悪役令嬢(ラスボス)からは逃げられない
俺は本気で震えていた。
転生して、一人の少女のたった一言にここまで恐怖するなんて思ってもみなかった。
俺は教会の一室で、着慣れない白い服に包まれて小さくなって震えていた。
◆◆◆
うん、俺もね、ここが前世でいう所のゲームに転生だとは分かっていた。分かっていたよ。
だって、全体的に見覚えがあるし。人の名前にキーワードに聞き覚えもあって、なんとなくそんな気はしていてた。
それでも楽しめていたのは、普通にモブキャラかつ、最終的には幸せになってる中々いいポジのキャラクターだったからだ。
元のゲームがSLGだけに戦闘とかもある世界観なんだろうけれど、ちょっと名のあるモブキャラなので戦闘に参加することもない。逆に言えば名前しかないキャラクターだ。フレーバーテキスト的にちょろっと苦味やスパイスが合っても、順風満帆な人生を辛い一面あれど楽しく謳歌できるはずだった。
それが狂ったのは俺が十歳の時。あれ? 九歳だっけ?
とにかく、その少女がきっかけだった。
「初めまして──」
ふわふわのストロベリーブロンドに、清楚且つ品の良い衣装に身を包み、見事なまでのカーテシー。彼女は当然ながら愛くるしい容姿でとても可愛くまさに姫と言うべきカタチをしていた。ところでカーテシーって女の子の魅力を上げるよね。映画のカットで見るたびに思うんだ。
それはさておき、彼女は、プロの中でも一級品、世界に名だたるイラストレーターがデザインしている。そんな彼女が可愛くないわけがない。
立場からして薄い本に出演しやすく、そこから派生したフィギュアも某有名原型師がガチになって手がけてたぐらいだ。ちなみに、フィギュアは実際かなりの予約数に登ったほど。俺も一目見て欲しいと思ったが、値段見て手を引いたのを覚えている。あのエロふくらはぎは最高だった…。
そんな美少女が目の前で生きて、動いてるんだからその感動や推して知るべし。
しかし、彼女は悪役令嬢。
フレーバーテキスト的には、俺の両親から金を巻き上げ一時は不幸のどん底に突き落とす本筋のラスボス様だ。ちなみに、その巻き上げた金で国家の転覆にチェックをかけていた。
最終的に主人公らにチェックメイトかけられたけど。
もっとも、事前にそういったことを知って居なければ、俺もゲームの坊っちゃん同様、身ぐるみ剥がされて涙目になっていたに違いない。
さりとて、そう言った結末さえ分かっていれば被害を最小限に抑え、かつ再興の足がかりも劇中より先に作ることは不可能ではない。むしろ容易いと言って過言ではないだろう。
なんて思ってたら、結果十余年が過ぎていた。
そして、ゲーム開始前に起こるはずのイベント発生日が来ても一向に動かないラスボス様にヤキモキさせられる事になった。
出会ってからはゲームのイベントが始まる様子もなく、ひたすら俺の好感度を上げてくる彼女に恐怖を覚えたのは最初の数年。もう騙されてもいいやと諦めながらも、着々とイベント対策を立てること数年が過ぎ去っていた。
彼女はいつの間にか俺の許嫁の座に収まり、常に俺を先回りするようになっていた。これは本筋と違うが、自分の影響の誤差だろうと自分を叱咤し手を進めていく俺。
さらに何年も一緒にいると、なんとなく俺のやってる事とか彼女にはバレてる感じが濃厚になってくる。しかし、バレてようが身の破滅だけは防がねば、下手すりゃ誤差が影響して首が物理的に飛びかねないとまで思えてくる。なので、やってる事の無意味さに無力感を感じつつも、半ば自棄に各個に独立した何重もの安全対策を作り上げた。それは奇しくも俺の家から金を奪うイベント発生1日前の事だった。
その日は、 "彼女対策の事業を、彼女を使う事で成し遂げる" そんな裏の事情などつゆも知らない……はずの彼女と一緒に、表の事情の "彼女と共に事業を成功させた" 事を一緒に祝った。
◆◆◆
そして来るべきゲーム開始が発生するはずの日。
開始早々、テキスト三行で終わるゲーム開始イベント発生日。
やはり彼女は動かず、俺の横にいた。
ある意味不幸な予想は外れたし、それは良き事のはずだった。
その後に、起こりうるはずがないイベントが発生するまでは。
「我が倅と添い遂げて貰えるかな?」
いつの間に親父……いや、祖父を含めた家族が彼女に落とされていたのか。
思い返せば、自分は自分の身を守るために全力を注いでいた。
彼女を連れる事で彼女を監視し、家族の事は半ば捨て置いていたのだ。
もちろん最低限度の付き合いこそすれ、業務的な合理性を前面に押し出す事でそう言うキャラを確立させる。「あいつはそう言う奴だから」とフラットなイメージを植える事で、より相手を読むために特化した今は、事業を成し遂げるには便利だった。
しかし、ここは似非中世…!
人との繋がりを大事にし、人脈や温もりと言った感情で持って人が動く時代。
やられた!!
と思った時には遅かった。
彼女は頬を染め嬉しそうに返事をしていた。
「私でよければ喜んで。」
そこから先は記憶がない。
いや、正確にはあるが、俺はもはや気力を奪われ抜け殻同然だった。全員の前で微笑みを浮かべ、嬉しそうに喜ぶところまでは演じ切れたはず。
チェックメイトに近い状況で、まさかの切り返しで一気に牙城を崩された気分だった。まさに言葉通りなのだが。
だがここで諦めたら、俺の今までが水の泡になるのは分かっている。
焦りは禁物だとは分かってはいても、吐きそうなプレッシャーと結婚式に思考を削られつつも計画を立てる。何としても逃げなければと言う危機感を抱きながら随時計画を修正し、流れを作っていく。
そしてリミットを翌日に迎えた夜、結局計画はギリギリまでしか組み立てられず、出たとこ勝負になりかねないと言う結論が出たタイミングだった。
その夜、俺の部屋にやって来た彼女は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
初めて見せるほころぶぶようなその笑顔に、心を奪われないように気を引き締める。それでも心臓は勝手に激しく動き、体内の血が偏っていくのが分かる。
「気がつけば心の底から貴方に惚れていたわ。貴方と一緒になれて本当に幸せなの。」
表情を見れば本当に嬉しいのかもしれない。ひょっとすると彼女のそう思わせるための演技かもしれない。もはやどっちがどっちか分からない。どっちにしろボロなど出せる状況じゃない。
いっぱいいっぱいの脳みそをフル回転させて、俺は彼女と同じような言葉を繰り返した。
それにしても、嬉しそうな顔をしたそんな彼女から逃げようなど、酷い奴も居たものだ…。
脳裏にそんな言葉を自嘲気味に浮かぶが、そんな俺に彼女は抱きついた。そして、彼女は耳元で囁いた。
「やっと貴方を攻略できた…本当に嬉しい。私は世界より貴方を選ぶわ。だから、絶対に逃さない。」
その言葉に固まった俺を見て、笑顔のままサクサクと机を漁る彼女。笑顔の質はいつの間にか変わっていた。
俺はそれを見ながら何もできなかった。
日が変わる頃には俺が立てた計画は小石のごとく押し流され、本来の式の流れへと押し戻されていた。
その時、膝をついた俺に彼女はこう宣言した。
「知らなかった? 私からは逃げられないの」
翌日、協会から震える白い服を着た俺を引っ張り出したのは彼女だった。俺はなすすべなく彼女に見惚れるしかなかった。純白に包まれた彼女はとても綺麗だったのだ。
その時の笑顔は悪役に似つかわしくなく、俺は完敗を悟ったのだった。
momoyama氏の『前衛的悪役令嬢』を笑いながら読んでたらこんなの思いついたんだけど。
誰かこんな小説知らないですかね?
あ、それと誰でも感想書けるようになってる(はず?)だからどんどこ感想書いてね!