03 仕組まれた罠
『連盟』とは、国際共通通貨連盟。
ブレイン・バトルの運営母体である世界規模の巨大組織だ。
国際共通通貨連盟は、すでに十年以上前からブレイン・バトルを公認の賭け試合として世界各国で運営している。
観客は世界中どこからでも、スマートデバイスやパソコンから気軽に賭けができる。運営規模がでかいから還元される配当金もけっこうある。
手軽な小遣い稼ぎから資産運用としての投資まで、ブレイン・バトルは『見返りのある』娯楽として世界各国で人気を博していた。
それを可能にしたのは『国際共通通貨』。
つまり世界共通の電子マネーだ。
『連盟』は自分たちのために、全く新しい『通貨』を創りだした。
単なるオンラインゲームだったブレイン・バトルを世界的な娯楽産業に育て上げ、莫大な収益を上げているのが『国際共通通貨』の元締め、国際共通通貨連盟だった。
独立興行はその連盟の認可を受け興行権を買って行われる。
しかしそこに連盟が監視用バグを送ったということは、何か監視するべき不穏な理由を事前に察知したことになる。
そしてそのバグによる監視を、カジノ・ライツは受け入れた。
おそらくそれは今夜の興行を開催するための交換条件として、だ。
「わかった! こいつのせいだ!」
突然ルーサーが身を乗り出し、ケインに向かって指を突きつけた。
「こいつは連盟に申請していない武器を隠し持っていやがる! それで俺はトーキョーでこいつに負けたんだ!」
一瞬の沈黙。
「ケイン・ミカド、それは本当なの?」
エヴァが低く問い、教授もじっとケインを見つめている。
ケインは首を振り、うんざりした口調で言った。
「俺は隠し武器なんて持っていない。それはあの時のバトルを分析した技術委員会でも証明されている。何度いわせるんだ、ルーサー・ローマン?」
「そうか、武器じゃない!」
ルーサーは答えを待っていたようにソファをひっぱたいた。
「だが、ブレイン・ギアがあんな速さで動けるわけがない! こいつは薬物を使っている!」
「違う。なぜ、理解できないんだ?」
ルーサーは眼をむいてのけぞった。
「このガキ、なに偉そうな口を!」
「やめなさい!」
エヴェが怒気を込めて叫ぶ。
ケインは、やさぐれた白人男の視線を正面から見返した。
「東京であんたが負けたのには、理由がある」
「なんだと?」
「ブレイン・バトルはイメージを武器にする。だが、それだけじゃない」
「はッ、何を」
「トラップをばらまくという戦いを繰り返すあんたは、『想像すること』を止めてしまった。だから俺が試合開始と同時に突っ込んで来るとは、想像もしていなかった」
言い当てられ、ルーサーの顔がみるみる紅潮する。
「あんたも、忘れてはいないはずだ」
ケインは声に力を込めた。
「イメージすることが、ブレイン・バトルなんだと!」
「くそ野郎!」
ルーサーはソファから飛び上がり、ケインに指を突きつけた。
しかしその指先はぶるぶると震えている。
「俺は戦える。まだ、戦えるんだ!」
ルーサーはかすれた声で叫んだ。
「俺をバカにするな! このイエロー・ディーモンが!」
「そこまでです」
ゴールドバーグがパチンと指を鳴らした。
四人のボディガードが瞬時にハンドガンを引き抜く。
赤いレーザーの光点が突っ立ったルーサーの胸に集中する。
「不服のようでしたら、このバトルから降りますか? ミスター・ローマン?」
「そ、それは」ルーサーは唇を震わせた。
「そうですよね?」
ゴールドバーグは猫のように眼を細めた。
「この試合に勝たなければ、明日にでもあなたは破産する」
ルーサーは支配人を睨みつけた。
しかしその顔には隠しようのない怯えが浮かんでいる。
「お、俺は……」
ルーサーは喘ぐように大きく息を吸った。
ゴールドバーグは薄く微笑み、追い詰めた獲物をなぶるように言った。
「あなたにはもう後がない。ですから試合に集中してください。全力で闘うのです。もちろん、死ぬ気でね?」
ルーサーはよろよろと後ずさり、どすんとソファに腰を落とした。
ケインの頭の中では、さっきから大きな『?』が飛び回っている。
いくら急とはいえ、なぜ、時代遅れのこの中年バトラーを呼んだのか
オフェンスとしては相性が最悪だ。これでは実力を出すどころの話ではない。
自分と同じ高機動タイプのバトラーなら、NYにはまだいたはず。
その時。
ケインは、一瞬で理解した。
主催者のカジノ・ライツは、最初から計画していた。
ケイン達のチームに勝たせるつもりは全くないと。
ケインたちは……対戦するロシアチームの。
かませ犬だった。
ケインの脳が燃え上がった。
血が沸騰して、目の前が赤く染まる。
ふざけやがって……!
ケインはソファから立ち上がった。
ゆっくりとゴールドバーグに視線を向ける。
ケインを見上げる顔が、硬直した。
「おまえ……」
ケインは足を踏み出した。
「……はめやがったな!」
ボディガードがいっせいに銃口をケインに向ける。
ドォォンン!
窓の外、アリーナの天井で、花火が炸裂した。
爆発音と人々の歓声が窓ガラスをビリビリと震動させる。
ステージ上空の赤い3Dナンバーが、29:59と動き始める。
バトル開始まで、あと29分。
「カウントダウンだ。もう交代はできない」
教授とエヴァがソファから立ち上がった。 小男の教授の頭は、背の高いエヴァの腰あたりまでしかない。
「ミーティングを始めたい。控室まで案内してくれ」
エヴァがケインの腕を抱えて歩き出す。
「行くわよ」
「おい、ちょっと!」
女なのに、凄い力だ。
「噂は本当だったのね? ジャパニーズ・ソードマスター」
「なんだと?」
「とても攻撃的。カッとなったらすぐ喧嘩になる」
「ふざけ」
「マフィアを甘く見てはダメ」
エヴァは真顔で言った。濃厚な香水が漂う。
「ここは、彼らの巣の中なのよ」
「……くっ」
確かに喧嘩を売って無事に済む相手ではない。
俺がぶん殴るべきは……。
まんまと騙されたバカな俺自身だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ケインたちは特別貴賓室を出た。
ボディガード二人に案内され、戦術ミーティングのための小さな控室に入る。
一人が金属製のアタッシュケースをテーブルに置く。
解錠して開けると、中にはデータパッドがひとつだけ入っている。
もう一人が封筒を教授に差し出す。
起動したデータパッドには圧縮ファイルがひとつ。
教授は封筒を破いてパスワードの紙片を取り出し、ファイルを解凍した。
書類を開いた教授はゆっくりと振り返り、ボディガード二人を睨みつけた。
「これは、どういうことだ?」
ゴールドバーグの部下はニヤニヤ笑いながら後ずさり、部屋を出ていった。
ドアが閉まり、電子音が響いてロックされる。
「教授、それは?」
エヴァの問いに、教授は手に持ったデータパッドに視線を落とす。
「ロシアチームの対戦成績だ。ローカルマッチだが、5戦全勝している」
「おい、他にもあるだろ?」
ルーサーが焦った声を上げる。
「奴らのブレイン・ギアの能力や武器リストは?」
「ない」
「はぁ?」ルーサーの声が裏返る。
「これだけだ」
「……あのくそ野郎!」
ルーサーが椅子をけとばす。
エヴァが教授の背後から書類を覗き込む。
「この赤いクロスはなに? 相手側の全員についてる」
「この印は、試合放棄を表している」教授は低く言った。
「わからないわ」
エヴァは長い腕を組んだ。
「賞金がかかっているのに、そんな簡単にバトルを投げ出すかしら?」
教授は険しい顔になり、考えながら言った。
「強い精神ダメージを受けて、意識が保てなくなったのかもしれない。そうなればブレイン・ギアは解体し、強制回収される」
「……信じられない。そんなことが、本当にできるの?」
誰も答えず、室内に沈黙が流れた。
「このチームは、危険だ」と教授。
「確かに……普通じゃないわね」エヴァが声を落とす。
「もう、はっきりしているだろ?」
ケインの言葉に、三人が振り返る。
「俺たちは、ゴールドバーグにはめられたんだ。この新人ロシアチームのアメリカデビュー戦で、負けるようにな」
「そう考える理由は?」
エヴァがコマンダーの口調で問い返す。
「ロシアチームが勝てるように保険をかけた。つまり、強みを生かせない相性最悪のバトラー同士を意図的に選んだ」
「それが私たち……」
「なるほど」
教授は弱々しく頭を振った。
「破格の賞金に、まんまと釣られたわけだ、我々は」
「くそったれ! ふざけんな!」
ルーサーはデータパッドを掴むと壁に叩きつけた。
教授はふうっと息を吐き、ケインとエヴァ、ルーサーに向き合った。
「さて、我々はどうすべきだろうか? バトルになれば、どんな未知の攻撃を受けるかわからない。非常に危険だ。それでも、闘うかね?」
「あたしはやるわ。当然よ」
エヴァは豊かな胸を張った。
「国際級がロシアの新人チームに負けると思うの?」
「俺も降りねぇ」
ルーサーはぼそりと言った。
「金がいるんだ」
「私は棄権する」
教授は小さな肩をすくめて微笑んだ。
「本来ならばね。しかし私とエヴァは一心同体だ。エヴァがやるなら、私もやる」
エヴァは教授を見つめ、にっこりと笑った。
母親と子供のような奇妙な二人だ。
常にコンビで参戦しているエヴァと教授は実生活でもパートナーだと聞いた。
年齢は親子ほど離れているが、互いに愛情を持っているのだろう。
ケインにはよくわからないが、こんな関係もあるのか。
「ケイン、あなたは?」エヴァが訊いた。
ケインは一瞬、眼をつむった。ミオの顔が脳裏をよぎる。
ずっと、眠り続けている、妹の顔が。
「ケイン?」
「……俺は、やる」
ケインは眼を見開き、大きく息を吸い込んだ。
「俺はやる。俺も、金がいるんだ」
ルーサーが意外そうな顔をしてケインを見た。
嘘ではない。
ケインは天井のカメラアイを見上げた。
ゴールドバーグは今もケイン達を監視している。
あいつは、知っているのか?
俺が際限のないほど、多額の賞金を必要としていることを。