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エリーが考えた研究には、魔族が定期的に人間界に忍び込んで人間を盗んているのではないかという事も書かれていた。
人間に擬態して紛れ込むほど、その再現率が高いということも書かれている。
これはアルベルトが考えていた事と少し類似していた。
魔族は、人間を調べるために人間に擬態して人間に混ざって生活している可能性が考えられる。と思っていたが、エリーの研究についても併せて考えると本当に現実にありそうで、少しだけ身震いする。
これは早急にシリスに伝える必要がありそうだ。
それと、エリーとも話がしたい。
「…………嫌われてしまっているかもしれないのに、会いたいなどと言ったらまた逃げられるかもしれないな」
エリーの事を考えると急に思考が鈍くなるらしい。嫌われているかもしれないという事に対して、過去の自分を何度も振り返り、ああしていればよかったという考えが巡って止まらなくなってしまう。
「……過去など、もう、どうすることもできないのに」
一先ずシリスにこれを報告しよう。
そう考えを切り替え、自分の研究資料と共にエリーの本も持ち出した。
(相変わらず白い建物だ)
シリスが研究長の部屋にいるという情報を聞いたアルベルトは、その部屋の扉の前に立っていた。
その扉をたたこうとして中から話し声が聞こえてきたことに気が付いて手を止める。
(誰だ?)
「……だからアルベルトも……」
「だが、……という話は……」
聞こえて来た会話の内容はよく聞こえないが、中で誰が話しているかは分かった。
あれは、今の母と呼ぶべき人物だろう。
まさかこのタイミングでいるとは思わなかった。
彼女自身も昼間はお茶会やら何やらで忙しいと聞いているのでこの研究室で見かける事は一回も無かったのに。
さらに言えば、アルベルトの話をしているというのは自身の名前が出てきている時点で把握できた。
こんな状況で自分がどう動いたら良いのか分からずに困惑する。
ネネ、母という人物には出来る限り会いたくないが、研究については至急シリスに伝えたい内容だ。
アルベルトは頭の中で色々な選択肢を出したが結局報告を簡潔に切り上げて素早くその場を去るという考えに決め、その決意のままドアをノックした。
「父上、至急報告したいことがございます。今お時間よろしいでしょうか」
外から聞こえてきた声にシリスはとても驚いていた。
たった今妻のネネとアルベルトについて話をしていたからだ。
その内容はとても簡単な事。
ネネはアルベルトと良い関係を築いていきたいからそのきっかけを作ってほしいというものだ。
大体2人になる時にはその話が出て来るのでいつか解決させたいとは思っているが、肝心のアルベルトがきっかけ作りを拒否している為なかなか進んでいないのが現状であった。
「あらあら、どうしましょう。アルベルトが来てしまうなんで思っていなかったわ、とりあえず中に入ってもらって。ええと、彼はアップルパイは好きかしら、作ってきたしせっかくだから出して……」
「ネネ、落ち着て、彼は至急報告がしたいと言っているからゆっくりお茶をするつもりはない気がするよ、だけど持っていけるように包んでおくのは良いかもしれないね」
「まぁ、シリスったら素敵な発想だわ、すぐに用意するわね」
「はいはい、それでは開けるからね、いいね」
「はぁい、分かったわ」
ネネは慌てて立ち上がると持ってきたアップルパイの包みをあけているようだ。
「お話し中申し訳ありません」
「いや、構わないよ、ところで至急というのは」
「エリーとの研究についてです」
「ほう」
アルベルトが話す内容にシリスはとても感心していた。
自分も一度は考えた、魔族が人に紛れ込んでいる疑惑も的確に、何故紛れているのか、どうやって紛れ込んでいるのかスラスラと説明されていく。
「これは……」
「ですからこの研究所や学校の方にも紛れ込んでいる可能性が高いと考えられます」
「なるほどな、これでは手の内を全部明かしているようなものだ」
「はい、至急対策が必要かと思われます」
「しかし、どうやって身極めればいいんだ」
「それは……」
「ん?」
「魔女が……」
「ああ」
そんな話をしていると、ネネがソファの端に座ったのが見えた。
「アルベルト。魔女と上手くいっていないのかい?」
「えっ……ええ……その……」
「あら!それならこれは、とてもいいかもしれないわ!」
ネネが嬉しそうに手提げ袋をアルベルトに差し出す。
おそらくカットされたアップルパイが入っているそれに、アルベルトは眉をひそめた。
「これは?」
「アップルパイよ、女の子はみんな甘いものが好きだもの」
「……というと」
「ふふ、ネネはこれで魔女と話し合うように言っているんじゃないかな」
コクコクとうなずくネネに眉をひそめたまま、アルベルトは手を伸ばしてその手提げ袋を受け取った。
「……ありがとうございます」
「……ええ、どういたしまして」
黙ってしまう2人にシリスが笑う。
「くくっ……ネネ、結局緊張して話せなくなっているじゃないか」
「だ、だって!アルベルトってば今日もとても美人なんですもの!」
「え?」
ネネは顔を真っ赤にさせてソファから立ち上がった。
いつも見てきた、ただニコニコと笑うその人とは全く別人の行動に、アルベルトは少し戸惑っているようだ。
再婚当初から、ネネは、とてつもなく整った顔をしているアルベルトに緊張してしまい、何も話せなくなってしまうことに悩んでいた。
特に2人になった時には緊張で顔まで強張ってしまうと。
しかし、アルベルトの女嫌いが合わさって改善することなく、全く話さない状態にまでなってしまった。
「び、美人……?」
「そうよ、顔見ると緊張しちゃうもの」
俯いたまま顔を上げないネネに、アルベルトはポツリと呟いた。
「……怖がられているかと思ってた」
その言葉にネネが思い切り顔を上げて首をぶんぶんと横に振る。
「ち、違うわ!もう、だからあんなに訂正してって言ってたのに」
「アルベルトが信じてなかったんだよ」
「そんな事言って……きっと貴方の言葉が足りなかったんだわ」
シリスに怒るネネの姿は、いつものかしこまったような姿ではなく、少し幼いような印象をうけた。
そして、そのままシリスの横に座って腕を組んで文句を続けているのを見ると、ただのイチャイチャしているカップルにも見える。
「……とりあえず報告は終わりました。彼女にも話しを聞きたいので今日は出ます」
「アルベルト!」
出て行くアルベルトに慌ててネネが声をかけた。
「たまには帰ってきて、待ってるわ」
「……アップルパイありがとうございます」
すぐに対応を変えることは難しい。
でも、少しだけ、自分の中に家に帰る時間を作る可能性が生まれたのは確かだ。
ただ、その日、魔女に会う事は叶わず、ネネのアップルパイを渡す事は出来なかった。
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