05 異様な対戦者
開催宣言と同時に、賭けは締め切られた。
ステージ上空に掛け金総額とチームオッズの赤い数列が浮かび上がる。
レッド(アメリカ)は1.2倍。ブルー(ロシア)は4.33倍。
ロシアチームが勝てば、掛け金の四倍以上が戻ってくる。
アリーナに華やかなファンファーレが響き渡る。
「ブレイン・バトラーの紹介だァァァ!」
MCはくるりとターンするとケインたちに手を差しのべた。
「今夜はみんなもよく知っているクールな奴らが帰ってきたぜ! でもこのメンツでバトるのは実は初めてなんだ! マジでドッキドキ!」
MCは大げさに胸を押さえてみせる。
「チーム・レッド、レフト・オフェンス! ルーサー・ローマン!」
ルーサーは両拳を突き上げ、雄叫びを上げる。
「ヒズ・ギア・イズ」
黒人MCはアリーナの天井を振り仰いだ。
「クレイジー・キャンディマン!」
巨大な3D映像で、ルーサーのブレイン・ギアが空間に投影される。
クレイジー・キャンディマンは赤白ストライプの道化師。
ポケットや帽子からキャンディ型の爆弾やミサイルを出して攻撃する。爆弾はキャプチャータイプで広範囲をカバーし、侵入する敵のポイントを削る。
通常は射撃手と組み、配置した爆弾で敵をキルゾーンに追い込む連携作戦を取る。
だがその戦術は周知され、もはや過去のものだ。
「なっつかしいー、キャンディマン! まだいたんだねー?」
MCがおどけると、観客がどっとわいた。
「さぁ次は、なんと《《あの》》ジャパニーズ・サムライ・ボーイだ! ハーイ、今夜は観光かい? 迷子にならなかったでちゅかー?」
観客がどよめくように笑った。
ケインは黙ったままMCに向けて右手の中指を突き立てる。
それを見た観客から嵐のようなブーイング。
アリーナは一瞬で騒然。
立ち上がってゴミを投げる奴までいる。
「おいおい、すぐキレるなよサムライ!」
MCが真顔でケインを睨んでくる。
ケインも思いっきり睨み返す。
目をそらすMC。ケインの勝ち。
「OK、OK、クールにいこうぜ」
MCは叫び、やけくそのように手を振り回した。
「紹介しよう、ジャパニーズ・サムライ! ケイン・ミカド! ミカド!」
ステージ上空に日本の侍をイメージしたブレイン・ギアが浮かび上がる。
「ソードマスター、ア・カ・ツ・キ!」
アカツキは長い黒髪に着流しの墨衣、腰に黒鞘の太刀と脇差しを差している。
シャープなマスクに、細く光る真紅の眼。
武器はデカくてごつい日本刀と、投げナイフの細剣・ダガー。
腕が長く斬撃系に特化した機体だ。
「さぁ、次はこのコンビだ! 久しぶりにNYに帰ってきたぜ!」
MCは気を取り直すように軽くステップを踏んだ。
「ディフェンス! 『プロフェッサー』イアン・マルコヴィッツ!」
アリーナが好意的な歓声に包まれた。
小男の教授は照れたように小さく手を振って応える。NYではかなりの人気があるようだ。
「見かけはスモールでも、ギアはでっかいぜ!」
MCは声を張り上げた。
「タワー・オブ・パワー!」
ゴーレムタイプの巨人が空中に出現した。
全身が堅牢な岩石でできており、状況に応じて変形もできる。
「最後はコマンダー! お待ちかね! ミス・メキシコ! エヴァ・イグレシアス!」
MCがひときわ高く叫ぶ。
「エヴァ! ビューティフル! エヴァ!」
熱狂的な連呼に、この夜一番の歓声が沸き上がった。元ミス・メキシコにして、メキシコを代表する女性バトラー。エヴァの人気は健在だ。
「クリムゾン・キャット!」
その名の通り、深紅の猫が空間に飛び出した。
エヴァのブレイン・ギアである猫は、赤い残像を引きながら空中を走り、タワー・オブ・パワーの肩に着地する。
ブレイン・ギアは、バトラーが戦う自分自身の《《化身》》としてイメージしたものだ。
本来、ブレイン・ギアは想像的構築体と呼ばれる、電子空間内に人間の知覚を送り込むための実験仮想装置だった。それが開発者が想像もしなかった使われ方をした。
誰かがブレイン・ギア同士を戦わせるというコンセプトを思いつき、ブレイン・バトルというゲームが誕生したのだ。
ブレイン・ギアは急速に変化と進化を遂げた。
攻撃的なもの、防御に徹したもの、そして指揮官のように叡智を象徴としたもの。それは、バトラーが自己を強く深く投影した分身であり、潜在意識の現れでもある。
だがブライン・ギアは、外見が機能が進化しても、その本質は変わらない。
ブレイン・ギアは想像力で構築され、バトラーの精神力で駆動するのだ。
「対戦者を紹介するぜ!」
ステージ上のMCがロシアチームを指差した。
スポットライトが銀色の四人を照らし出す。
「ロシアからとんでもない奴らがやってきた! 五戦五勝の新進チーム、未知の破壊力を秘めたルーキーだ!」
まばゆい光の中、四人の少年少女はそれぞれのコクーン横で人形のように突っ立っている。
その反応のなさに黒人MCは顔をひきつらせた。
「OK、紹介しよう! チーム・ブルー! まずライト・オフェンス!」
ポケットから取り出したスマートデバイスのメモを読み上げる。
「ええと、ミハイル・シコールスキイ! ヒズ・ギア・イズ……マトリョーシカ!」
巨大なロシアの民芸人形が、アリーナの空間に浮かび上がった。
観客席から歓声と笑い声が上がる。
素朴なこけし人形は、戦闘的なブレイン・ギアには全く似つかわしくない。
「これはこれは、なんともロシアらしいぜ!」
MCは眼をむいて叫んだ。本当に知らされていないらしい。
「レフト・オフェンス! ウラジミール・フォーゲル!」
戸惑ったようにスマートデバイスを見直す。
「ギアは……マ、マトリョーシカ!」
一人目とまったく同じマトリョーシカの立体映像が並んで映し出される。
映像をぼうっと眺めていた黒人MCは、はっとして三人目の紹介を始めた。
「ディフェンス! セルゲイ・マルコフスキー!」
名前が呼ばれても、誰も手を挙げないことに、MCは気がつかない。
「これも、マトリョーシカ!」
三体の人形がステージ上空に並ぶと、さすがに観客たちもざわめき始めた。
茫然としていたMCは、最後の一人を読み上げた。
「指揮官、エレナ・パヴロヴナ! で、やっぱり、マトリョーシカッ!」
四体のロシア人形が、空中に並んだ。
ケインはいぶかしげに目を細めた。
ブレイン・ギアはバトラーそれぞれがイメージした分身だ。
だから、同じデザインなどあり得ない。絶対に。
巨大なこけし人形を見上げ、ケインは、はっとした。
「……まさか、洗脳……か?」
振り返ると、教授とエヴァも険しい顔をして映像を見上げている。
ざわざわと浮き立つ客席にかまわず、セレモニーは進行する。
荘重なファンファーレが鳴った。
MCがステージのセンターに立ち、上空を見上げた。
「レフェリー!」
五人の男女の胸像がステージ上に浮かび上がる。
ブレイン・バトルは五人の審判でジャッジされる。
彼らもまた仮想ステージにエントリーし、バトルを監視する。
レフェリーはバトラーの不正行為が発覚した際、即座にペナルティを科す権限を持つ。不正行為とは、主に申請した武器以外の使用、ギア形態の変更、隠されたスキル発動。
つまりブレイン・バトルは、試合前に武器・ギア情報を申請するルールになっている。
主審である中央の男性が厳かな口調でいった。
「ショウ・ユア・アームズ! チーム・レッド!」