八話
オンボロ宿屋で元凄腕料理人を見つけてしまった。
それも料理神の加護持ちで、まだ教会の監視下には入っていないようだ。
「……お客?」
「あ、すみません。少しボウっとしてしまって。それで部屋ってまだ空いてますか?」
「ああ、空いてるぜ」
「そうですか、ちなみに料理付きですか?」
守がそう言うと、男の目が微かに目開かれた。
「すまねぇ。この宿では料理人は雇ってはいないんだ……」
宿主の言葉に、守は思わず舌打ちをしそうになる。
(見てろ、絶対に作らせてやるっ!!)
「そうですか。今俺、凄く腹が減っていて……今にもお腹と背中がくっ付いてしまいそうなんです。まかないでもいいので作ってくれませんか?」
お腹が減っていることは事実である。嘘ではない。
俺は自身のお腹に手をあて、ハングリーポーズをする。
「し、しかし……」
「ヤバイ、餓死するかも……」
中々作ってくれない宿主に、守は最終手段として苦しそうに床に倒れこむフリをした。すると、流石の宿主も焦ったのか、慌てて宿の奥に引っ込む。
「今、俺が食べようと思っていたものでいいなら食え」
宿主が手に丼を持って現れた。守はそれを早速鑑定する。
【卵かけご飯】
ご飯に卵を乗せただけの丼。何かが物足りない。
〈味の濃さ〉1
〈アレンジ度〉1
〈料理人の腕〉MAX
(……うん、物足りない)
そう思った守は、サバイバルグッズの中から調味料を取り出し、お目当のものを見つける。
「卵かけご飯にはやっぱり醤油だよなっ!」
卵かけご飯に取り出した醤油をかけ、それを勢いよくかき混ぜた。
突然の守の行動に、宿主は目を見張っている。
「お客~~、一体何をしているんだ?」
「何って味付けだよ。卵とご飯だけじゃ、物足りないだろう?」
俺はそう言って、卵かけご飯をバクバクと口の中にかけ込む。
「うまっ!! 久しぶりの卵かけご飯、最高っ!!」
「……俺の飯がうまいのか? それともこのタレに秘密が……」
宿主は醤油を手に取り、訝しげに見つめる。
「お客、これ、舐めてみてもいいか?」
「ん? いいけど……」
「じゃあ、一口いただくぜ」
宿主はそう言って、醤油を手にちょこんとつけ、ペロリと舐めた。
「こ、これはっ!? お客、これはなんだっ!?」
宿主は目を大きく見開き、守の肩をガシッと掴んでくる。
「しょ、醤油だけど……」
「しょう、ゆ? なんだそれ?」
宿主の反応に、醤油がこの世界に存在しないことに守は気づく。
「遠い国で作った調味料だ。他にも色々な調味料があるぜ。これは…味噌だな」
守はそう言って、調味料入れから白味噌と赤味噌を取り出す。
「み、そ? 一口、いただくぜ」
宿主はそう言って、白味噌と赤味噌を手に取り、ペロリと舐めた。
「す、凄え! ほ、他にも見せてもらっていいかっ!?」
子供のようにはしゃぐ宿主。こんな光景を見せられて宿主のお願いを断れるほど、守も鬼畜ではない。
「いいぜ。俺は飯食ってるから」
「お、センキューっ!!」
それから守は卵かけご飯を味わった。その間ずっと隣のおっさんから奇声が聞こえたのは言うまでもない。