第一章5 『地図は人を、惑わせる!』
──小国《ユルコ王国》に建つ ユルコ城・地下
石造りの階段を降りたところにある少し開けた空間。周りの壁にはタイルがはられ、部屋のどこを見ても何かの資料やら、気味の悪い液体やら、生き物の死骸が目に入る。
そんな部屋の中心。青白い光を放つ魔法陣の上で、何やら呪文のようなものを男が唱えている。
「コノ世ノ闇ヲ身ニ纏ワセシ黒ナル龍ヨ、死シテナオ光放ツ聖騎士ノ魂ヲ糧ニ、今再ビコノ世界ニ舞イ降リタマヘ!」
男が呪文を唱え終わると、辺りの壁にビッシリと魔法陣が浮かび上がる。そして、男のいる魔法陣を中心に壁の魔法陣から黒い霧が渦を巻く。
「ハッハッハッハッハッ!やった、やったぞ!クククッ、これでこの国は...。さあ、現れよ!この世に闇をもたらす″第二の滅龍″よ!ハハハハハ.......グゥ.....ガッ.....ウ、アァァァアァァァアアァァァァァァァ............」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「‼」
何かに、体を揺すられている。
「!!!」
またも何かに揺すられる。 今度は前よりも強く。
「…」
......ふぁぁぁ〜〜、眠い。あと五分...
「✲」
「ウワッ!冷た!!!」
気づけば、寝転んでいた地面が凍りついていた。
『兄さん...朝、ですよ。』
「...あ、あぁ」
朝か...確か街?に行くんだったっけか?あー、直前になって面倒くさくなるパターンだわ、コレ。ま、可愛い(今の見た目はスライムだが)妹が誘ってくれたんだから行くんだけど。
「あと五年...」
『何をふざけているんですか、冷却しますよ?』
「あぁー違う違う!間違えた、あと五分あと五分!」
『まだ、寝足りないのですか?数千年も寝ていたのに?面白い事を言いますねぇ。あっ!そうだ、いっそのこと永遠に寝てるってのはどうです?兄さん!』
「ひぃ!」
殺気が凄いですよー、夢さーん。モンスターが、モンスターが寄ってくるから止めてー。まぁ、俺も夢もモンスターだけど。...じゃない!
「あーゴメンなさいゴメンなさい、起きる起きる!だから殺気抑えて!」
『フン、最初っからそうしてください。まったく...さあ、行きますよ、兄さん♪』
「...」
一瞬にして機嫌が直った。女の子って怖いわー。ん?二千年以上生きてるから女の子じゃないのか?ま、いいや。
『ほら兄さん、行きますよ♪顔洗って♪』
「顔洗ったらHP減っちゃうんだけど。」
『回復するでしょ!日が沈む前に着きたいんですから!』
「寝起きなんだから、あんま急がせないでくれ。ふぁぁ...あ〜。」
俺は顔を洗い、身だしなみを整える。
あ〜、冷たい水がHPを削ってく〜。痛い、ジワジワと痛い。いや〜、お風呂とか入りたくないね!
──10分後
「うっし、行くか!」
『兄さん...女の子ですかぁ?準備長いな〜。』
男の子ですら怪しいと思うんですが。高校生的に、ドラゴン的に。
「つーか、その格好のまま街に行くのか?メッチャ目立つと思うんだが?」
『このまんまな訳ないじゃないですか。変・身!』
変身って。そう叫んだ夢の体は水に包まれる。瞬間、身を包んでいた水が弾ける。ソコには、さき程と比べだいぶ小さくなったスライムが。おおよそ、体高10㎝程度。
「Dクエストのスライムは、そんな事しません!」
『デルトラですか?』
「ドラゴンだよ!」
『何そんなに声上げてるんですか?行きますよ。』
ピョンっ、とスライムが肩に乗ってくる。
「ウワッ!一張羅が溶ける!」
『大丈夫ですよ。酸もスキルの一つですから、抑える事が出来ますよ。』
「あ、あぁそうなの?」
...右肩にモチっとした感覚が。オッパイってこんな感じなのかなぁ。解けた保冷剤みたいに冷たいけど。
『兄さん...変な事考えてませんよね♪』
「あ..あい、何も考えておりまぜん。」
皆、異世界でスライムに会ったら逃げようね。
──歩くこと10分
...気まずい
「な、なあ。夢って何Lvなの?」
『レディにLvを聞くだなんて。失礼ですよ。』
年齢を聞くなんて!みたいな言い方すんなよ。ちょっと罪悪感が。
「いいじゃぁ〜ん、減るもんじゃないし。」
『そんな事言うなら、兄さんの方から教えてください。』
嫌だなぁー。ネトゲとかやっててよく思ってたけど、自分よりレベル高い人とパーティー組むと気まずいんだよなー。役に立って無い感が出るからさ。
「れ、レベル...ん?あれ?レベル35になってる。」
『プププ、低いですね兄さん。』
「あ、いや、......ソウダスネェー。ゆ、夢はどうなんだよ!何Lvなんだよ!俺をこんなにも馬鹿に出来るって事は、相当高いんだろうなぁー!あー、楽しみだなぁー!」
(そんなに馬鹿にはしてないと思いますが。)
『器が小さいですよ、兄さん。』
「小さ!?」
『分かりました、教えてあげますよ。私のレベルは...』
ズドォーンッッッッッ!
凄まじい爆音と共に、地面から巨大なクマ?が飛び出した。体高約5m。身体中が黒く、ウサギの様な耳が付いている。白い穴の様な目?。口元?は数本の糸の様な物で縫われている。
「な!?」
『兄さんとの楽しい会話を......邪魔しやがってぇぇぇえぇぇぇぇ!!!........排除します!』
「え?何て?ゴメン、良く聞こえなかったんだけど?!」
『兄さんはココにいて下さい♪アレは私が殺ります。』
右肩から凄い殺気がぁー!怖いっす、夢さん。
『フォルムチェンジ・モードレット!消えろ、″ルーフス・イーラ″!』
俺の肩から飛んだ夢は、黒クマウサギに向かって行く。大きさは変わらないが、さっきよりも赤っぽくなっている。
「...」
流石にコレは、逃げた方が良いんじゃ…ズガァァァッッッンンンッッ!!!
黒クマウサギが、吸い込まれるかのようにスライムに滑りこんで行く。すると、スライムの反対側から爆発と粉々になった黒クマウサギが出る。まるで、シュレッダーの様だ。
『消えろ、低級がぁぁぁ!!!』
「夢ー、キャラ崩壊してね?」
黒クマウサギを粉々にし終えた夢は、元の色に戻り肩に戻ってくる。
『ふぅ、こんなもんですかね?』
こんなもんですかって、跡形もないんですけど?
「何だったんだ、さっきの黒クマウサギ?」
『黒クマ?あぁあ、ウサベアーの事ですか?』
ウサベアーて言うのか。名前付けた奴の、センスを疑うね!
『兄さん、私のレベルですが...』
アレやった後に、まだレベルの話しすんのかよ!強いの分かったからもう良くね?
『371です。今ので1Lv上がっので、Lv372です。どうです?凄いでしょ?!』
「レベルって、100以上まであるんだな。」
『......凄いでしょ?』
「さっきのウサギのレベルって何だったの?」
『凄いですよね?私、凄いですよね?兄さんのレベルの約12倍ですよ?』
グサッ
「い、いやぁー実は、さっきのウサギが弱かっただけなんじゃないの?」
『...ウサベアーのレベルは290ですよ。』
「...」
『凄いですよね、兄さん!』
「いや、でも...」
『兄さん、あの世ってあるんですかね?』
「いやぁーレベル290を一撃って、凄いなぁ!夢は本当強いんだな!」
『♪』
女の子って、本当怖いね!
──それから約2時間
「なぁ、まだ着かないの?こんだけ歩いてんのに、影すら見えないんだけど。」
『兄さんの移動速度が遅いんですよ。』
「夢が速すぎるんだよ!」
これ本当に日暮れまでに着けんのか?
『しょうがありませんねぇ。』
「にんにくも無いけどな...」
『...』
「氷魔法...なんつって、あはは...」
やばい、何かやばい気がする。
『クッ....クフフッ......ククッ...ゥ、ゲホッゲホッ...』
「おい、大丈夫か?」
あまりの怒りで身を震わせている!!!ヤバイ!ふざけ過ぎたか?
『ふぅ、それじゃぁ特別に″テレポート″を使ってあげましょう。かなりMPを使うのであまり使いたくはありませんが、兄さんのためです。仕方ありません。』
あれ?怒って...ない、のか?
『あまり遠くまでは跳べ無いので複数回ジャンプしますが、初めてだと酔ったりするので気を付けてくださいね。』
「は、はい。」
『それでは行きますよ!...転移!』
身体が浮遊感を覚える。クッ、そう言えば、こんな感覚の中死んだんだったなぁ。痛みも何も感じなかったけど。あー、気分悪い。浮いたかと思ったら今度は、急に身体がおもくなったし。ウエップ.....吐きそう。
『....さん.....に....さん.....』
「ん〜〜。」
『兄さん!』
「は!」
『大丈夫ですか?兄さん。』
「あ、あぁ大丈夫、大丈夫。俺、どのくらい気、失ってた?」
『ホンの数秒ですよ。』
数秒か。何だか何年も寝てた気分だぜ。
『ほら、見てください。あそこに見えるのが、小国《ユルコ王国》の首都、イタモニラです。』
「へ?小国?」
『はい、言ってませんでしたっけ?イタモニラ・ミジャハと言うのはあの国の首都、と言っても小さい国で、あの街しか有りませんけど。』
目的地が国の首都だと言うことにもビックリしたけど、それ以上にコレで小国なのか?
周りには高さ70mくらいの分厚そうな壁が立ち並び、遠くには壁よりも高い、城の様な物が建っている。パッと見大国といった感じだ。
「ほへぇ〜。」
『兄さん、ふ抜けた顔してないで、街に入りますよ。』
「入れんのかよ?」
『....多分』
「多分って、大丈夫なのかぁ?」
『私を信じて下さい。諦めたらそこで冒険終了だよ、兄さん!』
信じろったって、スライムだよ!肩に乗ってるだけの小さなスライムが、どうにか出来るセキュリティなのか?
そのまま壁に向かって歩いていくと、門のような所に鎧を着た二人組が立っている。
「......」
「おい、止まれ。悪いがここを通りたけりゃ、検査を受けてもらうぜ。」
「は、はい。」
「ふむ。特に怪しい物は持っていないな。と言うより、何も持っていないなじゃないか。怪しいな、お前。」
「...」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!どうすんだよ?!夢!
『♪』
「ひぃっ、な、ななな何だ、このスライムは!」
おおー、この世界だと、スライムはかなり恐れられてるんだなぁ。うんうん、兵士さん、貴方の気持ちよぉーーく分かりますよ。もぉ、ドラゴンより怖いっすもん。
『♪』
「おお!やけに懐いてると思ったら、貴様″ビースト・テイマー″か?そうならそうと早く言ってくれ。死ぬかとおもったぜ!」
そこまでかよ!てか、ビースト・テイマー?そんな職業も有るのかぁ。勉強になった。
「見世物で稼ごうってクチだな!最近飽きられて来てるが、うむ、スライムとは面白い!休みの時、俺も見に行くからな!いつやるんだ?」
いつと言われても...
「あ、あの...ゲリラ的にやるのが好きなので、開催日を教える事は出来ません。」
「む、そうか。ならば仕方ないな。せめて、長い間この街にいて欲しいものだな!ガッハッハッハッハ!」
「あっはははぁ」
「ようこそ、ユルコ王国へ!知ってると思うが、この国は中立地帯だからな。ゆっくりして行くと良い。狙ってくるのはせいぜいモンスターくらいだが、この壁を越えて来る奴なんていないさ!ハッハッハ!」
へぇ〜、中立地帯かぁ。
『さあ兄さん、入りましょう。』
「お、おう。」
へぇ〜〜〜。中に入って二度ビックリ。石作りの床に、石と木を組み合わせて作られた家。その家一件一件に、細かい装飾が施されている。道には街灯が立ち並び、遠くを見れば大きな時計塔?の様な物が建っている。街は人々で賑わい、とても小国とは思えないほど華やかだ。
楽しそうに走り回る子供。鎧を着ている人。正装を着ている人。お魚を咥えた猫を、裸足で追いかける人。様々な人々が目に入る。
「うおぉ、凄いなぁ...これ。」
『そうですか?私はだいぶ見慣れてしまいました。』
「で、これからどうすんですか?夢先生!ここはやっぱり、冒険家ギルドに行ってライセンスを手に入れたりですかね?それとも、まずは寝所ですか?」
『まずは、昨日倒したヤドカリの甲羅を売って、冒険の資金を手に入れましょう。お金が無くては、宿屋にも泊まれませんから。お金はいらないよ、何て、言っちゃダメですよ!』
「ん?甲羅?何処に有んの?」
『スキルを使って体内に。』
スキルって...便利だねぇー
──10分後
『余程良い素材だっのでしょう。かなりまとまったお金が手に入りました。』
「金貨がこんなにも...」
『さあ、次はギルドに行きますよ、兄さん。』
「おっし!」
『まぁ、時間が有るので探検気分で、自力で向かってみてください。』
「お、おう!任せろ!」
とは言ったものの......
──10分後
「アッチだ!」
──30分後
「コッチだ!」
──1時間後
「ソッチだ!」
──2時間後
「アレ?ここさっきも通った気がする。」
『三回目ですよ、兄さん。』
マジか!よぉーし、誰かに聞くか!お、あのたくましい男の人に聞いて見よう。
「あのー、スミマセン!冒険家ギルドって何処ですか?」
「ん?何だあんちゃん、知らねーのか?ま、ここら辺は同じ様な所ばっかだからな。地図描いてやんよ。」
おー、なんと親切な!
「その代わり、芸やる時は教えてくれよ!いやー付いてるなぁ。さっき門番の人が話してるの、偶然聞いちまってな!」
あぁ、ハイハイ
「そ、そうですね。この街でやる事になった時は、そうしますよ。あはは...」
「よろしくな!」
──2分後
「えー、何なに。ここを右に行って...ここは左。この道の二つ目の角を右。」
『兄さん!』
思った以上に入り組んでるな。ん?こんな薄暗い道、通んなきゃダメなのかよ。えぇっとここを....
『あぁ兄さん!』
ドスンッ
「イッテテ」
地図を見るのに夢中になってたせいで、誰かが来ているのに気が付かなかった。あぁあと少し暗いせいもあるかな。
「す、スミマセン。地図を見るのに夢中になってて。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!問題ない!」
何とも可愛らしい女の子の声が耳に入る。
フッ、ついに来たか。異世界のお約束イベント。″街を歩いてたら美少女とぶつかって運命的な出会い!そこから一緒に旅をすることになり、数々の危機を乗り越える内にいつしか二人は恋に落ちる!″てやつですかぁぁぁぁ!!!!
「大丈夫ですか?お嬢さん!キリッ」
ん?そう言えば、前からぶつかったのに後ろから声がしたな?
「先程も言ったが、なんの問題も無い!むしろ、我にぶつかった貴様の方が心配だな!おい、コチラを向け!」
前を見ると、西洋鎧を着た女の子が倒れている。角度的に頭が見えないが、きっととっても可愛らしい顔をしているんだろうなぁ〜。
ふむ、だとすれば先程から俺と話しているのは誰だ?
くるりと後ろを振り向いてみる。
「フンッ、やっとコチラを向いたか!」
「...........」
「ん?何だ?我の顔に何か付いているのか。ならば取ることを許そう!」
「え?ええ!!」
「だからなんだと言うのだ!ぶつかっておいて失礼な奴だ!」
「あ、あああ、あたあた...頭が」
「頭に何か付いているのか?」
「いや...頭が着いてないよ、...........身体に!」
「はぁ?」