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その娘はその研究機関の端にある、薄暗い研究室に住んでいた。
近くにある学園に通う以外は外に出ることはせず、常に黒いマントのようなものを羽織って目元まで隠し影に隠れるように過ごす毎日。人と話したのは一体どのくらい前のことだろう。
わずかに見える顔には分厚い眼鏡がかかっており、表情が良く見えない。
「この魔力にはこの魔石の相性がいいのね、発見発見、ふふ」
薄気味悪いこの部屋は外の真っ白な廊下と対照的だ。真っ暗な雰囲気に壁中に本、本、床一杯に本、本、本……。今や白い壁や床はほぼ見えず、魔法によってつけられたランプの光が炎のようにゆらゆらと揺れている。その真中で研究に没頭する姿は、いつしか魔女と呼ばれ皆から避けられているのを彼女は知っていた。
彼女はそれでも構わなかった。研究が自分に与えてくれる発見の方が魅力的だったし、人と関わることによって考えなくてはならない時間も研究に充てたいと思っていたからだ。
しかしその幸せな時間を邪魔をする研究結果が発表された。
そう『愛の力』を22歳までに与えられないと魔力が低下してしまうというものだ。
彼女の魔力は元から多くない、しかし今やっている研究にはそれほど支障がない程度には存在していた。だが、これ以上減ってしまうとこの研究すらできなくなってしまう可能性が高くなる。
「最悪だわ、このまま誰に会わないで研究を続けていきたいと思っていたのに」
彼女の年齢はあと数日で20。このまま誰とも会わないで過ごしていけば魔力低下は免れないうえ、今の彼女の評判は魔女であり、薄気味悪い人物である。価値がなくなってしまう。
でも彼女は、自分が外に出て恋愛をし、さらにその人物に恋愛表現をしてもらうなんて、そんな高度な技術を持ち合わせていない。誰かにアドバイスをもらうにもそういった友人も存在しない。そう思っている。
そもそも両親を知らない孤児であった彼女はとある孤児院で育つも、そこの孤児院ではほとんど教育ということはされず周りの住人からの苦情で遊ぶことも禁止されていたのだ。
人との関わり方が分からないのは結果としては通常なものだ。
それから彼女の頭の良さを発見したシリス・グラントによってこの研究室に連れてこられたが、それからも人との関わりを持つことはしなかった。
怖かった。自分が人と話すことによって普通ではない人間だと思われることが嫌だった。
仕方がないとはいえ、全く人との関わりがなかった者と話したってつまらないに決まっている。
シリスの恩情によって学園に通わせてもらってはいたが、授業で知識を頭に入れる行為がたまらなく楽しく、人と話すよりは本をずっと読んでいた。そのせいで目がものすごく悪くなってしまったが、文字を目で追う行為を止める事はなかった。
どんどんと目つきも悪くなり、初めから被っていた黒いフードによって人をにらむように見る彼女に周りはより距離を置いた。人と関わりを持つことを本当に諦めたのだ。
結局最終的に逃げたのは彼女自身だ。分かっている。
「はぁ、なんでこんな機能が備わっているのよ、信じらんない」
魔族に対応するために派生した力だという研究結果は出ているが、恋愛表現をされなかったら魔力が低下するなんて、それによって強い人が減ってしまったらどうするのだ。
全ての人間が恋愛ができると思っているのであればとんだ間違いだ、と声を大にして伝えたい。
「そもそも恋愛しないと魔力が低下って意味が……」
ちょっと待てと思った。
魔力と恋愛感情が比例するわけではないらしい。でも自分が好きな相手から愛情表現をされることによって魔力がより発揮されるということは、その間に力を魔法器具に力を流し込めばより効果的な結果が出るのではないか。自分ではなくとも誰かしらに頼めば出来そうな実験だ。
そこまで考えて彼女は頭が切り替わっていくのを感じていた。それはとても楽しい実験が出来るのではないかと思ったからだ。人と関わるのはやはり嫌だとは思うが、実験の為であれば仕方ないこともあるだろう。
これは早々に長であるシリスに報告して実験に協力してくれそうな人材はいないかを聞いてもうべきだと目を輝かせた彼女は、久しぶりにその部屋を出て白い廊下を進んだ。
「それでここに来たのだね、エリー」
「ええ、そうです研究長」
黒いフードを被っている自分とは不釣り合いなほど真っ白な空間だ、とエリーはいつも思っている。
むしろこの白くて明るい空間にいたら自分は消滅してしまうのではないかと考えたことすらある。
この真ん中に座っている男はこの研究機関の責任者であり、この研究施設、この施設の研究者を主に排出することを目的とした学園の土地を全て管理している。
要は、とても頭がキレる人物なのだ。
エリーが提案する研究材料や研究内容を、いつも頭でかみ砕いて正確な答えを導いてくれている。
だからこそ、エリーはここに来たのだ。
シリスが目を閉じて少し考える仕草をする。腕を組んで上を向き、そうだなぁなどとつぶやいている声が聞こえる。
不意にパッとエリーを向き楽しそうな表情をした。
嫌な予感がする。
「なるほど、じゃあ私から提案がある」
「提案?」
「ぜひ私の息子と会ってみてほしい」
「………は?」
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