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24 死闘


 バトルの日が来た。


 アンリミテッドへのエントリーは通常と変わらなかった。


 ただステージへと繋がるバトル・ゲートがなく、誘導マーカーも見えない。

 アカツキを構築したケインは、暗黒の仮想空間の中で途方に暮れた。

 これではどの方向に進んでいいのかわからない。


 アカツキの機体を回転させる。

 三次元座標情報は送られて来ている。

 ならば既に仮想ステージの領域内にいるのだろうか。


 突然、暗幕が切って落とされたように、目の前にステージが出現した。


 俯瞰する視点から、暗い海に浮かぶ孤島が見える。

 切り立った断崖に囲まれた、荒涼とした小さな島だ。


 注意しながら接近していくと、灰色の大地は旱魃のようにひび割れて荒れ果てている。まばらな樹々は苦痛にもだえるように幹をねじり、枝は針金のように尖っている。

 荒れ地の中央には英国風の館が建っているが、屋根はめくれ窓ガラスや壁板は割れ、さながら廃虚のようだ。


 ケインは周囲を警戒しながら、館の前庭にゆっくりとアカツキを着陸させた。

 暗鬱な曇り空を背景にした館は、幽霊屋敷のような不気味さを漂わせている。


 グリーディ・アームズは長大な腕を武器にした近接戦闘型であることはわかっている。そして、もう一人のタッグ・パートナーは、結局エントリーまで情報は得られなかった。

 もし遠隔系や射出系だったら、荒れた土地の視界の広さは相手側にとって有利になる。



 上空できらりと何かが光った。

 見上げると、白いブレイン・ギアが真っ逆さまに落下して来る。


「アッシュ!」

 ケインは叫んだ。

「何をするつもり」


「先手必勝!」

 小型の電動ガトリング砲をかかえたアッシュが叫んだ。

「そこに隠れていることは、わかっている!」


 多銃身を回転させ、ミニガンが火を噴いた。

 高速で射出される大量の銃弾。

 一本の赤い火線となって、触手のように洋館に伸びていく。

 猛烈な勢いで屋根板が粉々に吹き飛び、屋根の端から端まで内部がむき出しになった。


 全弾を撃ち尽くしたミニガンを収納し、アッシュはふわりと地上に降り立った。

 白いスピアを構え、伸縮する槍で一階の窓に向かって片っ端から鋭い突きを入れた。

 窓ガラスが割れ、窓枠や羽根板が砕け散った。

 洋館は、あっという間にずたずたに破壊された。


「出てこい!」

 アッシュは槍を振り上げて叫んだ。

「腕長猿のおばかさん!」


 正面玄関のドアを突き破って、黒い塊のようなものが飛び出して来た。

 反射的にアッシュは盾を展開するが、重い衝撃音と共に跳ね飛ばされてしまう。乗用車ほどもある塊は二つあり、固めた拳の形をしていた。


「グリーディ・アームズ!」

 ケインは叫んでダガーを投げた。

 ダガーは拳に当たり、硬い音を立てて跳ね返る。


 拳は鉄の塊だった。

 鉄の拳には、ぶよぶよとした腕が繋がっている。

 腕といっても関節はなく、ただのつぶれたチューブといった感じだ。

 ぐったりしていたその腕がぴんと張りつめ、重い拳を引き摺って玄関の中にずるずると引き戻されていく。


「よくも!」


 アッシュが立ち上がり、白いスピアを地面に突き刺した。

 循環している立方体のパーツが開き、二挺のオートショットガンが飛び出す。


「待つんだ!」

 アカツキはアッシュに駆け寄り、構えた銃を手で制した。

 

 急にステージの天候が変わった。


 上空を覆う黒雲がのしかかるように低くなり、強い風が吹きだした。

 ちらちらと白いものが風に乗って眼前を飛び去る。


「雪?」


 アッシュは空を降り仰いだ。

 雪はあっというまに量を増し、わずか数秒の間に猛烈な吹雪に変わっていた。

 周囲の視界は灰色に閉ざされ、かろうじて正面に館のシルエットが見える。

 アカツキとアッシュは一瞬だけ視線を交わし、同時に駆け出した。


 鉄の拳が破壊した玄関に飛び込む。

 背中合わせになり、銃と刀を構えた。

 左右に伸びる廊下は薄暗く、しんと静まり返っている。

 先程アッシュの白い槍で窓も壁もずたずたに破壊されたはずだ。

 しかし。

 その痕跡が、どこにも見当たらない。


 アカツキは片腕を伸ばして壁面を叩いた。

 木材の質感ではない。


「建物が再生された。しかも、石造りになっている」


「見た」

 アカツキの背後で、アッシュが答える。

「別に関係ない」


 ケインはアカツキの中で苦笑した。

 確かにステージが『再生されない』という決まりはない。

 ここはアンリミテッドなのだ。


「サムライ」アッシュは言った。「来たぞ」


 暗い廊下の奥から、黒い獣が姿を現した。

 短毛の黒犬、ドーベルマン。しかしその体躯は現実の数倍はある。

 尖った耳や長い牙、赤く光る眼など、いかにも『魔界の生物』らしくデフォルメされている。


「ふん」

 オートショットガンを両手に構え、アッシュは鼻で笑った。

「ありきたりだな」


 闇の中から近づいてくる黒犬はその数を増し、十数頭になった。

 廊下いっぱいにひしめき合い、獰猛なうなり声を上げてこちらの様子を窺っている。

 白いブレイン・ギアは身を屈めてショットガンを床に置き、身体の周りを循環している三角錐からM2重機関銃を引き摺り出す。


 廊下を埋めた黒い獣がいっせいに走り出した。ぐんぐん近づいてくる。


 アッシュは重機関銃を台座トリポッドに叩きつけると、間髪を入れずにトリガーを引き絞った。


 轟音が沸き起こった。

 アッシュに飛びかった獣達は機銃弾の嵐を浴びて、次々に薙ぎ倒されていく。

 最後の一頭が頭部を吹き飛ばされ、重い音を立てて倒れる。

 アッシュは照準から顔を起こした。

 硝煙に霞む廊下の奥、ケープを被った黒衣の男が立ち去っていく。


 白いギアは立ち上がると、床からオートショットガンを拾い上げた。


「サムライ。もう一体のブレイン・ギアを見つけた。遠隔系だ」


「追うな! アッシュ!」

 ケインは前を向いたまま叫んだ。

「別行動は」


 軽やかな足音が遠ざかっていく。

 振り返ると、廊下の闇に消える白い姿が見えた。


「くっ」


 ケインは素早く視線を戻した。


 廊下の奥に、グリーディ・アームズがうずくまっている。

 前後に並んだ二つの鉄の拳は廊下の幅を占有し、その隙間から腕に繋がる本体が見える。

 いびつな灰色の肉の魂が胴体で、その上に小さな頭が乗っている。

 歪んだ顔に皮肉な笑みを浮かべ、矮小な頭をぐらぐらと左右に振り続けている。


 アカツキは刀を構えたまま、じりじりと間合いを詰めた。


 幅の狭い廊下であの巨大な拳を突き出されたら防ぎようがない。

 しかし逆にいえばそれは取り回しが効かないということでもある。

 限定された空間の中で、重く大きな武器を振り回すことが強みにはならない。

 

 アカツキは予備動作も見せずに一挙動でダガーを投げた。

 拳の隙間を抜ければ頭部を直撃する。

 しかしグリーディ・アームズの反応は素早かった。重さに似合わぬ速さで鉄の拳は重ねられ、進路を遮られたダガーは弾き返された。


 グリーディ・アームズは重ねた拳を開いた。


 その僅かな隙間から身体をねじるようにアカツキが飛び込んで来た。

 小さな頭部を肉塊に引き込む寸前、アカツキの刀の切っ先が頭頂部を切り裂いた。

 怪鳥のような絶叫が響く。

 グリーディ・アームズの胴体を蹴り飛ばして空中で前転したアカツキは、着地すると同時に廊下を疾走した。


 館全体が激しく振動する。背後から鉄の拳が迫って来ていた。

 二つの拳は床や壁、天井に激しく跳ね返りながら、猛烈な勢いでアカツキに襲いかかった。

 一瞬の差でアカツキは上階に続く階段に逃れた。


 階段を駆け上がると、二階の廊下に出る。

 赤い絨毯が敷き詰められた廊下は幅が広く天井が高い。

 吊り下げられた古風な照明は暗く、暗鬱な雰囲気を漂わせている。

 廊下はまっすぐ奥まで続いている。突き当たりに装飾の施された重厚な扉が見えた。


 廊下を進むと、アッシュのオートショットガンが落ちていた。

 二挺とも銃身が無残に折れ曲がっている。いやな予感がした。


 廊下の奥から再びあの黒い獣が姿を現した。

 その数は数十頭にまで増え、廊下を埋め尽くすように並んだ。他の獣の身体に乗り上がるものさえいる。


 ケインは左右の壁に一つもドアがないことを確認した。

 ここは、進むしかない。


 ひしめきあっていた黒い獣が動いた。

 それぞれが先を争うように殺到してくる。

 先頭を走る黒い獣が口を開け、喉の奥から何かが飛び出して来た。

 針のように細く鋭い槍だ。


 アカツキは瞬間的に飛び退った。

 突き出された赤い槍先を手甲でさばく。

 その空中に浮かんだ数瞬の間に、アカツキは太刀から手を離しダガーを連投した。

 浴びせられるダガーに先頭の黒い獣がひるみ、後方からの獣達が追突する。

 アカツキは床に降り立ち、腰からもう一本の刀、脇差しを引き抜いた。

 ぶつかり合って混乱していた黒い獣達が、再び襲いかかって来た。空中に跳躍した獣の口が開き、赤い槍が突き出される。

 刀を両手に持ったアカツキは、鋭い槍を躱しながら滑るような足捌きで前に出る。

 飛びかかった獣の下をくぐると、腹を裂かれた獣が床に転がっていた。

 獣達がいっせいに襲いかかる。


 アカツキの剣が舞った。

 二本の刀を持ったアカツキは風車のように回転した。

 黒い獣達は襲いかかった勢いのままアカツキを飛び越えるが、その時にはもう胴体が深々と斬り裂かれ首が離れていた。

 獣達はまるで自分から、舞い踊るアカツキの刀の中に吸い込まれていくようだった。


 最後の黒い獣が両断され、床に叩きつけられた。


 アカツキは残心の構えのまま、深く息を吐く。

 赤い槍先がかすめて、墨衣のあちこちが切裂かれている。


 抜刀したまま長い廊下を渡りきった。

 突き当りには高く大きな黒い扉がある。

 二本の刀を振るい、刀身の獣の血を飛ばした。

 扉には赤い血で×の字が記される。


 ケインは重い扉をゆっくりと押し開けた。

 まばゆいばかりに輝く光が溢れる。ケインは眼がくらみ、立ちすくんだ。

 


 そこは大広間になっていた。

 天井は高く、煌びやかなシャンデリアが燦々と光を放っている。

 ヨーロッパ中世のどこかの王宮のようだ。着飾った大勢の貴族や貴婦人達が集まり、声高に談笑している。

 今まさに大広間では、華やかな舞踏会が開かれようとしていた。

 ケインはふらふらと大広間に足を踏み入れた。

 腰を極端に絞ったロングドレスの貴婦人達が、迷い込んだケインを見てくすくす笑う。

 口元を扇で隠しながら、品定めをするように熱い視線を送ってくる。

 壁際には舞踏会に慣れていないらしい若い娘達が集まっている。


 その中にアッシュによく似た、金髪の美しい少女がいた。


「アッシュ?」


 ケインと視線が合うと、その少女は初々しく頬を染め、眼を伏せた。

 ケインはその美しい娘に向かって足を踏み出した。


 不意に手首をつかまれた。


 ぎょっとして後ろを振り返る。薄桃色のドレスを着た美しい淑女レディが立っている。

 大きく開いた胸元に、豊かな乳房が盛り上がっていた。

 ケインは柔らかなふくらみから眼が離せなくなった。


「どこ見てんの?」

 サラがケインの脚を蹴飛ばした。


「うっ」

 ケインは痛みに飛び上がった。


「なんでサラがここに?」


「プロテクトよ」

 ドレスを着たサラは片手を振り上げた。

「眼を覚ましなさい、ケイン! 死にたいの!」


 頬を打たれた痛みに、ケインは顔を上げた。




 アカツキは暗い大広間の石の床に片膝をついている。

 一瞬で飛び退ると、抜刀して防御の構えを取った。


「おいおい、今のは何だぁ? いい女じゃねぇか?」

 かすれた笑い声が響く。ピチャピチャと舌を鳴らす音。

「お前、もうやったのか、あの女とよ?」


 教会のように天井の高い大広間は黄昏れ刻の暗さに満たされている。

 細長い窓の外では吹雪が激しく吹き荒れ、窓枠ががたがたと鳴った。

 絢爛と輝くシャンデリアの灯りなど、どこにもなかった。

 

 ─知覚攻撃か。


 ケインは唇を噛んだ。

 すべて避けたつもりだったが、あの赤い槍に触れてしまっていたらしい。接触型ウイルスが幻覚を送り込んで来たのだ。

 サラの書き込んだ防御プログラムがなければ、無抵抗のまま殺されていただろう。


 ケインは大広間の一番奥の天井に眼を凝らした。

 闇に覆われて何も視認できない。ケインは無言のまま、ダガーを投げつけた。

 金属音がしてダガーが弾かれる。


 天井に貼り付いていたグリーディ・アームズが、ずるずると床に滑り降りた。


「バカなクソガキだ」

 小さな頭を振ってせせら笑う。

「わざわざ死にに来るなんてよ?」


「アンリミテッドはなんでもありの、無制限の世界だ」

 ケインは肉魂から突き出た小さな頭を指差した。

「お前の愚かさも無制限のようだな」


 いきなり鉄の拳が飛んで来た。

 かわした拳は背後の石の壁に当たって跳ね返り、再びアカツキを襲う。さらに別方向からも拳が飛来し、二方向から挟撃された。

 アカツキは交差する角度を読み取り、床を転がって攻撃を避けた。


 グリーディ・アームズは伸ばした腕をずるずると引き戻す。

「へっ、挑発しやがって。ひよっこが」


 ケインは素早く周囲を見渡した。床、壁、天井まで石材。

 硬い石で囲まれたこの空間は、鉄の拳が最も強みを発揮できる場所だった。


「なぜこんなことをする?」

 ケインは灰色の肉魂に叫んだ。

「こんな復讐を望むほど、お前の『先生』は安い指導者なのか?」


「許さんぞ、小僧!」

 グリーディ・アームズは雄叫びを上げた。

「『先生』は素晴らしいお方だ! この復讐は、我々が決めたものだ!」


「ならば『先生』は怒るだろう! 勝手なことをしたと!」

 叫びながら、背後の扉に向かってじりじりと後退する。

「お前も叱られるぞ!」


 突然、大広間が、館全体がぐらぐらと振動した。


「おお」

 グリーディ・アームズは天井を仰いだ。

「はい……わかりました……」


 ケインは窓を見た。おそらく背後の扉は閉まっている。

 脱出するならば、あの窓しかない。


「時間稼ぎはそこまでだ!」

 小さな頭がキキキと甲高い声を上げた。

「バカなガキめ! 見ろ! お前の仲間を!」


 大広間の中央にアッシュ・ガールが倒れていた。


 入って来た時に気づかない訳がない。しかし、アッシュはそこにいた。

 ケインは刀を構えたまま駆け寄った。


「大丈夫か?」


 倒れている白いブレイン・ギアを抱え起こそうとする。

 しかしアッシュは、硬い石の床にぴったりと貼り付いていた。

 いや、それは石で彫られた像だった。


 ─しまった!

 

 真上から鉄の拳が降って来た。

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