06 偽装された特異性
各自のブレイン・ギアの前に、使用する武器が現れる。
武器の上で明滅する攻撃ポイント。
直撃が最高数値で、入射角度やタイミングの遅れなどに応じて減っていく。武器によってクリティカル・ヒットが発生する場合がある。
クレイジー・キャンディマンの武器。
原色のキャンディやロリポップ数十個。すべて遠隔操作のミサイルや爆弾だ。
ソードマスター・アカツキの武器。
黒鞘の太刀と脇差し、ダガーが二十本。一撃必殺あるのみ。
教授のゴーレム、タワー・オブ・パワーの武器。
巨大な鋼鉄のスレッジ・ハンマーが一本。射程が短いがとにかく強力だ。
エヴァのクリムゾン・キャット。
タワー・オブ・パワーの内部に入るため、武器を持たない。
指揮官だけが自身の防御・攻撃ポイントを試合中に他の三人へ転送できる。
「ショウ・ユア・アームズ! チーム・ブルー!」
ロシアチームの武器が表示される。
観客席から起きるどよめき。MCは茫然として立体映像を見上げた。
「なんだこれは……?」
四体のマトリョーシカの武器。
おもちゃの弓矢、積み木、小さな手鏡、手持ち花火。
攻撃ポイントは、すべて最小設定値の3。
ケインとルーサーは思わずコクーンから離れ、教授とエヴァに歩み寄った。
「なんなんだ、あれは!」
ルーサーは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ふざけてんのか、くそったれ!」
「落ち着くんだ、ルーサー・ローマン」
教授が冷静に言う。
「どう思う、ケイン?」
教授の問いに、ケインははっきりと答えた。
「全部、偽装だな」
「たしかに、そうだろう」教授。
「……私も同意するわ」
エヴァはゆっくりと、うなずいた。
「あのギアは、明らかに何かを隠しているわね」
「彼らの特異性は、あの同じ形態のギアそのものだ」
教授は重々しく言った。
「特異性?」ケインは聞き返した。
「それぞれのブレイン・ギアを唯一無二のオリジナルとして存在たらしめているもの。それが個々のブレイン・ギアが持つ特異性、つまり『個性』だ」
「個性……」
「人間は誰もが異なっている。一卵性双生児でさえ同じではない。気質や性格が異なる人間が同じ想像的構築体を持つことなどあり得ない」
「普通はね」エヴァが言った。
「普通はそうだ」ケインは言った。
「あいつらは普通じゃねぇ!」ルーサーが吠えた。
「その通り」
教授は厳しい顔になった。
「きっと何かの武器を隠している。それが今までの対戦チームを試合放棄に追い込んだ。そして試合規則では、それは見破れない」
「チーム・レッド!」
女性レフェリーの立体映像が叫んだ。
「ステージ上での会話は禁止されている。すぐにポジションに戻りなさい!」
ケインたちは素早くコクーンの横に戻った。
アリーナ壁面上方を見上げる。
特別貴賓室の窓際にスーツの人影が立っている。カジノ・ライツ総支配人の|ゴールドバーグだ。策略をめぐらし、ケインたちをかませ犬にして、新人ロシアチームを勝たせようとしている。
その理由は、カジノ・ライツにもたらされる多額の利益。
だが、それだけか? どうもひっかかる。
何か別の取引があるような気がしてならない。
しかし、もう考えている時ではない。
バトルの時間だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天井の照明が暗くなる。
アリーナのドームが暗い藍色に染まってゆく。
ステージに並んだコクーンの上蓋がゆっくりと開く。
それは蒼い深海の底で、白い貝が開くような幻想的な美しさだ。
ケインは、コクーンの内部シートに横たわった。
額から後頭部までを覆う金属製のブレイン・デバイスを装着する。シートがホイップクリームのように柔らかくなり、身体が沈み込んでいく。
アリーナのざわめきが、すっと消えた。
コクーンの上蓋が閉じられたのだ。
完全な暗黒。無音の世界。
静寂の中で、自分の呼吸音だけが聞こえる。
コンピュータボイスが、耳元でささやく。
『力を抜き、ゆっくり呼吸してください。これよりエントリー・フェーズに入ります……』
ブレイン・ギアとシンクロするための導入フェーズだ。
ケインは深い腹式呼吸を繰り返し、上半身の筋肉から順番に力を抜いていった。
海中をゆらゆら漂うような、ゆるやかな浮遊感。
やがて、意識だけを残して、肉体が消える。
『あなたのブレイン・ギアを、想起してください……』
ケインはアカツキの姿をイメージした。
イメージは、脳の活動だ。
その膨大で微弱なシナプスの電気信号は、バトラーの脳とブレイン・デバイスの間で形成された三次元電位ネットワークにより高精度で読み込まれ、ブレイン・バトルのメイン・システムである北米マイス社のスーパーコンピューターに送られる。
そして、すでに想像的構築体として登録されているブレイン・ギアを呼び出すのだ。
暗黒の中に、燐光を帯びた人形が浮かび上がった。
長い黒髪やまとった墨衣が闇の焔のように揺らめき、たなびいている。
不屈の侍、流浪の剣豪、最強の剣士。
ケインが創り上げたブレイン・ギア、ソードマスター・アカツキだ。
アカツキは、ブレイン・バトルに必要な攻撃性や闘争心を凝縮したものだ。
相手を倒し、戦いに勝つ。その目的のためだけに。
ブレイン・バトルは疑似戦争、いや、仮想殺人体験とすら批判されてもいる。
だが、人間の心から戦闘本能や破壊衝動を消し去ることはできない。
理性によって押さえ込んでも、それらが決して無くならないことは、人類一万年の歴史が証明している。
多くの人々がブレイン・バトルを観戦し、またバトラーの知覚と同調してバトルをリアルに体感するのも、自らの攻撃衝動を満たしたい欲求があるからだ。
気がつくと、アカツキを見つめていたケインの姿は消えている。
ブレイン・ギアと同調したケインは、すでにアカツキの中にある。
ケインとアカツキは、文字通り一心同体となった。
『登録ギアとの形状一致。エントリーを認めます』
コンピュータが囁いている。
『バトル・ゲートに向かってください……』
アカツキは漆黒の空間に浮いている。ここはすでに、仮想の電子空間だ。
そして、ケインはいつも不思議に思う。
このエントリー・フェーズを通過するたびに、なぜか『懐かしさ』を感じてしまうからだ。
自分はバトラーとなる以前に、この仮想世界を訪れたことがあるのだろうか?
遠くに四角いフレームが、白く冷たい光を明滅させている。
ステージにつながる、バトル・ゲートだ。
ケインは飛行するイメージで、アカツキを接近させ、進入する。
ゲートの中は四角いトンネルのようになっている。
バトラーの意識は、それぞれのブレイン・ギアに同期し、さらにこのバトルゲートを通過して、ひとつのステージに集合する。
ケインは、うねうねと曲がりくねる白いトンネルの中を突き進んだ。
突然、ケインは広々とした空間に飛び出していた。
満月の輝く夜空の下に、宝石のように美しく煌めく都市が広がっている。
これは、マンハッタンの夜景だ。
今夜のバトルステージは、カジノ・ライツのあるニューヨークの街だった。
時刻は深夜に設定されている。
マンハッタンの中心部で、集合ポイントマーカーが点滅している。
ケインはアカツキと自分の手足の連動感覚を確認しながら、高度を下げていった。