23 覚悟
翌日も模擬戦は続いた。
二体のブレイン・ギアは地上ステージに立ち、近距離で対峙している。
鋭く尖った白い槍を水平に構えたアッシュ・ガール。
腰の刀の鯉口を握り、半身に構えるアカツキ。
アッシュの構えた槍がいきなり伸びた。
アカツキは顔面を襲った槍の先端を躱し、一歩前に出る。
伸びた槍は一瞬で縮み、再び繰り出される。
突き出される鋭い穂先を手甲で払い、アカツキは一瞬で間合いを詰めた。
はっと気がつくと、槍を握ったアッシュ・ガールの手は、アカツキの刀の柄頭で押さえ込まれていた。アカツキは刀を腰に刺したままだ。
近接戦闘ではレベルが違いすぎた。
「くっ!」
「アッシュ! 感情をコントロールして!」
サラの声が飛んだ。
「もう一度よ!」
「いつまでやるのよ!」アッシュは叫んだ。
「ケインが刀を抜くまでだ」ケインは静かに言った。
白いギアが瞬間、怒りと屈辱に赤く染まる。
手首が回転して、銀色のリボルバーに変形した。
「無礼者!」
のけぞって避けたアカツキの額を弾丸がかすめて飛び去る。
同時にケインは居合抜きでリボルバーを両断していた。
「痛い!」
アッシュが甲高い悲鳴を上げた。
「もういやだ! やめる!」
アッシュ・ガールの四肢が分離し、灰のようにさらさらと崩れ去っていく。
ケインは静かに刀を鞘に収めた。それでも怒りで手が震える。
「サラ!」
ケインは空を見上げて怒鳴った。
「あいつ本気で撃ちやがった! どうするつもりだ!」
サラの重い溜息が聞こえた。
「バイタルチェック、OK」
コントロールのオペレーターがアナウンスする。
「起きても大丈夫です、ケイン」
コクーンの上蓋が開き、ケインはゆっくりと目を開けた。
コクーン室の中は薄暗い。
隣のコクーンを見ると、既にアッシュの姿はなかった。介護スタッフが素早く仕事をしたらしい。
大邸宅の地下には、ブレイン・バトルで使用するコクーン設備があった。
コクーンは予備を含めて五つ。バトルならば一つのチームを送り込める規模だ。もちろん普段はアッシュが一人で使っている。
エントリーシステム、仮想ステージ構築、バトルシステムなどはマイス社のスパコンで動かされている。設備一式と運用スタッフ、管理スタッフなどを維持するにも多額の費用がかかる。
ここが個人の邸宅であっても、連盟と深い関係があることは想像できた。
超大金持ち。
あるいは、連盟の幹部。
この宮殿の主人は、どんな人間だ?
控え室で酸素を吸ってから、地上階に出た。
模擬戦が途中で終わってしまい、夕食まではまだたっぷり時間はある。
ケインは広大な邸内を探検するつもりで、廊下の角を適当に曲がり歩いていった。
突き当たりのドアを開けると、広々とした中庭に出た。
芝生の上を居住スタッフの子供達がサッカーをして駆けまわっている。ケインは少年達に混じり、しばらくボールを追いかけた。
久々の運動に息が上がった頃、離れた別棟の二階バルコニーにいる人影に気がついた。
車椅子に座った少女。
じっと動かず、こちらを見ている。
アッシュだ。
「あの、わがまま娘め」
気がつくと、ケインはバルコニーのある建物に駆け出していた。
至近距離での銃撃など模擬戦でやっていいことではない。
アッシュは怒りの感情に振り回されている。不自由な身体は可哀想だとは思うが、ブレイン・バトルでは関係ない。
近づくと、アッシュはゴーグルのような視覚デバイスをつけている。
背後から介護スタッフが慌てた様子で現れ、少女はバルコニーの奥に消えた。
「アッシュ!」
ケインは建物の前で叫んだ。
バルコニーに人影は現れない。常に数人いる介護スタッフも姿を見せない。
「アッシュ!」
ケインは繰り返した。
「話がある! 出てこい!」
返事はない。森から鳥の鳴き声がのどかに響く。
「おまえなぁ……」
ケインは唸った。
「わかった。じゃぁ、こちらから行く!」
ケインは建物の正面に回った。
ドアの前に、待っていたように女性スタッフが立っている。
「お入りください」
「え?」
「お嬢様が、お会いになります」
女性スタッフに案内され、ケインは建物の二階に上がった。
幅広い廊下の奥の部屋。ドアをノックして、開く。
部屋の奥のフランス窓の前に、車椅子に座ったアッシュがいた。
「アッシュ」
ケインはゆっくりと歩み寄った。
少女はもう視覚デバイスを外している。
逆光になった金髪が、窓から入る風に揺れて光っている。見開かれた蒼い眼はガラスのようで、精巧な人形だと言われれば信じてしまうかもしれない。
ケインの怒りはまだ収まっていない。
しかし、昂ぶった感情をぶつけるには、目の前にいる少女は無力すぎた。
「あのなぁ、アッシュ。つまり、その」
叱りつけようと考えていた言葉が出てこない。いや、出せない。
ケインはジェイミーのように髪の毛をがりがりとかいた。
「ああ、もう!」
「……サムライ……」電子音声がつぶやく。
「はぁ?」
「さっきは……すまなかった」
アッシュの小さな声にケインは仰天した。謝罪できるのか。
「もう撃ったりはしない。おまえは……」
「なんだよ、ちゃんと言え」
「……敵では、ない」
ケインは、暗然とした。
サラは言っていた。これはアシュクロフト家の問題で、立ち入ることは出来ないと。
この屋敷の中で暮らしていても、おそらく、決して味方ばかりではない。
身近な者の中からも、隠された敵意を感じているのかもしれない。
ケインは目の前の痩せた少女を見つめた。
なぜか、妹のミオに似ているように感じた。
病院のベッドで眠り続けている妹。
身動き一つ出来ない人形のようなアッシュ。
ふたりとも、外からは見えない、大きな痛みを抱え持っている。
「……わかった」
ケインは息を吐き、こわばった肩の力を抜いた。
「それより手首はどうだ。痛くないか?」
ケインは車椅子の前に跪き、膝に置かれた少女の手を取った。
筋肉のない細い手は、ぐったりとして冷たい。
ケインは質問したことを後悔した。現実の手には、何一つ感覚がないのだ。
「痛かった」
電子音声は拗ねたようにいった。
「ひどいぞ、サムライ」
ケインは呆れた。
ミニガンを乱射するのはひどくないのか!
手を伸ばしてアッシュの両頬をつまみ、左右にひっぱる。
綺麗な顔が、ハムスターのようだ。
ケインは少し気分が良くなった。
「いいか、アッシュ!」
ケインは勢い込んで言った。
「俺はサムライでもおまえでもない。ケイン・ミカドだ。いい加減憶えろ」
「ケイン・ミカド……」
「そうだ、ケインでいい」
「ケイン」
アッシュは言った。
「いい加減、手を離せ」
「うっ!」
ケインは降参するように両手を上げた。
「顔には神経がある。わからないと思ったか?」
「す……すみません……でした」
「……ケイン」
「な、なんだよ?」
「よし。アンリミテッドで勝ったら、そう呼んでやる」
ケインは、ほっとした。
「OK。じゃぁ俺も、シンシアと呼ぼう」
「えっ?」
少女は小さく声を上げた。それでも表情はぴくりとも動かない。
「だめか?」
「勝手に、しろ」少女は小さくつぶやいた。
「アッシュ」
ケインは少女の冷たい手に、自分の手を重ねた。
「アンリミテッドは無制限のデスマッチだ。命がけの戦いになる。しかも相手はそこで勝ち続けているクレイジーな奴だ」
「面白い。望むところだ」
「真面目に聞くんだ、アッシュ」
ケインは声を強めた。
「もし危険だと思ったらすぐにステージから離脱しろ」
「……」
「俺にかまわず、逃げるんだ。いいな?」
「サムライ」
電子音声が低く響く。
「しっかりしろ」
「え?」
「お前は闘う前から、負けることを考えるのか?」
ケインは言葉に詰まった。
「アンリミテッドから帰ってくるには、勝つしか方法はないのだろう?」
「そうだ」ケインはうなずいた。
「ならば」アッシュは言った。「勝つまで」
「……」
「私は、負けはしない」
車椅子の少女は、当然のことのように言った。
「私は絶対に、勝つ」
ケインは大きく息を吸った。
「どうした、サムライ?」
「目が醒めたよ」
ケインは少女の細い手を握りしめた。
「生き残るには勝つしかない。そして俺も、絶対に負けはしない」
「そうだ。恐れを持つな、サムライ」
ケインは動かない少女の青い瞳を見つめた。
「恐れは相手を大きくする」
少女は静かに言った。
「私達に、そんな必要は、ない」
窓から吹き込んだ風がアッシュの前髪を乱す。
ケインは手を伸ばし、指先で金色の髪をそっと揃えた。
ヘッドギアに固定された少女の顔が、かすかに震えたようだった。




