01 ブレイン・バトラー 御門ケイン
その少年の名は、御門ケイン。
年齢17歳の日米ハーフ。
国籍は日本。国際S級のブレイン・バトラーだ。
御門ケインは今、『カジノ・ライツ』の特別貴賓室にいる。
ニューヨークの超高級タワーホテル『ホテル・ライツ・マンハッタン』の地下にある、巨大合法カジノだ。
VIPフロアの一番奥にあり、かなりの有名セレブでさえ入れない場所だ。
ここにいるということは健全なカジノ経営者である某組織と直接の関わりを持つことであり、見たくもない裏の顔を見る、又は見ざるをえない状況にもなる。
すでに、いろいろな意味でヤバイ状況といえる。
今夜はここでブレイン・バトルの|独立興行による国際級の賭け試合が開催される。
興行主はもちろんカジノ・ライツ。
会場は地下カジノの中にある8000人収容の3Dライブアリーナ。
そして今夜のバトルは通常の『連盟』主催ではない。
興行主であるカジノ・ライツの設定した配当金は通常より高く、しかも対戦チームが二転三転するトラブルがあり、どうみても大荒れの試合になると予想されている。
一般大衆の嗅覚は、鋭敏だ。
展開の読めないバトルに大穴の匂いを嗅ぎ、一攫千金、高額の配当金を狙ってカジノには大金が集まっている。
そして出場するブレイン・バトラーのギャランティも破格に設定されている。
それはなぜか?
出場が決まっていたバトラーが次々にキャンセルしたからだ。
カジノは興行が流れたら利益どころか大損害を被る。必死になってブレイン・バトラーを探し、結果として出場ギャランティがはね上がった。
つまり、普通なら誰だって気がつき、警戒するだろう。
今夜のこのブレイン・バトル、何か隠された事情があると。
しかし日本国籍のこの若いバトラーはカジノからの緊急オファーを受けた。それも試合前日に。
理由は簡単。ちょうどNYで休暇中だったし、今の彼のレベルであれば同じS級以外のブレイン・ギアに負ける可能性は極端に低い。
実際、直近半年間の戦績では負けはひとつもない。
ケイン自身の経験値もスキルもまだまだ伸びている。相性の悪い相手でも判定勝ちに持ち込む『ずる賢い』かけひきも身につけてきている。
だが、本当の目的は、賞金だ。
彼は金を必要としている。
賞金を稼ぐ。少しでも多く。
今夜のこのバトル出場にケインのマネジャーは猛反対した。
だが超高額の出場ギャランティ・プラス・勝利賞金は喉から手が出るほど欲しい。
ケインはどんな突発事態でも切り抜け、そして絶対に勝つとマネジャーを説得した。そう言い切れるだけの修羅場はくぐってきたつもりでいる。
ただ、ケインが予想していなかった問題が発生した。
今夜チームを組むバトラーとはこの特別貴賓室で初め会うことになっている。
問題は……。
御門ケイン以外のバトラーだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広々とした特別貴賓室。
赤い絨毯が敷き詰められ、超高級なヴィクトリア朝レプリカ・アンティークが瀟洒なシャンデリアに照らされている。
きらびやかな装飾が施されたインテリアは王侯貴族の宮殿のような豪奢さだ。
そして部屋の中央。
大きなソファセットには、見た目もバラバラな四人の男女が座っている。
ロングソファに子供のように小柄な初老の白人が座っている。
『教授』イアン・マルコヴィッツ。
昔の大学教授のようなツイードジャケットを着て、広い額に分厚い眼鏡をかけ気難しげな顔で何かを考えている。鉄壁強固なゴーレムタイプのギアを駆使するディフェンダーだ。
その隣に寄り添っている深紅のジャンプスーツ、長身のヒスパニック系美女。
『赤い猫』エヴァ・イグレシアス。
元ミス・メキシコにして、沈着冷静な歴戦の指揮官。
引き締まった身体と長い手足は、鍛錬された優秀なアスリートのようだ。
一人用ソファに座るケインの右側、やはり一人用ソファに顔色の悪い白人の中年男。
『クレイジー・キャンディマン』ルーサー・ローマン。
業界の大ベテランだが戦術はすでに時代遅れで、引退は時間の問題。そしてケインとは過去の対戦時にトラブルがあり、遺恨を持たれている。
ケインは表情を変えず、心の中で愕然とした。
何だこの寄せ集めのメンバーは?
ブレイン・バトルのチームは四人。
前衛の攻撃二人、後衛の防御一人、そして最後列の戦術戦略担当の指揮官で構成される。
ブレイン・バトラーはそれぞれが攻撃、防御、指揮に特化している。さらにパワー型、スピード型、近接タイプ、遠距離タイプなど様々な特性を持つ。
したがって、バトラー達は自分の攻撃・防御スタイルが最大限に強みを発揮できる組み合わせを求める。確実に勝率が上がるからだ。
だが、ケイン以外の三人は基本的に迎撃・持久戦タイプだ。
高速高機動の特攻タイプのケインとは、まず組むことなど考えられない。
さらにブレイン・バトル開始までもう一時間もないのに、まだ対戦相手の戦術・武器データが来ていない。
これは、ケインたちにとって、致命的に不利といえる。
ケインの手の中がじわりと汗ばむ。
冗談ではなく非常にまずい状況だ。
日本人の少年は、豪華なソファに座る周りの三人を観察した。
『教授』と『赤い猫』は、夫婦のように寄り添い、悠然としている。
メンバーは初顔合わせ。しかも対戦相手の武器や戦い方がまだわからない。
通常はありえない事態なのにリラックス。場数の違いというやつか。
ケインは平静な表情のまま、心の中で呻くように呟いた。
ルーサー・ローマン。
このおっさん、息が酒臭い。
……最悪だ。