04 バトラー入場
アリーナ上空の赤い数字が残り5分を表示する。
満員の観客のボルテージが一気に高まる。
ブレイン・バトラーの入場だ。
アリーナ中央には、楕円形のブレイン・バトル専用ステージ。
テニスコートほどの広さで、センターから左右に赤と青で色分けされている。
それぞれのエリアに白いコクーンが左右対称に4つずつ置かれている。
ステージ中央の黒人MCにスポットライトが当たった。
「みんなぁぁ! 待たせたなァァァ!」
MCは金ラメジャケットをギラギラ耀かせ、高々と手を突き上げた。
「バトラーのォォォ登場だーッ!」
ドーム型のアリーナ会場が歓声に包まれる。
「チーム・レェェェッド!」
赤ステージの端に四角い穴が開く。
ケインと教授、エヴァ、ルーサーは地下からステージにせり上がった。
正面から強烈なスポットライトが当てられる。
満員の観客の歓声とやじがドームに反響した。
「こっちも来たーッ!」
MCは大きなモーションで反対側の青ステージを指差す。
「チーム・ブルーッ!」
四人の小さな人影がせり上がってくる。
その姿にアリーナの観衆は一瞬、息を止めたように静まり返った。
小柄な四人は、十歳前後だろうか。少年に、少女もいるようだ。
そろいの銀色パイロットスーツを着ているが、四人とも短くバサバサの髪で、田舎の子どものような野暮ったさがある。
全員が無表情で、人形のように突っ立っている。
「なんだ、あのガキどもはッ?」
ケインの横に立ったルーサーがわめく。
「あいつら本当にバトラーか? なめんじゃねぇぞ!」
「ガキでもなんでもかまわない」
ケインはルーサーに言った。
「俺とあんたで先に一体倒し、後は三十分逃げ切ればいい。簡単だろ?」
「ああ、そうだな」
ルーサーは四人の少年、少女を睨みつけた。
「くそみたいに簡単だ」
実際のブレイン・バトルは、ロボット対戦ゲームの撃ち合いみたいに単純ではない。
実際の戦闘と同じように、いや、実戦以上に、戦術と戦略で勝敗が決まる。
たとえば。
重装甲の相手に、一撃必中の狙撃手は意味がない。
高速・高機動の相手を足止めするトラップフィールドは非常に有効。
近距離戦闘タイプ同士なら、待ち伏せから白兵戦になる。
つまり。
相手の武器と能力を知らなければ、まったく戦いにならない。
相手の情報を何も持たなければ、霧の中で不意打ちを受け続けるのと同じだ。
結局、ケインたちの戦術ミーティングは不調に終わっていた。
戦術指揮とポイント配分による回復を受け持つ指揮官、エヴァ。
指揮官を守りぬく、ディフェンスの教授。
この二人のタッグ経験は長く、お互いの息は完全に合っている。
問題なのは、オフェンス。
ケインとルーサーの戦闘スタイルの差は、マジで大き過ぎた。
最速・最大の斬撃攻撃を追求する、御門ケイン。
トラップによる消耗戦に持ち込む、ルーサー・ローマン。
二人は、水と油だった。
指揮官であるエヴァは、短時間で考えぬいた。しかし、どうやっても、ケインとルーサーの強みを同時には生かせない。
結局、そのまま入場時間となり、ステージに上ったわけだ。
ここでコクーンについて説明しておこう。
ステージに置かれた白いカプセルが、コクーン。
ケインたちブレイン・バトラーは、バトルの間、ずっとこのカプセルの中にいる。
コクーンは、その名の通り、白い繭型の完全密閉型コクピット。
人間の脳波を高精度で感知するメンタル・シントナイザー・システムだ。
バトラーはコクーンに入り、完全な暗黒と無音の中で、肉体の感覚を失う。そして意識だけがブレイン・ギアに乗り移り、仮想世界を飛び回るのだ。
その時、バトラーはブレイン・ギアと一心同体になる。
ステージに戻ろう。
八つのコクーンは、横向きのYの字が向かい合う形に配置されている。
ケインは赤ステージ、前列右側のコクーン横に立った。
数メートル離れて前列左側のコクーンにルーサーが立つ。
おっさんは不機嫌な顔で沸き立つ観客席を見渡している。久々で緊張しているようだ。
ケインの後方のコクーンは、ディフェンダーの教授のものだ。
さらにその後ろに、指揮官であるエヴァがいる。
真っ赤なジャンプスーツのエヴァは長い黒髪を振りほどき、ステージに仁王立ちしていた。
唇をきりりと結び、輝く黒い瞳がロシアチームを睨みつけている。
勇猛で美しいその立ち姿に、アリーナのファンは歓声を上げて大喜びだ。
エヴァへの掛け金も殺到しているだろう。
ロシアチームのガキどもも、それぞれのコクーン横に立っている。
痩せた少年二人がオフェンス。デブのチビがディフェンス。そばかすの目付きの悪い少女が指揮官だ。
誰もが仮面のような顔で、アリーナの歓声も耳に入っていないようだ。
ケインは目を細めた。
こいつらドラッグでもやってるのか?
もちろんドーピング検査があるから薬物使用はありえない。
しかし。
嫌な感じだ。
背後を振り返った。
教授とその後ろに立つエヴァがケインをじっと見つめ、同時にうなずいた。
皆、同じ考えのようだ。
つまり……。
あのガキどもは、何か特殊な訓練を受けている。
「ちっくしょう、薄気味の悪いガキどもだぜ!」
ルーサーは歓声の中、自分を奮い立たせるように叫んだ。
「まとめてアメリカから叩き出してやる!」
ケインは、わかっている。
貧弱な外見に惑わされてはならない。
あの四人は、過去の対戦相手全員を試合放棄に追い込んでいるのだ。
ケインの心の奥で、かちりとロックが外れる音がした。
自分自身の『破壊衝動』を檻から解き放つ。
絶対に、生き残る。
そのためには、ガキだろうが容赦はしない。
敵は完全に粉砕し破壊する。最後の一秒まで油断しない。
それが、ブレイン・バトルだ。
「さぁ、まだ賭けは受付中だ! じゃんじゃん賭けてくれ!」
黒人MCが観客を煽っている。
「今夜は独立興行だ! 配当は公式戦の比じゃない! ガッポリいこうぜ!」
接近するカメラドローンに、MCは最高の笑顔で叫んだ。
「あなたにも、ビッグチャンスを!」
カウントダウン。
残り10秒を切った。古典的なドラムロールが始まる。
カウント0。
3D映像の数字は爆発し、アリーナ上空の空間に飛び散った。
MCは手を振り上げ、声高らかに叫ぶ。
「ブレイン・バトル、イン・カジノ・ライツ・ニューヨーク!」