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22 アッシュ・ガール


 セント・トーマス病院の屋上ヘリポート。


 流線型の最新型高速ヘリコプターが急速に接近してくる。

 アプローチから接地まで、少しの無駄もない滑らかで素晴らしい動きだ。

 最新の機体に、最高の操縦技術を持ったパイロット。

 これが自家用だとは、どれだけの資産を持っているのだろう。


「行きましょう、ケイン!」

 メインローターの巻き起こす風に金髪を乱しながらサラが叫ぶ。


 ケインとサラが乗り込むと、ヘリコは軽い羽毛のように上空へ舞い上がった。

 マンハッタンからハドソン川に沿って北上する。

 そして約1時間後、広大な針葉樹の森の中にその宮殿は姿を現した。


 ヘリコは庭園の外れにあるヘリポートに着陸した。


「どうもありがとう」


 ケインは初老のパイロットと握手をした。

 飛行中、ずっとヘリコプターの操縦について質問攻めにしていたのだ。

 レイバンをかけたパイロットは白い歯を見せた。


「帰りは操縦を頼むよ、ケイン。君の方が上手いかもしれん」


「ごめんなさい、ニック」

 サラが微笑みながら言った。

「帰りは一週間後なの」


 パイロットは驚いて声を上げた。

「一週間だって? あのお嬢さんが、よく許したもんだ!」



 ケインとサラは迎えに来たベントレーに乗り込んだ。

 鬱蒼とした針葉樹林を抜けると、王族の宮殿のような大邸宅が現れる。

 ベントレーはその裏手の森に入った。

 敷地の中に、クラシカルなガラス張りの温室が建っている。


「ニューヨーク植物園にある温室よ。ヴィクトリア朝のデザインが気に入ったみたい」

 車を降り、歩きながらサラは説明した。

「中には数百種類の中南米の植物が栽培されているわ」


 温室の中は、むっとするような熱気と湿度だ。

 ケインは目の前の巨大な植物を見上げていた。名前を調べようにも来館者に向けた表示プレートはどこにも見当たらない。

 サラはこの温室のあるじを迎えに行っている。

 ここは、シンシア・アシュクロフトの個人植物園なのだ。


 煉瓦の通路の上を、サラが車椅子を押して近づいてくる。

 ケインは止まった車椅子の前で立ちすくんだ。

 事前に聞かされていたとはいえ、やはり平静ではいられなかった。


 車椅子にはひとりの少女が座って、いや、《《固定》》されていた。

 眉の上で短く切りそろえられた金髪。細い鼻梁。痩せてはいるが、美しい少女だった。

 しかし見開かれた蒼い瞳は、ただ空間を見つめている。

 そして少女の身体と頭部は、ハーネスとヘッドギアに包まれていた。


 ケインは煉瓦の路に片膝をつき、少女の顔の高さまで目線を落とした。


「やぁ」

 ケインは口ごもった。

「は、はじめまして、アッシュ」


 ケインは自分が手を差し出していることに気づき、ひっこめる。

 少女は膝の上に細く白い手を置いている。

 しかし、その指先を動かすことさえできないのだ。


 シュウシュウと息の漏れる音がして、くぐもった声がした。


「よく来たな、サムライ」


 首にかけたカメオのペンダントトップから電子音声が流れる。首に巻いたシルクのリボンに咽喉マイクが内蔵されているらしい。

 後ろからサラが声をかける。


「アッシュ、視覚デバイスは?」


「いい」

 全盲の少女は低く答えた。

「今は……見たくない」


 視覚デバイスはブレイン・デバイスの一種だ。

 網膜と視神経を経由せず、後頭部に密着させた電極から視覚野に直接電気信号に変換された画像情報を送り込む。装着すれば先天性の全盲者でも、健常者と変わらずに外界を見ることができる。

 アッシュも温室の中で植物の世話を指示する時は視覚デバイスをつけているという。

 しかし少女は、現実のケインの姿を見ようとはしなかった。

 アッシュにとって、仮想空間の中のアカツキこそが、自分が認めた相手なのだ。


 ケインは気を取り直して言った。

「すごい温室だな。こんな大きな温室に入ったのは、初めてだ」


「ニューヨーク植物園のレプリカだ。大したことはない」


 少女は電子音声で素っ気なく言った。

 表情も変わらないのに、なぜかそわそわしているようだ。


「それより、サムライに、見せたいものがある」




「見せたいものって、これか!」

 アカツキの中でケインは叫んだ。


 上腕部に装備した盾はあっという間に粉砕された。

 直撃を避けて急降下する。しかし背後からの連射は躱しきれない。

 背中の装甲に走った衝撃に、思わずケインは怒りの声を上げた。


「どうだ!」

 アッシュ・ガールが高らかに叫んだ。

「ミニガンの威力!」


 ミニガンは小型化された電動ガトリング砲だ。

 六本の銃身を回転させ毎分四千発の銃弾を発射する。

 白いギアはこの仮想の機関銃を軽々と振り回し、無反動で撃ちまくった。


「NATO弾から銃身、回転モーター、給弾装置まですべてのメカニズムをイメージトレースした。一個のネジも欠けてはいない!」

 アッシュは誇らしげに叫んだ。


 ミニガンを身体の周囲を循環する立方体に突っ込むと、別の三角錐をバン! と手で叩いた。


「次はこれだ!」


 割れた三角錐からロケットランチャーが飛び出す。

 ランチャーを担ぎ、アッシュはすぐさまトリガーを引いた。

 発射された地対空ミサイルがアカツキを追いかける。

 きっと改造されているに違いないと思ったら、やはり追尾装置がついていた。


 アカツキは仮想空間を飛び回った。


 エントリーしているのは簡易型のステージで、空間には小さな座標ポイントが明滅し、四角い地上ステージには立方体の遮蔽物が配置されている。

 テクスチャーも貼られていないシンプルなステージだが、ブレイン・バトルの訓練には充分だ。しかしアッシュの攻撃は模擬戦どころか、実戦以上だった。


「この兵器オタクめ!」ケインは思わず毒づく。


 地上ステージに急降下し、地面すれすれで急制動をかける。

 空中でのキックターンはイメージング・スキルの中でも特に難度の高い高等技術だ。

 アカツキを追い越したミサイルは地表に激突して爆発した。


「逃げ足の速い奴め!」


 猛スピードで追ってくるアッシュが、嬉しそうに叫ぶ。

 両腕に構えた自動小銃を乱射しながらだ。


 ケインは初めて仮想空間で会った時の、アッシュの異様なほどの運動性を思い出す。

 あれほど生き生きとして動けるのは、仮想空間こそがシンシア・アシュクロフトにとっての現実だからだ。


 少女は、首から下は指一本動かすことのできない。

 しかし。

 仮想空間の中なら、思いのままに自由に飛び回ることができる。


「そろそろ夕食の時間だわ」

 サラの声が空間に響く。

「模擬戦は終わりよ、アッシュ」


「いやだ!」アッシュは叫んだ。


「約束が守れないなら、帰るわよ」サラは硬い声を出した。


「もう帰れない。ニックには休暇を与えた!」


「あらそう。じゃあ今回は仕方ないわね」

 サラはわざと投げやりに言った。

「でも残念だわ。もう二度と会えないなんて」


「……わかった」

 かすれた声でアッシュはいった。

「回収を」


「やれやれ」ケインは溜息をついた。



 ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 鏡とガラスと黄金で装飾され、シャンデリアが煌く華麗な空間。

 邸宅のディナー・ルームは、ヨーロッパ王侯貴族の宮殿のようだった。

 ケインとサラは長大なテーブルに離れて座り、運ばれてくる最高級のフランス料理を口に運んだ。


「消化に悪い」

 ケインはナイフとフォークを動かしながら、ぼそぼそと言った。

「明日はハンバーガーでいい」


「最高だわ。ロマネ・コンティ、ル・モンラッシェ」

 サラは希少な白ワインを飲み、うっとりと目を閉じた。

「ここは天国ね」


「どこが?」

 ケインはナイフとフォークを握った手をどんとテーブルに置いた。

「サラ、これでアンリミテッド対策になっているのか?」


「もちろん」サラは優雅に微笑んでみせた。


「アッシュは射出系に特化しすぎている」

 ケインは身を乗り出した。

「グリーディ・アームズは近接戦闘パワータイプだ」


「わかっているわ」


「しかし」


「心配しないでケイン」

 サラは真顔になってケインを見つめた。

「あなたは、進化しているのよ」


 ケインは溜息をついた。また話題がリープしている。


「どういうこと?」


「前に訊いたわよね、思いっきり飛んだことがあるかって?」


「ああ、アッシュとの最初のバトルだった」


「あの時、あなたは自分の投げたダガーを追い越したわ」


 ケインは、はっとした。

 確かにそうだった。戦闘に集中していて忘れていたのだ。


「アカツキは、そんな速さで飛べるの?」


「いや、それは」


 ケインは口ごもった。そんなことはあり得ない。

 いや、正確にいえば《《意識》》したことはなかった。

 しかし。

 あの時、確かにアカツキはイメージを超えたスピードで動いていた。


「アッシュの攻撃は自己流でむちゃくちゃだけど、可能性の伸びしろはすごいのよ」

 サラはケインを見つめた。ワインの酔いに頬が赤らんでいる。

「それはあなたも同じ」


「先生みたいだな」ケインはサラから眼を逸らした。


「イメージは相対的でしかないわ。あなたはアッシュの攻撃を躱しているだけじゃない。総合的に見て、彼女を上回っているの。イメージ戦で重要なのは、相手よりも上回っているという相対的な部分よ」


「最後に逆転されることもある。俺はそうやって勝ったことがある」


「その瞬間、あなたは相手を上回ったのよ。相手よりも強く素早いイメージを持つことができた。相手がどんなに強大であっても、それを一瞬でも超えることができれば、勝てるわ」  

 サラは一気に言った。

「それに、あなたに引っ張られてアッシュのパワーもスピードも精度アキュラシーもレベルアップしている」


「どうして、アッシュなんだ?」

 ケインは今まで言えなかった疑問を口にした。

「彼女はアンリミテッドで闘うメリットを持っているのか?」


「脳の研究でわかったことがあるわ。意思の力は有限なのよ。脳が生み出すイメージは無限じゃない。それは体力と同じように消耗していくの」


「イメージが尽きるってこと? それこそ想像できないな」


「じゃぁケイン、あなたは知っている?」

 サラは透かすような眼つきをして言った。

「あれほどの射出パワーを持ったブレイン・バトラーを?」


 ケインは少し考え、無言で首を振った。

 確かにでたらめともいえるほどの射出量だ。


 弾丸の連続発射をイメージし続けるのは、単純なだけに脳には苛酷な作業といえる。優秀なバトラーでも途中で脳が疲労し、仮想の機関銃が『ジャム』ってしまうだろう。

 それは射出系バトラーのほとんどが『一撃必中』の狙撃手シューターであることの理由でもある。


 ケインの様子を見て、サラは美しく微笑んだ。


「斬撃戦以外なら、あの子はトップクラスよ。アッシュの射出パワーなら遠隔系も制圧できる。アカツキの弱い部分を埋められるベストな選択だと私は確信しているわ」


 ケインは黙った。そこまでいうのなら、サラを信じよう。

 突然、脳裏に赤く染まった白いギアが浮んだ。

 あれは、なんだったんだ?


「一瞬……だが」

 ケインはつぶやくように言った。

「アッシュが血にまみれて見えた。とても、痛そうで、苦しそうだった……」


 サラはケインをじっと見つめ、それから低く言った。

「あの身体で、ストレスがないと思う?」


「え?」


「8歳の時、アッシュは事故で重傷を追ったわ。そして失明し、身体の自由も失った」


「事故って、どんな?」


「それは……」

 サラはワイングラスに伸ばした手を止め、小さく息を吐く。

「ごめんなさい。誰にも言えないの」


 ケインは、はっとした。

 脳の神経系統へ深刻なダメージを与える事故。

 それはまるで……。


「まさか」

 ケインは身を乗り出した。

「ブレイン・バトルと、関係あるのか?」


 サラは視線を伏せ、答えない。


 ケインは声を荒げた。

「8歳って言ったな。そんな子どもにブレイン・バトルをさせたのか!」


 サラは手を上げて、ケインを遮った。


「これはアシュクロフト家の問題よ」


「な?」


「立ち入ることは許されないし、立ち入る必要もないわ。私達には、まったく関係ない」


「……」


「でも、私はアッシュを自由に、開放してあげたい」

 サラは顔を上げ、思いつめた眼でケインを見た。

「せめて、あの仮想の世界の中だけでも」

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