13 秘密の記憶空間
アカツキは路面に突っ伏して、動きを停止していた。
頭部のまわりに黒い子供達が集まっている。
「コイツ、死ンダノ?」
「マダ生キテルワ」
「時間ガナイ、急ゴウ」
黒い子供達はアカツキの額の穴に指をかけた。
三方からめりめりと引き裂くと、大きく開いた額の中に滑り込んで行く。
その記憶空間は、暗鬱な雰囲気に満ちていた。
灰色の雲が幾重にも重なり、その間にぼんやりと光る立方体や、不定形の暗闇などが無数にうごめき、浮遊している。
「なんだか混乱しているわね?」
人間の姿になったエレナが言った。
安物ワンピースを着た痩せた少女。そばかすだらけで、意地悪そうな顔をしている。
「情報量は凄いな。整理できていないけど」
セルゲイが言った。賢そうな少年だが、眉間を寄せた狷介な表情をしている。
「ねぇ、あっちみたいだよ?」
ウラジミールが指差した。半ズボンの太った男の子だ。小さな眼がおどおどと周囲を窺っている。
空間の奥へ黒い糸が伸び、その先には灰色の大きな球体が浮かんでいた。
太ったウラジミールが唇をなめた。
「あそこに秘密があるっぽいね」
エレナは眼を細めて言った。
「こいつの弱みを握るのよ。まだ利用できるわ」
突然、閃光が走った。空間を切り裂くように稲妻が光る。
「うわ、凄く警戒されているよ」
ウラジミールが短い首をすくめた。
「当たり前だろ」
セルゲイが冷たく言った。
灰色の球体に着地する。黒い糸は、表面に刺さった矢に繋がっていた。
エレナは表面を手で探った。
「ここがめくれている。入るわよ」
エレナが紐のように細くなり、隙間に侵入する。残った二人も同じように姿を消した。
灰色の球体の中は、真っ白な空間だった。
三人は白く光る霧の中を進む。
やがて前方に、一つのベッドが見えて来た。
どこの病院にでもあるような、質素な金属パイプのベッドだ。
ベッドには、幼い少女が眠っていた。
短い漆黒の髪、雪のように白い肌。
きれいな顔立ちだが、痩せて頬がこけている。
「可愛いなぁ」
太ったウラジミールが見惚れて吐息をついた。
「この子、きっと、あいつの妹だよ」
セルゲイが白い空間を見回す。
「ほかに家族はいないのか」
「なによ、それがどうしたのよ」
エレナが怒ったように言った。
セルゲイは顔をそむけ、小さく舌打ちした。
エレナは捨て子で両親を知らない。家族の話題は厳禁だった。
「ふん、全然、可愛くないじゃない」
エレナは少女をまじまじと見て、意地悪そうに唇を歪めた。
「さて、どうしよっかなー」
セルゲイとウラジミールは顔を見合わせた。
きっと酷いことを言い出すに決まっている。
「やっぱり消しちゃおうっと」
エレナは指を鳴らした。
「だって、こいつ、気に入らないし」
白い空間が激しく明滅した。エレナの邪悪さを感知したらしい。
セルゲイは露骨に顔をしかめた。
「そこまでしなくていいだろう。こいつの弱みはこの妹だ。もう脱出しよう」
「ウラジミール!」
エレナはセルゲイを無視して言った。
「あんたがこの子、やりなさい」
「ええ?」
太った少年は後ずさった。
「あんた、ちっちゃい女の子が好きでしょ?」
エレナはネズミのような顔を歪めた。
「施設でいたずらしてんの、知ってるんだからね!」
ウラジミールは顔を赤くしたり青くしたりしながら、最後にはしっかりとうなずいた。
セルゲイが嫌悪の表情で、ぺっとつばを吐く。
ベッドに上がり込んだウラジミールは少女にまたがり、のどに手をかけた。
指に力を込めると、眠っている少女は苦痛に眉根を寄せる。
太った少年の息が荒くなった。
白い空間が揺れ動き、どよめき始めた。
床が激しく突き上げられ、ベッドががたがたと揺れる。強い風が巻き起こり、声にならない叫びを上げる。
大切な妹を守れない兄の怒りと絶望が、荒れ狂う暴風となって周囲から押し寄せてくる。
ウラジミールは悲鳴を上げながら幼い少女に覆い被さり、指の力を強めた。
少女の顔が苦悶に歪む。
床が大波のように揺れ、ウラジミールと少女はベッドから床に転がり落ちた。
エレナとセルゲイも倒れ、立ち上がろうと懸命にもがいている。
目の前に少女が倒れていた。
その上半身と下半身が、不自然なほど離れている。
三人はじっと凝視した。
そして、悲鳴を上げた。
幼い少女の胴体は下腹部がどろどろに腐って溶け、二つに千切れていた。
アカツキの額の穴から、二人の黒い子供が飛び出して来た。
地面を這いずり、必死になってアカツキから遠ざかろうとしている。
少し遅れて、もう一人が飛び出す。
その子供は狂ったように悲鳴を上げながら地面を転げ回った。
その悲鳴はアカツキの鼓膜を震わせた。
その音は聴覚域へ伝えられ、同時に脳の奥深く、脳幹に近い黒質と呼ばれる部位に届けられた。
そこで、何かのスイッチが入った。
─見たのか?
光を失っていた眼が赤く灯る。
アカツキは、ゆっくりと身体を起こした。
─見たのか、あれを?
黒い子供は激しく頭を振った。
しかしそれは、はっきりと肯定を伝えている。
─見たな、見たな、見たな、見たな?
アカツキの髪の毛が逆立った。長い黒髪が、血のような赤に染まる。
─あれを、見たな!
激しい憤怒に血が逆流し、沸騰した。
アカツキはよろめきながら、ゆっくりと立ち上がった。
足元を見ると一人の黒い子供が座り込み、何かを懇願するように必死に頭を打ち振っている。
アカツキは太刀を逆手に引き抜き、そのまま無造作に剣先を突き下ろした。
顔を前方に向ける。マスクの喉元から赤い霧が吹き出した。
先に飛び出した二人の黒い子供は、悲鳴を上げながら懸命に走って行く。
「キャァァァァ!」
振り返った女の子が叫ぶ。
「コッチニ来ナイデ!」
「ウワァァァァァ!」
アカツキは身を屈め、獣のように跳躍した。
暗闇の中で白刃が幾度もきらめいた。
流星のように。




