07 ソードマスター・アカツキ
ソードマスター・アカツキを、タイムズスクエアに着地させる。
周囲は現実と変わらない夜の街並が広がっている。
しかし、一人の人間も、一台の車もない。
完全に無人の街だ。
「遅いじゃねぇか、ボーイ?」
タイムズスクエアの電飾看板に、巨大なピエロが寄りかかっている。
ルーサー・ローマンのブレイン・ギア、爆弾使いのクレイジー・キャンディマンだ。
赤白ストライプのだぶだぶ衣装に紅白シルクハット。帽子の高さは、ビルの三階あたり。
アカツキも、ほぼ同じ大きさに設定されている。
「ボーイはやめろ」
ケインは赤白に塗ったピエロの顔を睨みつけた。
「その口を閉じておけ」
「……なんだとクソガキ」
ピエロは顔を歪め、取り出した棒キャンディを刃物のようにケインに向ける。
「今すぐここでやられてぇのか」
「そうか。では……」
ケインは腰を落とし、静かに抜刀の構えをとった。
「斬る」
「やめるんだ!」
直上の夜空から大きな重量感が降下してくる。
重い地響きを立てて、岩石の巨人が着地した。
教授のブレイン・ギア、鉄壁の防御力を誇るタワー・オブ・パワーだ。
雷鳴が轟くような声で、ゴーレムが言った。
「お互いプロならば感情をコントロールしたまえ。我々はチームだ!」
「ちっ」
キャンディマンは舌打ちして顔を背ける。
「ほんとに呆れるわね」
エヴァの声が響く。
ゴーレムの顔の石材がスライドし、隙間から赤い猫が顔を出した。
ニャアと一声なくと十数メートルの高さからひらりと地面に飛び降りる。
「これはマンハッタン・ステージの最新バージョンね!」
エヴァである赤い猫は長い尻尾を立て、優雅に歩く。
「ショーウインドーのドレスも今シーズンのものよ! とっても素敵!」
「エヴァ、このバトルが終わったら、新しいドレスを買おう」
ゴーレムの教授が優しげに言った。
「ありがとう、あなた!」
赤い猫はゴーレムを見上げ、嬉しそうに答えた。
ゴーレムはケインとルーサーに顔を向けた。
「ロシアチームは?」
「まだ来ていない。もしかしたら途中で迷って、ここに来る前にタイムアウトかもな?」
キャンディマンであるルーサーは嘲るように笑う。
「やっぱり新人のひよっこだぜ」
赤い猫がキャンディマンを見上げた。
「子供だからって侮らない! 対戦したチームがどうなったか忘れたの?」
「へいへい」
キャンディマンは肩をすくめると、ポケットから色とりどりのキャンディをつかみ出した。
「じゃあ、軽く撒いておくか」
カラフルな原色のキャンディはそれぞれが意思を持つかのように、ルーサーの両手から四方八方に飛び散った。
「ああ、ルーサー!」
赤い猫が呆れたように叫んだ。
「勝手にトラップをばらまかないで! この地形でランダムに仕掛けたら、私たちまで動けなくなるじゃない!」
キャンディマンはたじろぎながらも自分の頭を指差した。
「大丈夫だって。位置は全部把握してある」
「みんな、聞いて!」
エヴァは赤い稲妻のように空間を疾走り、ゴーレムの肩に飛び乗った。
「各自が申請したポイントを確認したい。わたしは攻撃0:防御2000。敵の攻撃特性がわからないからポイントを温存し、みんなに転送して回復させる」
残りの三人は顔を見合わせた。
「見くびるなよ」
ルーサーは大声で言った。
「俺は攻撃1500:防御5000だ」
「私はいつも通り、攻撃100:防御1900でいく」
教授のゴーレムは声に力を込めた。
「私は、エヴァを守る」
「スレッジハンマーの破壊力なら、確かに100で充分だ」ルーサーは言った。
「アカツキは?」エヴァがケインを見る。
「攻撃2000:防御0」
ケインもいつもの配分を答えた。
赤い猫が嬉しそうにニャァと鳴く。
「クールじゃない?」
ブレイン・バトルでは、バトラーに2000ポイントが与えらる。
その配分比率は事前に申請しなければならない、そしてバトル中に攻撃か防御ポイントのどちらかを使い切った時点で攻撃または防御に必要なポイントが発生した場合、残されたポイントから交換率50%で自動的に補填される。
ただし、指揮官のみが他の三人に自身のポイントを送り、回復させることができる。
三十分のバトル終了時点で、残存ポイントの多いほうが勝ちとなる。
「エヴァ、我々の作戦は?」教授が訊く。
「まず索敵だ。見つけ次第ぶっつぶす」ケインは言った。
「ガキは黙ってろ。持久戦に決まってるだろ」ルーサーが鼻で笑う。
「ほんとに正反対ねぇ」エヴァが溜息をついた。
「エヴァ、我々のベースポジションは?」教授が訊いた。
「ここにしましょう。タイムズスクエアよ。みんな、地図は頭に入っているわよね?」
三人がうなずく。
「少なくともその点では」
ゴーレムは太い指先で肩の赤い猫をなでた。
「ニューヨークが初めてのロシアの少年少女よりは、我々は有利だ」
その時、ケインは気配を感じて頭上の夜空を見上げた。
五つの光の点が正五角形を作って降下してくる。
バトル中のルール違反、また不正行為を監視する五人のレフェリーだ。
ギアが行動できるのは、地表である座標平面からこの五人を頂点とした五角柱の有限空間になる。
さらにホタルのような光が舞い降りてくる。その数は十数個。
人工知能《AI》による仮想カメラだ。仮想空間の中の映像を、現実世界のアリーナに立体映像として中継する。
「……審判とカメラが来た」
上空に停止した五つの光点を見て、エヴァがつぶやく。
「じゃぁ、ロシアチームも、もう来ているはずよ」
キャンディマンがビクッとして、急いで周囲を見回す。
「どこにいるんだよ。ええ? 何も感じねぇぞ!」
教授のゴーレムも、岩の塊のような頭部を回転させた。
「まさか、彼らはステルス能力があるのか?」
風を切る音がして、ゴーレムの頭に何かがこつんと当たった。
「なんだ?」
ゴーレムの手の平に落ちたものは、小さなおもちゃの手鏡だった。
赤い柄に楕円形の黒い鏡がついている。
教授は太い岩の指先で、手鏡をつまみ上げた。
「これは、いったい?」
暗い鏡面は、中に何かが潜んでいるかのように揺らめいている。
「何か……いるのか?」
教授は黒く光る小さな鏡をじっと覗き込んだ。
「畜生! どこから投げやがった?」
キャンディマンが上ずった声でわめく。
「いたわ!」
赤い猫が頭上を見上げ、前脚を伸ばした。
ビルのネオンサインの影から、小さなロシア人形が顔を出している。
いや、マトリョーシカの形だが、色が黒い。
「てめぇ!」
ルーサーは腕を振った。袖口から棒キャンディが飛び出す。
「行けッ! キャンデイケイン・トーピード!」
小さな黒マトリョーシカは突進してくる棒キャンディをかわして逃げ出した。
反転した棒キャンディが後を追ってすっ飛んでいく。
黒マトリョーシカと棒キャンディは猛スピードで飛び去り、見えなくなった。
キャンディマンは拳を振り上げる。
「ケインのキャンディケインは追尾型だ。逃げ切れるかよ?」
ゴーレムの肩に乗った赤い猫が、夜空の光点に怒りの声を上げた。
「攻撃された! まだバトルは始まっていない!」
五つの光点は、答えない。
エヴァは声を張り上げた。
「重大なルール違反だ! チーム・ブルーの失格を要求する!」
「スタートはコールされている」
主審のしわがれた声が夜空に響き渡った。
「聞こえなかったのかね?」
ケインたちは唖然として顔を見合わせた。
バトル開始は確かに告げられていない。
岩石の巨人が振動し、重々しい声が轟く。
「私も聞いていない。スタートは、コールされなかった」
「バトルは、すでに始まっている」女性審判の冷ややかな声。
「ふざけてんのか! くそったれ!」
ルーサーが空に吠えた。
「てめえら、ゴールドバーグに買収されやがったな!」
「レフェリーへの暴言! ペナルティ!」
待っていたかのように主審が叫んだ。
「クレイジー・キャンディマンをマイナス500ポイント!」
「異議あり!」間髪を入れずにエヴァが叫んだ。
「却下」別のレフェリーが言う。
「オブジェクション!」
再びエヴァが叫ぶ。
「ルールブック第3条8項において審判の」
「却下する」
主審は厳然として言い放ち、低く笑った。
「そんなことをしている場合かね?」
上空の夜空を巨大な赤い数列が横切っている。
表示されているのは、ブレインバトルの残り時間。
30分を切り、どんどん時間が減っていく。
「エヴァ、無駄だ!」ケインは叫んだ。
「なんですって!」
「どこかに本体がいる! 探し出す!」
ケインはアカツキを微速前進させた。
交差した両手に鋭いダガーが現れ、即座に投げられる体勢を取る。
背後からエヴァの声がかかった。
「待ってケイン! 索敵不要!」
「なんだと!」
振り返ると、赤い猫が怒りに毛を逆立てている。
「迎撃戦よ!」