俺とボク
周りを見渡す。だが人の姿なんてない。ただただ、男の声だけが聞こえてくる。
「アレ? 怖いのかな? 大丈夫だよ。何もしない」
そんな言葉を易易と信じていいのだろうか。ユウキにはそれが分からない。それに
「俺の心の中って言ったか? もしそうだとして。お前は誰だ?」
──分からないことだらけだ。ココに来て。能力って何だ? 特殊能力って何だ? 熊兎って、心の中にいるって、何なんだ? 分からないことだらけなんだ。だけど今この状況が一番分からない。
「名前は言えないなぁ。でも、これは伝えても大丈夫かな?」
「は? 大丈夫?」
「うん。ボクはこの世界でかなりの有名人なんだってこと。そしてボクは実は死んでいるってこと」
ユウキの疑問は増々深まっていく。何故死人が、自分の心の中、即ち『体内』にいるのか。
乱暴に頭を掻き悩む。
「俺はさ……。異世界に来て初日なのに疑問なんて沢山あったよ。しっかし今一番悩むかね? っで? 詳しく聞かせてもらおうか」
膝を使い頬杖をユウキはつく。不思議なことがありすぎておかしくなったのか、その姿は冷静で包まれている。
「簡単だよ。ボクは死んでしまった。だけど少し未練があってね。だから転生者の中でも素質のあった君を選んだ」
男は何だか笑っているような気がした。
「未練、か。まあそれはどうでもいいとして」
「どうでもいいなんて酷いなぁ」
「……素質って?」
「大罪人として、の器かってこと」
ユウキは再び考え込む。そして何か閃く。
「大罪人って言うのは異世界転生ラノベモノでは王道な『七大罪』のことか? そしてお前の言う器っていうのはただ単純にお前が体に入ってきても異常のない体のこと。違うか?」
「らのべって言うのは聞いたことないけど、流石だね、正解だよ。ボクの能力も君の体に入った理由もまた後々話すとするよ」
大きく欠伸をする。そしてだんだんと消えようとする意識が完全に消える前に。
「ありがとうな」
「……えっ!! どうしたんだい!? 熱でもあるのかい!? ゴメンだけど君の体調や痛みはボクにも共有されるから勘弁してよ?」
いきなり優しくなった男にユウキは言う。
「俺が熊兎に殺されそうになった時。お前が力を貸してくれたんだろ? マジで感謝するぜ。名前教えてくれないか? 今後のためにも、な?」
悪い笑顔を作ったユウキの提案。黒い部屋に何故か自分以外の色が見える。黄色い二つの光が間隔を開けて並んでいる。
「『アナザーカ・シャルロック』。これからも君を惑わしてボクは楽しむよ。じゃあね、雨宮ユウキ」
ユウキの意識は消える。