今日、この国は滅ぶ。私の死によって。
昨日考え、今日忘れないうちに書き起こしたので支離滅裂な場所があるかもしれません。それでもよければよろしくおねがいします。
多少ですが残酷な描写があります、ご了承ください。
「――アイリスっ! これは何だ!」
私の婚約者、タラシュ・ガーデンバーグ第一皇子が声を荒げ、私に問うてくる。
私と皇子がいる場所は王国に所属する騎士団の団長の、私に与えられた部屋は私に一室であり、宮殿内にある。そんな中、皇子との談笑の最中、それは起こった。
手にしているものは幅広い三日月状の刃がついた、持ち手の部分が普通より短く少々改良が加えられている斧――処刑人の斧であった。
「この頃国内を騒がせている流民や国民が惨殺された死体が発見されたり、貴族が行方不明になった数日後、死体で発見された事件が相次いでいた。死亡原因はいずれも重量級の刃物での一閃……九死に一生を得た被害者から得た情報によると犯人は女性で、三日月状の刃がついた物を使っていたと言うらしい――まさかお前だったとはな」
憎々しげに告げるタラシュ。被害者にはタラシュの友人もいたのだから尚のことなのだろう。
「…………何を言えば信じてくれるの?」
私――アイリスフィール・アルメディアはタラシュに向けて弁明するでなく、ただ疑問に思ったことを言う。
目を見ればわかる、私を犯人だと思っている目、そんな人に何を言っても言い訳にしかならなくて火に油を注ぐだけだ。
「それは認めたと言うことか!」
ほら見ろ、言うと思った。
「タラシュ、落ち着いて。私の話を聞いて欲しいの。前にも言ったでしょう、貴方に言わなければならないことがあるって」
「それがこれか殺人鬼が! お前のような奴ともう話すことなどない!」
宥めるようにタラシュに向けて言いながら一歩近づくが、拒絶するように突き飛ばされた。
私も動揺していたのだろう、曲がりなりにも騎士団団長の私が突き飛ばされて床に倒れこむなど、兵士たちが知ったらどう思うだろうか。
「このことは、父様に報告させてもらう、それから貴様を拘束する!」
そう言ってタラシュは首に下げていた狗笛を吹いた。
そして音もなく出てきたのはタラシュが使役する三匹の雷、炎、氷属性を纏った獣。
タラシュが命じるままに私はその獣に身動きを封じられた。剥がそうにも、動くたびに三匹のどれかが攻撃してくるため、私は逃げることを諦めた。
それから数時間後、護衛や騎士達が大挙になって押し寄せ、私は拘束されて地下牢に閉じ込められた。
「――貴様の処刑の日時が決まったぞ。5日後の昼だ」
地下牢に幽閉され一週間が経った頃、顔や身体を隠した宮殿抱えの魔術師がやってきてそう言い去っていった。
誰がいるわけでもなく私はその間、走馬灯のように過去の出来事を思い出していた。
――私は家名であるアルメディア家に生まれたわけではなく、物心つく頃から親がいなかった私は拾われ、養子という形で育てられ、大きくなった頃に騎士団を所望していた。今の父母に迷惑をかけないためでもあったが、当初は渋られた。曰く「見目麗しく、整った容姿に美しい黒髪、数多の男性を虜にできるだろうに騎士という場所に入れば女性を捨てることになるぞ」と耳が痛くなるほど言われた。
それでも私が曲げずにいると仕方なしと折れてくれた、ただ、それでもアルメディア家として恥ずかしくないように、と貴族として、女としての所作作法を学ばされたのはいい思い出として残っている。
そして同時にそれはどんな形であれ自分が貴族だという事を明確に示すものであると気付かされた。
騎士団に入り、長かった髪をバッサリと切って男しかいない場所で訓練するのは最初は苦であった。臭気が鼻を刺激し痛く匂いが鼻腔に残っている気がしたり、時には強姦まがいのことをされそうになったり……無論来た男は蹴り上げてやったり、隙をついて気絶させてやったりしてすぐにそれはなくなった。
そして私が騎士団に入り、三年が経ち、両親から国を守るために自分の全てをアルメディア家に捧げられるかどうかを聞かれた。頷いた私はアルメディア家が今まで何をしてきたかを告げられた。
穏やかであり平和な国内にはびこる犯罪や違法な密売、人身売買や奴隷商人、殺人……小さな罪から大きな罪までをアルメディア家はその芽を摘み取り、国民にも貴族にも国王にも誰にも知られずに国の正常を保ってきたのだという。
この国や他の国にもアルメディア家のような影で国を支えるものがあるのだとか、そしてその家同士は繋がり合い、共に助け合うが関係としてはシビアであり、基本は自分の国しか守らず、よっぽどのことがなければ他国には顔を出さないらしい。
了承した瞬間から私は死んだ。そして本当にアルメディア家の家族になれたのだ。
それから一年が過ぎた頃、父母から縁談を持ちかけられた。相手は何とタラシュ・ガーデンバーグ第一皇子だという。私のような奴が良いのかと聞けばあちら側から持ちかけられた縁談であり、騎士として国のために務めていた実績などを買われ、何よりも眉目秀麗だからだとか。
私としても役に立てていたと実感できたため嬉しかった。アルメディア家には息子娘はいない、産めなくなったらしく私しかいないため、父母の役に立てるならば是非ともと私はその縁談を受け入れた。
それからは瞬く間だった。タラシュ第一皇子との顔合わせ、婚約。そして私の父母の死。裏の界隈では有名だった父母が殺されたことで一時的にこの国には悪が蔓延ったが私が父の使っていた武器で、母の使っていた衣服で身を隠し、全てを駆逐した。また国は正常を保った。
結婚する前に私の、アルメディア家の秘密をタラシュ第一皇子に言わないとな。最近では私一人で抑えているとはいえ、かなりの悪が増えている。危険だ。多分、父母は私のことと残されたアルメディア家のことを思ってあの縁談を持ってきたのだろうか?
丁度今日はタラシュ第一皇子が来てくれる日だ、今日話をしよう。
――そこで父の武器が見つかったんだ。
「――おい、出ろ」
私が思いをふけている最中に声をかけられわれに帰る。見ると宮殿抱えの魔術師だった。
言われるがまま牢から出ると手足に枷を付けられ、首輪を嵌められた。そんな状態で歩かされ、殿外に出た。
久々に見る太陽に目を細めながら乱暴に歩かされ、ある一団の元に突き出された。それは私がよく見知った、騎士団だった。
こちらをただ信じられないと見る者もいれば、ざまぁみろと見てくる者、ただ顔を合わせようとしない者と三者三様だ。
やがて、騎士団の乗っている馬に鎖を繋がれ、私は引きずられるように歩かされ、城下町を練り歩かされた。
そこで私を待っていたのは民達に人殺しと罵られ、蔑まれ、疎まれ、怖がられること、国民から石を投げられ、罵倒を浴びせられ、ある者は近付き殴ってきた。そんな仕打ちだった。最後には馬で城下町を引き摺られた。その光景を民達はゲラゲラと笑っていた。
着ていた衣服は擦り切れ、身体中は泥や砂埃にまみれボロ雑巾のようになった私はそこで再び地下牢に戻された。
翌日も同じことをされた。違ったのは石に混じって殴ってきたものが多かったことくらいだ。
翌日も、そのまた次の日も同じだった。日に日に苛烈さは増し、刃物で切ってきた奴もいた。騎士団の連中も殴ってきたり、影で私のことを犯してくる奴もいた。
「――どうだ殺人鬼。自分がしてきたことを自分が受ける気分は」
4日目、私が引きずり回されるのが終わり、地下牢に戻され眠りについていた時、聞き覚えのある声で目が覚めた。格子越しにいたのはタラシュ・ガーデンバーグ第一皇子。その表情には失望が浮かんでいた。
自分のしてきたこと、か……それはこの国を守るためにしたことで、恥じることなど一切無いことだ。むしろ誇りにも思う。
「私がしたことを、私が恥じることはないわ。それはアルメディア家を侮辱することと同義なのだから」
「知ってる? あなたの友人や殺された人達の身元、素性は調べた? 分からないならよく調べなさい、そして知りなさい、貴方の生きている世界は私達のようなアルメディア家に支えられていることを」
そう言うとタラシュは鼻を鳴らし、やはり理解は出来んと呟いて去っていった。
「思考を止めれば葦も歩みをとめるか……父さんもよく言っていたっけ」
私が処刑される当日の昼――ついにやってきた。
牢から出され、殿外に向けて歩かされる。ボロボロになった身体はすでに歩くことすらままならず、何度か転倒してしまう。
連れていかれた先にはこの日のために作られたであろう処刑台が存在しており、階段を登った先に断頭台が鎮座していた。
私が登ったのを見計らい、国王が声を上げた。
「聴けぃ民達よ! この者は国に忠誠を誓った騎士でありながらも一連の事件の犯人であった。何の罪のない流民を殺し、国民あまつさえ貴族も手にかけた重罪人である!」
集まっていた国民が汚い雄叫びをあげる。それに続くように国王も声を大にして叫ぶ。
「よって今から、この者に死罪を言い渡す!」
ボルテージが最高潮に達し、歓声にも似た声が各地で上がる。
私はそのまま乱雑に倒され、断頭台に首を預ける。
その光景を漠然とした気持ちでただ眺めていた。まるで俯瞰したように第三者の視点で民衆を見る。鼓膜が痛くなるほどの喚声が今ではフィルターをかけたようにどこか遠くに感じながら、思ったことはただ一つ。『私が守っていたものはこんなにも悪だったのか』
と。
「――さて、何か言い残すことはあるか」
タラシュ第一皇子が私の前に立った。手には装飾が見事な剣を手にしていた。
「では、一言だけ申してもよろしいでしょうか第一皇子」
沈黙を肯定ととった私はその通り一言だけ皇子に向けて喋る。これから起こるであろうことを。
「――今日、この国は滅ぶ。私の死によって」
流石に眉を上げて顔を顰めたがそれだけであり、鞘から剣を抜いた。
「……せめてもの手向けだ。私自らが貴様の汚名を被ろう。それが元とはいえ婚約関係だったものの勤めだ」
横に立ち、剣を天高く振り上げて一旦静止する。
そこで再び割れんばかりの歓声が巻き起こる。
私は首を差し出すわけでもなく、うなだれずに民衆の方を見つめる。今の浮かれている民衆から目を逸らさず、私の死後のことを考え、薄く笑った。
「――父ガルフ・アルメディア、母メイリーン・アルメディア……あなたがたに拾われた私は幸せを感じることができました。私の代で当家が潰えることを許してください。そしてあなたがたが愛したこの国が私の代で滅ぶことを申し訳なく存じます」
独り言のように、誰に言うでもない声量で呟かれたそれは誰にも聞かれることはなく、瞼を閉じた瞬間に首に冷たい刃が当たる感触がした。首は切り落とされたが、頭部はまるで意思を持っているかのように再び民衆の方を向いた。目はやはり閉じられたまま苦悶に顔を歪めるでなく、無表情であった。
切られたことにあまり痛さは感じず、ただゆっくりと死が私を包んでいくのを感じる。自分の身体から流れ噴き出る血液が頭にかかり、目を、鼻を、頬を、唇を、黒髪を赤に染め上げていく。
太陽が染め上げる赤を照らし、それはどこか残酷ながらも官能的で、美術品のようであった。
――私は遠のいていく意識で最後に聞いたのは血が垂れる音と民衆が息を呑むどよめきだった。
私は死んだ。
国を陰ながら守護していたアルメディア家は滅んだ。
――そして10年後、彼女を処刑した国は地図から消えた。
国の内部に蔓延していった数々の犯罪や違法な密売、人身売買や奴隷商人による商売、などがあり溢れかえり、テロ、反乱、殺人が勃発。止める術もなく、じわじわと腐るように国は衰退していき、やがて国としての体裁を保てなくなり最期は国王やその息子娘達が死に国が滅んだ。