12 オマエノ罪ヲ見セロ
「ウワァ、ヤッチャッタ……」
女の子が気持ち悪そうにつぶやく。
ケインは膝をついたままダガーを投げた。岩に当たって跳ね返る音がする。
「オカシイナ、コイツマダ動ケルノカ」
灼けるような痛みが、額から眼の奥まで広がった。
「グーリグーリ、奥マデ届ケー」
「うああああっ!」
ケインは額を押さえた。細い矢が突き立っている。
ケインのすぐ前で、女の子が言った。
「セルゲイ、コイツノ視覚ヲ戻シテ」
「ダー」
周囲の暗闇が急速に薄れ、明るくなった。
アカツキはタイムズスクエアの道路に這いつくばっていた。
顔を上げると、全身がぬめぬめと黒く光る三人の異形の子供が立っている。
風船のように膨らんだ大きな頭、小さく貧弱な身体に短い手足。その姿形は、奇怪にねじ曲がった植物の根のようだった。
「アレヲ見ロ」
背の高い子供が冷たく言う。
指差した先に、呆然と突っ立ているゴーレム。
そしてその前の路面には、赤黒いものがべったりとへばりついている。
「くっ……」
顔をそむけようとしたが、アカツキは動かない。
機体の自由が奪われている。
痩せた黒い子供が、女の子の声で言った。
「アタシタチハ、隠サレタ感情ヲ開放シタダケ。アノ年寄リノ嫉妬心ガ、猫ヲ殺シタノヨ」
太った黒い子供が弁解するように言う。
「ダカラ、ボクタチハ悪クナインダ」
「何を、勝手な!」
ケインは懸命になって、アカツキの視線を動かした。
「ルーサー! どこにいる!」
壁面が崩壊した建物の前に、巨大なピエロが座り込んでいる。
その前には小さなブロック、積み木の山ができていた。
「俺は、最低だ……」
ピエロは背中を丸め、嗚咽している。
「俺はなんて、ひどいことをしてしまったんだ……」
「ルーサー! どうした?」
赤白ピエロは顔を手で覆い、声を上げて泣いた。
「どうやっても崩れてしまう。どんなに積んでも、この積み木は崩れてしまうんだ」
「一体何をしているんだ?」
「俺は感情が抑えられない……全部壊してしまう。俺は、本当に、クズだ……」
「ソウ、コイツハ下品デ野蛮ナケダモノ。ホント最低」
女の子が軽蔑しきって言う。
「ドウセ家族ヘノ暴力トカ虐待デショ。アア、自分ノ娘ヲれいぷシタトカ?」
ケインは絶句した。
「罪ノ木デ、自分ノ罪二気ヅカセテヤッタノヨ」
黒い女の子は傲慢な口調で言った。
「セルゲイ、コイツ二、罪ヲ償ワセナサイ!」
「ダー、エレナ」
背の高い黒い子供がキャンディマンに向かい、妙な手つきをした。
ルーサーはポケットから残っていたキャンディをすべて取り出した。
そして、そのキャンディの塊を、しっかりと胸に抱え込む。
「よせ……ルーサー!」
ケインは叫んだ。
「やめるんだぁぁぁ!」
キャンディボムが爆発し、ピエロは粉々になって四散した。
「エレナ、マズイヨ」
太った黒い子供がおどおどと声をかける。
「イマノヲ『先生』ガ知ッタラ、キット怒ルヨ?」
「大丈夫ヨ、バレナイカラ」
女の子はしれっと言った。
「アンタガ黙ッテレバネ? ウラジミール!」
「ヒイイッ!」
太った子供は震え上がった。
黒い女の子が命じる。
「セルゲイ、花火ヲ出シテ!」
「ダー、エレナ」
背の高い子供が手を突き出した。棒のような手持ち花火を握っている。
「サムライ、コレヲ見ロ」
痩せた子供は額の矢を握り、顔を上向かせた。
「ぐあっ!」
頭の中に、激痛が走る。
意識がもうろうとしてくる。ケインは必死に苦痛に耐えた。
「見ルンダ!」
アカツキの顔の前で、花火から激しく炎が吹き出した。
ケインの視野いっぱいに火の粉が爆ぜて広がる。
花火は盛大に燃え、すぐに消えた。
痩せた子供が、握っていた矢を離す。
ケインはがくりと頭を垂れた。
「コイツ、花火ヲ見タワ」
女の黒い子供は言い、ほっとしたように互いの顔を見合わせた。
「アア、ソシテ、タクサンノ人ガ花火ヲ見タ」
痩せた男の子がうなずき、太った子がため息をついた。
「コレデ、仕事ハ終ワッタネ」
仕事、だと?
花火を見ることが仕事とは、どういうことだ?
いや、どうしてケインは、何もできないで這いつくばっているんだ。
俺は、こんなに弱かったのか……?
頭の奥が、灼けるように痛い。
「イイエ、マダ残ッテルワ」
女の黒い子供がケインの顔を覗き込む。
「過去ノ矢ハ、今ト過去ヲツナゲル矢。オマエノ過去ヲ見セテモラウヨ」
「俺の過去、だと?」ケインは呻いた。
「ソウ。ソレモ、一番隠シテオキタイ過去、誰ニモ見セタクナイ過去」
黒い顔がぬめりと歪んで、笑った。
「誰ニモ、見セラレナイナイ過去」
「……」
「オマエノ罪ヲ、見セロ」
額の矢が強引に引きぬかれた。