって行った。やっぱりそうだ、言葉の意味はまさにそのままで、二人はお金があればどんな小額でも仕事を引き受けるのだ。 これであの忌々しい施設も日の本に晒されて、今後私のような子供は居なくなるはずだ。


 そう思うと俄然、二人のやっている傭兵という仕事に興味が沸いてきた。私の仮説は大きく外れていたのだ。もしかして施設の用心棒とはエリシア達の事ではないかと、勘ぐってしまった。善悪問わずとは言え、やっぱり弱きを助け、悪を挫くのだ。私の中で、生まれて初めて生きる意味を見つけられそうな気がした。


「じゃあ早速行こう! すぐにでも皆を助けないと!」


「待って…」


 そう言って家を出ようとした私を、アミューは制した。彼女は依然として、椅子に座ったままだった。


「どうしたのアミュー、早く行こう!」


「ディア…よく考えて…。私もエリシアも…あなたに [1G] で雇われた傭兵…。それがどういうことなのかを…。」


 低いトーンで私を諭したその言葉はいやに重い雰囲気を纏っていて、私はその場を動けないで居た。時計の針の音だけがする。


「あれ、行かないの?」


 そんな空気感の中を、エリシアは何食わぬ顔で入ってきた。先程まで着ていた軍服から、身動き取れやすそうなモノトーンの迷彩服に服装が変わっている。背中には背丈ほどの細長いバッグを背負っていて、それでも収まらないのか中身が頭の後ろ辺りからはみ出していた。


 黒く光る銃口が見える。


「あ、えっと、アミューが…」


 アミューは表情の無い顔でエリシアを見つめると、「どうなっても…知らないから…」と言って2階へと消えていった。


「アミューがどうかした? あいつ意思疎通苦手だからなあ。」


 エリシアはそういうと、頑張ろうなと私の肩を叩いた。


 正直、私にはアミューによく考えてと言われたその言葉の意味を考えるより、施設を無くせる喜びが勝っていた。エリシアがこんなにもノリノリで力を貸してくれる事を嬉しく思っていたし、二人の力になることが出来て、二人に必要とされているような気がして有頂天になっていた。そんな経験今までした事がなかったからだ。


「お待たせ…」


 そういうとアミューは出会ったときから身にまとっている軍服のままで降りてきた。本人は用意は出来たと言っているから、問題ないのだろう。


「よーしディア! 夜襲をかけるぞ! あんな胸糞悪い施設、一気に畳んじまおう!」


「うん!」


 意気揚々と家の戸を開け出て行くエリシア。その後を私は力強い一歩で追いかけた。私はこの時、やっぱりアミューの言葉の意味なんかこれっぽっちも理解していなくて、自分が施設から出てきただけの、何も持っていない人間である事に気が付いていなかったのだ。


 引き取られた瞬間から私は二人の仲間で、家族のような存在で、今後一生を共にすると、そう思っていた。


 血も涙も無い悪魔に、身も心も何もかも取り上げられたと気付くのはすぐ後だった。

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