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11 虐殺の始まり


 なにも返事がない。

 黒い子供たちは黙ったままだ。


「バトルは終わりよ!」

 ケインの耳元でエヴァが宣言する。

「聞こえてる? 包囲を解きなさい!」


 女の子の声がした。

 まだ幼さの残る声がロシア語で何かを言った。


「え、なに?」エヴァが聞き返す。


 女の子はふんと鼻で笑い、同じ言葉を繰り返した。


「イジォーット」


「何を……?」


「ワカラナイ?」

 女の子はロシア訛りの英語で言った。

「バカッテ、イッタノ」


「なんだと!」

 ルーサーが怒声を上げた。

「おまえら不正行為だらけじゃねぇか! この卑怯者め!」


「ネェ、エレナ?」

 気弱そうな男の子の声がする。

「モウ帰ロウヨ。ボク、オ腹スイタ」


「黙ッテロ、ウラジミール」

 別の男の子が冷たく言った。

「エレナ。イイカラコイツラ、ヤッチャオウゼ?」


「ソウネ、セルゲイ」

 女の子は声を落とし、確認するように言った。

「ココマデハ、ウマクイッタ。キット『先生』ハ、ホメテクレルワ」


「あなた達、話を聞きなさい!」

 エヴァは唖然とした。

「こちらは負けを認めているのよ! それでも攻撃するつもり?」


 女の子は黙り、暗く低い声で言った。


「……ナニヨ、偉ソウニ」


「え?」


 女の子はうんざりしたように言った。


「攻撃ジャナイワ。タダ、渡シタダケダカラ」


「渡した?」


 気弱そうな男の子が弁解するように言う。


「ウン、渡シタダケダヨ」


 冷たい声の男の子が、傲慢な口調で言う。


「アア、ごーれむニハ手鏡。ぴえろニハ積ミ木。さむらいニハ矢ヲアゲタ」


 黒い子供たちが順番に声を上げる。


「チイサキ鏡ハ暗イ鏡(だーく・みらー)。ココロノ裏コソ真ノココロ」


「チイサキ積ミ木ハ罪ノ木(しん・ぶろっく)。罪ニ向キ合イつぐなイナサイ」


「チイサキ弓矢ハ過去ノ矢(あろー・おぶ・ぱすと)。ソノ生キ方ノ正シキヲ問フ」



「そりゃなんのくそったれ宗教だ!」

 遠くからルーサーの声がわめく。

「このクソガキどもめ! おまえら全員くたばっちまえ!」


 その剣幕に気圧されたか、子供たちは押し黙った。

 闇の中に重い溜息が響き、女の子が吐き捨てるように言った。


「コイツ、最低」


 おどおどした男の子が続く。


「コノヒト、ダメナ大人ダヨネ? ネェ、セルゲイ?」


 男の子の冷たい声。


「アア、ダメナ大人ハ、ジブンノ罪ヲ償ワナケレバナラナイ」


「ダカラ、アタシタチガ」

 女の子が言う。

「隠シテイタ罪ノ心ヲ、開放リリースシテアゲマショウ」


開放リリースシテアゲヨウ」


開放リリースシヨウ」


 三人、声を揃えて叫ぶ。


「開放!」


 ケインは反射的に防御の姿勢を取った。

 しかし数秒経っても何も起こらない。


「そんなお遊びは、もうやめなさい!」

 怒気を込めてエヴァが叫んだ。

「いいかげんに」


 突然、エヴァが甲高い悲鳴を放った。


 同時にアカツキは肩に激しい衝撃を受けて地面に叩きつけられた。


「があああああああああああああ!」


 狂った獣のように、誰かが咆哮している。


 第二撃が来る!

 本能的にアカツキを横転させた瞬間、耳元を何かが猛スピードでかすめた。

 爆発的な破壊音と共に地面が突き上げられ、アカツキの機体が宙に浮かぶ。

 これは……。

 超重量のスレッジ・ハンマーだ!


「教授! どうしたの?」

 エヴァが悲痛に叫ぶ。

「やめて、やめてちょうだい!」


「エヴァ、どうして外に出た! どうして私から出て行くんだァァァ!」


 ゴーレムの絶叫とエヴァの悲鳴が重なる。


「やめてーッ!」


 再び爆発するような衝撃波。


 ゴーレムが渾身の力で振り下ろす鋼鉄のハンマーが路面を叩いている。


「キャハハハハハハハハ!」


「キャハハハハハハハハ!」


 黒い子供たちが視覚を失ったケインの周りをぐるぐる回る。


「教授! やめるんだ!」


 理由はわからないが教授が錯乱し、パートナーであるエヴァを攻撃している。


「お前は若い男に色目を使う。そうやっていつも私を苦しめる!」

 教授はもがくように叫んだ。

「私の言うことを聞けえええええええ!」


 それは怒りと悲しみに満ちた絶叫だった。


「《《あなた》》! やめて!」


 衝撃波が地面を揺らす。エヴァの激しい悲鳴が響いた。


「エヴァ!」


 ケインは片手をつき、アカツキの機体を立て直した。

 教授の位置はわからないが、勘を頼りに突っ込むしかない。


暗イ鏡(だーく・みらー)ハ」


 突然、顔の前で黒い子供の声がした。

 ケインは反射的に横転し、素早く身を起こして居合い抜きの構えを取った。


「感情ヲ」

 声は右から左へと素早く移動しながら言った。

「裏返スンダ」


 ケインは太刀の柄に手をかけ、声の位置を探る。


「好キハ嫌イ、嫌イハ好キ。ダカラー」

 女の子が楽しげに歌う。

「愛シテイルホド、殺シタクナッチャウノ!」


「やめて、あなた!」

 エヴァの泣き叫ぶ声が聞こえた。

「脚が潰れたわ! もう動けない! 助けて!」


「エヴァ、私は、お前を守る……」

 嵐のような激情が去り、虚脱したような声で教授は言った。

「お前を、守るんだ……」


「それなら、どうして、こんなことをするの!」


「お願いだ、エヴァ。私を置いていかないでくれ。ずっとそばにいてくれ。ずっと、私のそばに」


「ヤダヤダ、独占欲ッテヤツ?」

 女の子がしゃがれた声であざ笑う。

「アア、ホント気持チ悪イ! 年寄リノクセニ!」


 どうすればいい?

 このままでは本当に教授はエヴァを叩き潰してしまう。

 脳が感じる痛みは現実と同じだ。

 想像を絶する激痛にエヴァは耐えられるのか?


「接触型ウイルスだ!」


 ケインは声を上げた。周囲が静かになる。


「ギアに接触し知覚障害プログラムを侵入させる。それがお前たちの本当の武器だ!」


 暗闇に向かって指を突きつける。


「だが『連盟』はすぐに気づく。お前たちは逃げられない!」


 静寂の中、誰もが動きを止めていた。

 やがて女の子がぼそっといった。


「ヤッパリ、コノサムライハ、危険ダワ」


「ダー、エレナ」

 冷たい声が同意する。

「ハヤク殺シタホウガイイ」


「待ッテ。コイツハマダ、使ウカラ」

 女の子は急に声を張り上げた。

「ナニシテルノ《《ウスノロ》》! 早ク、ソノ猫ヲヤリナサイ!」


 重い金属が地面をこすり、教授がスレッジハンマーを振りかぶる気配がした。

 突っ込むしかない。

 ケインはアカツキの機体をゴーレムに向けた。


「邪魔スルナ」


「ぐあッ!」


 額に何かが突き刺さり激痛が走る。ケインは地面に膝をついた。


「エヴァ、私はお前を、愛している!」

 教授の狂った絶叫が響いた。

「愛しているんだああああああああああ!」


「いやーッ!」エヴァの悲鳴。


 地面を叩く衝撃音。



 静寂。



 エヴァの声は、もう聞こえない。


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