【9話】 オネェと反発
私、ディア・ローライトは目を覚ますとベッドの上だった。寝たままの体勢で左右を見回すが誰の声もしない。どうやら寝ている間に夜が来たようで、枕元にある暖色の小さな明かりを消せばそこは真っ暗な空間だった。ただ真っ暗な部屋ならいいのだが、一つ問題があるのだ。
「ここはどこ…」
そう。ここは私が住む事になったあの家ではないのだ。何なら今寝ているベッドは明らかに質が違うし、このまま目を瞑ればもう一度深い眠りに落ちるであろう程に、柔らかく包み込んでくれる。それに天蓋が付いていて、カーテンが閉まっている分ここがどこのどんな部屋なのか確認も出来ない。
「と…取り合えず外……ッッた!!」
体勢を変えようと体を動かすと、右手首に鋭い痛みが走る。右手をついて立てないほどだ。ゆっくり布団から引き抜いてみると、包帯に張り薬といたってシンプルに処置してある。恐らく強めに捻った形なのだろう。心当たりは例のアレだ。
私は取り合えず右手を庇うようにうつ伏せになり、膝と左手で起き上がる。カーテンを開けるとご丁寧に私の靴が置いてあり、取り合えずそれを履いて部屋の電気を探すことにした。今ある明かりがベッドの明かりだけなもんで、カーテンを全開にして部屋中を仄かに照らす。私が動くたびに私の大きな影が部屋を埋めるのが、何だか少し不気味だ。
「部屋の照明のスイッチは…っと」
薄暗い部屋を見渡すと、何だか高そうな調度品でいっぱいだ。ベッドに天蓋がついている時点でなのだが、随所に散りばめられた金色がベッドの明かりを反射して光る一体私は誰のどこの部屋に運ばれたのだろうか。
壁伝いに部屋を回ると、入り口の脇にスイッチがあった。これが部屋の明かりかとばかりに点けて後悔したのだが、スイッチをいれた途端に天井のシャンデリアが煌々と輝き、寝起きの私の目にはあまりに眩しかった。
明るくなると部屋の中がよく分かる。高そうな食器が並べられた棚や革張りのソフア。私が寝ていたキャノピーベッドに部屋の隅には西洋の甲冑までいる。暗い間に見つけいたら、恐らく叫んで漏らしていただろう。先に見つけたのが部屋の明かりでよかったと心から思った。
「私…あそこでエリシアに撃たれて…」
取り合えず分からないところで適当に動くのは危険だ。ベッドに腰掛けて先刻の酷い記憶を呼び覚ます。恐らく、恐らくだがエリシアの助言を元に反発の練習をしていた私の右手を、エリシアは愛銃ラーティで撃ったのだ。右手が吹っ飛んでいないところを見ると、反発は発動していたのだろう。ただその威力に手首が追いつかなかったのだ。見事に手首を痛めてしまった。そしてそのまま衝撃で後ろに飛んだ私、受け身を取る暇も無く後頭部から道に叩きつけられたわけだ。今まで後頭部は痛くなかったのに、そう思うとズキズキしてくる。
痛めた手首はどうあれ、右手自体はピンピンしている。反発がしっかり機能していたのだと嬉しくもなったが、あの銃をこの細腕が弾いたかと思うと信じられなかった。エリシアの銃はラーティと呼んでいるが、正式には 【ラハティL-39】 という恐ろしくゴツイ銃だ。万が一生身の手で食らったら、手首から先は木っ端微塵に無くなっていただろう。
いやしかし、いざ発動したのだと思うとやっぱり試したくなる。右手がダメなら左手だ。左手で反発を試した事はないけれど…。
私は辺りを見回し、棚の上にあったゼムクリップを手に取ると、手の平の上に乗せて眼を瞑った。イメージ的には、クリップが真上に1メートルほど跳ね上がるような、そんなつもりだ。手の平がじわっと温かくなるのを感じる。今だとばかりに目を開き、息を整えて力を込めた。
(カンッ…)
クリップは真上に跳ね上がった。天井で弾かれると、そのままシャンデリアに跳ね返り、床へと落下する。ここまではイメージ通りだ。あとはこのまま左手に力を残せているか確かめたい。だが手をついたり、ベッドの天蓋の支柱を持ったりすると、弾かれた衝撃で肩が外れるかもしれない。
何か軽く飛んでいきそうなものに、指先で触れるだけでいい。集中力を切らさないよう、なるべく何も考えず周りを観察していく。軽そうなものだけ目に留めるのだ。
しかし見渡しても高そうな調度品ばかりでどうしようもなく、結局先程のクリップを右手で拾い上げ左手の上へ落とすことにした。するとクリップは私の手に感触を残さず、触れるギリギリで向きを変え真上へ飛んでいったのだ。成功だ。
「フフ…フフフフフ…」
ここまでくれば面白い。何たって圧倒的な力を一つ、自分のものにしてやったのだ心が躍る。もしかして手だけでも色々応用が利くのではないか。そう思って部屋の扉の前まで移動した。
部屋の戸はドアレバー式になっており、少し捻って押してやれば半開きにはなる。その状態で左手の指先をあてがってやれば、凄い勢いで開くのではないか。新しい玩具を手にした子供のように、私は何でも試したくて仕方なくなっていた。
(パァン!!)
これまたイメージ通り、扉は面白いように勢いよく開いた。今私の左手は、何でも弾く反発の力を得ているのだ。ここが何処だろうと関係ない。何だか得体の知れない勇気が湧いてきて、私の背中を押してくれるのだ。
そんな私は意気揚々と廊下へ出た。廊下の床は赤いカーペットになっていて、靴で歩き回るのが何だか申し訳ない。途中途中にある窓からはどこかの街の明かりが見えたが、これがファーデなのか別の場所なのか、日の浅い私には分からなかった。
「うーん…エリシアが連れてきたんだと思うけど…。 こんな所ファーデにあったっけ…」
長い廊下を歩いて歩いて、やっと突き当たった先は左右に分かれているようだった。私は歩きながらどっちにエリシアがいるのかと考えていて、集中を忘れている事なんか気付いてもいなかったのだ。
「ハァイ、可愛い子ちゃん。迷子かしら?」
「えっ…!」
後ろから聞き覚えの無い声がして、驚いて振り返る。が、そこには誰も居らず、歩いてきた廊下と開けっ放しにしてしまった先程の扉が遠くに見えるだけだ。
だが確かに人の声がした。振り向きざまに前へ回りこまれたのかと、前を向きなおしてみるがやはりそこには誰もいない。上も下も、誰もいない。そのまま2歩、後ろに下がって壁を背にする。
「やーねぇ、こっちよこっちぃ。私の事見えないのぉ~?」
また声がした。太いのに特徴的な口調で、少なくとも私の知っている人間ではないここがどこかも分からない以上、危害を加えられる可能性は0じゃない。集中できるか不安だったが、これが初めての実戦かも知れないのならと、私は眼を瞑って左手に力を込める。頼むから、今この時間は何もしないで。
「あらやだ。諦めちゃったの? んもう、仕方ないわね」
溜まった。目を開けて辺りを確認し、頭の中で何度も復唱する。左手で触れるのだ触れるだけで良い。それだけだ。アドレナリンが出ているのか、動悸がドンドン大きくなる。それでも不思議と気持ちは冷静で、息遣いは深く、瞬きの回数も減っていく何か掴めそうだった。
「一体どこに…」
「ここよ?」
私が右を向いた時だった。今まで居なかった筈なのに、私の目の前にはキラッと白い歯を害して笑う金髪の青年が居たのだ。目の前も目の前、顔と顔とが 10 センチほどの距離だ。あまりの驚きに心臓は胸を突き破って飛び出たかと思うほどだったし、声にならない叫びと少し涙も出た。
会敵は何が実戦だと思わんばかりの酷い有様だったが、考えるよりも先に体が動いた。私は運身の力で、左の手を青年の腹部へ押し込んだ。拳は確かに暖かい何かに包まれている感覚があり、まだ反発状態が続いているのだと確信した。
青年の腹部へ触れた瞬間、さらに溜めていた力を一気に放つ。何もかも感覚とイメージだ。果たして合っているのかも分からない。ただその時確かにフワッと浮いた感覚があったのだ。これは貰ったと思ったが、考えが甘すぎた。
「えっ!? うあっ!?」
そう、確かに浮いたのだ。だが浮いたのは青年ではなく私。私はそのまま妻い勢いで後ろに吹き飛び、廊下を激しく転がり回ると、先程開けたままだった扉に打ち付けられた。頭から背中から腰から足から、感じた事もない痛みと、それに続いてジワジワと車れるような感覚が襲ってくる。どこもかしこも痛くて、頭がおかしくなりそうだった。
私はそこでまた意識を失う事となった。
---×---
私、ディア・ローライトは目を覚ますとベッドの上だった。何だかデジャヴを感じるが、先程と違うのはエリシアが心配そうな顔で私を覗き込んでいる事と、金髪の青年が太い声でオイオイ泣いている事くらいだ。
今度は今度で何が起こっているのかさっぱりだし、視界が煩すぎてもう一度眼を瞑りたくなる。
「お! ディア! 目が覚めたか! 大丈夫か!?」
私の目が開いた事に気付いたエリシアが、一段と顔を寄せてくる。私が無言で額くと、それを涙目で見ていた青年も良かったとまたオイオイ泣き始めた。私の中で今良かった事は、青年が敵でなかったことだ。そうとは知らず悪い事をしてしまった。良くなかった事は青年がエリシアの知り合いだと言う事だ。それだけで厄日だ。
「ルークス泣くなって。ディアが反発の仕組みをよく分かってなかっただけだから」
「だっでぇ…」
「ディアもアバラが折れたくらい何とも思ってないって」
衝撃的な話だ。何か思うに決まっている。その話につられて思わず吹き込んでしまい、体が跳ねる度に胸に痛みが走る。走る痛みでその話が本当だと確信に変わってしまうのが悲しい。一日であちこちに故障を抱えてしまったかと思うと、先が思いやられる。
「ところでディア、お前反発の事勘違いしてるだろ。言っとくけど反射とか倍返しとかとは違うんだぞ」
エリシアが馬鹿にしたような顔で私に話しかけるもんで、そのまま掛け布団をすっぼり被って聞こえないよう潜り込む。しかし何の意味も無く、エリシアはお構い無しと布団を全て剥ぎ取ってしまった。私はズボンこそ軍服のものを着ているが、上半身は包帯でぐるぐる巻きにしてあるだけで何も着ていない。青年が居るのに酷い仕打ちだ。
私はキッとエリシアを睨むと体を隠すように胸の前で手をクロスさせる。
「ん、ああ。ルークスが気になるなら、こいつは心は女だから大丈夫だ」
「可愛い子は愛でたいけど、高層ビルより凹凸の少ないディアちゃんの体には興味ないわよ~」
そうじゃないし、なんて失礼な話だ。さっき反発でぶっ飛ばし損ねた事を後悔してしまう。私はエリシアから軍服のコートを貰うと肩にかけた。腕を通そうかと思ったが、上げただけで痛みが走るので泣く泣く諦めた。
青年はルークスと言うらしい。エリシアの知り合いなのだ。エリシアの知り合いなら、どうせロクな人間ではないだろうと思ってしまう。怪訝そうな顔で2人を睨んでいると、エリシアがフンと何か改まった様子で鼻から息をついた。
「そうそう、話がまだだったな。ディア、お前今私の事突き飛ばしてみろ。反発は無しでな」
「え…?」
突然のエリシアの申し出に、私は半笑いで固まってしまう。この数日間で恐ろしく溜まった鬱憤を晴らす、願ってもないチャンスかもしれないのだ。私はベッドから左手を使って何とか降りると、エリシアの前に立って思い切り突き飛ばした。
「うあっ…!! とと…」
「あらディアちゃん、大丈夫?」
思い切り突き飛ばしたのだが、エリシアの足腰が強いのか反動で私がよろめいてしまった。そのまま尻餅をついていれば折れた骨や捻った手で問絶は必至だったが、待ってましたとばかりにルークスが受け止めてくれた。ここまで予定調和のような雰囲気に、私はしてやられたと溜息をつく。
「まあ、そういう事だ。反発ってのは押した側と押された側、両方に力が伝わっていく。自分より重い物を適当に押したって、逆にぶっ飛ばされちまうんだよ。頑丈な壁をハンマーか何かで殴ったら手が痛いし弾かれるだろ? あれと一緒だ」
エリシアはいつも通り、得意満面にそう話してくれた。言われてる事はよく分かったが、そうであるなら体重の軽い私には出来る事が限られるのではないか。聞けば私の前任者達は腕の立つ人間ばかりだったそうだし、骨と皮と筋のような私はどう立ち回ればいいのだろう。
私がその旨伝えると、エリシアから返ってきた言葉はまあまあ予想通りだった。
「足腰入れて、押せ」
「嘘でしょ…」
恐ろしくも分かりやすい、原始的な方法だ。こちらが微動だにしないほど地面を捉えていれば、自分自身が体勢を崩される事も少なくなるだろう。何でもいいのだが、例えばローラースケートを履いた状態で壁を押すか、スパイクを履いた状態で壁を押すかという話だ。
ただ今日のエリシアはなんだか上機嫌だった。今まで私を追い込んでばかりの印象だったが、いやに親身になって教えてくれようとする。裏を読んでしまいそうになるが、今は聞いているほうがきっと得だ。私は更に疑問をぶつけてみる。
「私エリシアの言う通り手に反発を少しずつ張って、殴ったと同時に内々から更に力を放ったけど逆に吹き飛ばされたよ? これどうすればよかったの…?」
「え、ちょっと反発使ったことねえから分かんねえな…」
「嘘でしょ…」
エリシアはうーんと唸ると考え込むように眼を瞑った。そもそもエリシアが私が言っている事を理解できているのかも分からないが、それを見てルークスが相変わらずねと笑う。
「いいわ、ディアちゃん。本来ならテツさんに教えて貰うんでしょうけど、今回は私が教えてあげちゃう」
「あ、ありがとうございます…?」
まだロ調に慣れてないせいで、太い声から発せられるオネェ言葉はちょっとした恐怖だ。そもそもエリシアの知り合いである事しか分からないが、この人は何者なんだろうか…。
私の不安を他所に、ルークスは鼻歌を歌いながら紙とペンを取り出してきた。
「いい、ディアちゃん。先に説明しておくわ。反発は単純な能力だけど、大きく分けて2種類あるの」
「2種類…? 私は両方とも使えるんですか…?」
「勿論よ! と言っても防御用の反発と、攻撃用の反発ってだけなんだけどね」
そう言ってルークスは2人の棒人間を紙に書いていく。こうやって聞いていると学校などに行った事はないが、施設で言葉の勉強をした時間を思い出す。自分の好奇心が向く方向で新たな学びがあるとは、こんなにもワクワクするのかと段々ルークスの話が面白くなってきた。
だが私より身を乗り出して聞いているのはエリシアだ。私の横で大人2人が真剣に棒人間を見ているのがまた面白い。ルークスは徐に棒人間の周りを線で囲んで話し始める。
「先ず防御用の反発っていうのが、ディアちゃんが 【張っている】って感覚で使っているものね。これは所謂飛び道具なんかを弾く為のものよ。常時反発の力を纏うから、あらゆる物を弾けるわ。上手く使えるようになれば前身に纏うことも出来るわね。エリシアのラーティを弾いたのはこっちよ」
「こっちが防御用なんだ…」
「そして攻撃用の反発っていうのが、一時的に凄まじい反発エネルギーを一点放出する方法よ。さっきディアちゃんがしたのはそれに近いけど、まだまだ発展途上ね こっちは反発の真骨頂よ。応用が幅広いから、自分だけのアレンジも出来る筈」
そう言うとルークスは、部屋の隅に置いてあった大きな斧を持ち出してきた。持ち手の長さだけで私の身長よりずっと大きい。
「ディアちゃんはまだやった事ないかも知れないけれど、上手く扱えば触れている間はあらゆる物に反発の力を張ることが出来るのよ。そうすればこの先も、振り下ろせばどんなものでも吹き飛ばす強力武器に早変わりってワケ」
磨き上げられた斧の刃に私の顔が映る。なるほど、触れている物にも力を付与できるのか。そういうことが出来るのであれば、応用の幅広さも領ける。しかし疑問は解けていないままだ。
「でも、斧を振り下ろして壁を破壊しようと思っても、反発の作用で私が弾かれるんじゃない? さっきみたいに…」
私がボソボソと言うと、ルークスは大丈夫と言って頭を撫でてくれた。ちょっと照れ臭かったが、得体の知れないオネェに心を許しかけている自分に気が付くと、一歩引いて冷静になる。まだだ、まだ早い…。
「ディアちゃんが吹き飛ばされた理由は簡単よ。斧の刃を壁に当てた状態から反発させたらどうなると思う?」
「えっと…。勢いがないから双方弾かれる…?」
「そうよ! だからさっきみたいに私の体に拳を当ててから反発させたら、軽い方が飛んでいくのは当たり前よ! 踏ん張って、段る前には反発の力を全開に放出して、恨みを込めてぶん殴りなさい!」
なるほど、分かった。だがそれと同時に課題が見えてきた。つまりこの攻撃型の反発は、攻撃時に少しの間放出し続けなければならないのだ。その為には事前に沢山溜めておかなければならないし、何なら戦いの場では反発の力が尽きたら終わりだ。前線だろうから死ぬしかない。凄く頭を使う力だ。
「私頑張る。早く怪我を治して、また練習しなきゃ!」
だが今日で仕組みは少し分かった。私みたいなもやしっ子がどこまで出来るかは分からないけれど、覚えたならやってみたい。色々教わる為にもう一度ここに来るでもいい。テツ爺よりも色々教えてくれそうだ。
意気込んだ私を見て、エリシアが嬉しそうに笑った。
「よーし! じゃあ明日から仕事だ!」
「え?」
そう言うと私の手を引いて走り出したエリシアは、ルークスへの挨拶もそこそこに部屋を後にした。部屋を出るときに【ファーデ守備隊 隊長室】の文字が見えて驚いたが、あばらが折れているのに腕をつかまれて走っているせいで、痛みが凄くてそれどころではなかった。ルークスが扉から顔を出して、「またおいで~」と言ったのがチラッと見えた。お礼を言い忘れたので、また来よう。
「ちょ…エリ…! ちょっとエリシア!! 待って! 痛ッ! 痛い痛い!!」
私の悲鳴など気にも留めず、エリシアは嬉しそうに駆け抜ける。廊下階段廊下階段。走っては降りて走っては降りて、豪華絢爛な広間に出たかと思えば、先に続く大きな扉を蹴り開けて外に飛び出した。一体どこから出たのだろうと振り向くと、そこには見上げるほど大きな古城が建っている。出来ればゆっくり、その圧倒される空気感を味わいたかった。
エリシアがどうしてこんなにハイテンションなのか分からなかったが、偶に私の方を振り返って心から嬉しそうにニコニコするので、つられて笑ってしまう。
常時あちこち痛くて歯を食いしばりながら夜のファーデを駆け抜けて、幾らか随分走らされて、ようやく家に着いた。私は当然だがエリシアも相当息が上がっていて、家の中から救急箱片手に出てきたアミューが目を丸くして驚くほどだった。
「おいアミュー! 明日から仕事な!」
「え…。うん、分かった…」
私とアミューを他所に、エリシアはバババっと服を脱ぎ捨てて風呂へ消えていった。痛みと動悸と冷や汗が止まらない私はそれどころじゃなくて、そのまま玄関にへたり込んで動けない。これで明日から仕事だと言うなら正気の沙汰でないが、もうエリシアに何を言っても無駄だと分かっている。
「あみゅー…。わらひ…がんばうね…」
今迄で一番困った顔をするアミューが見られた。




