第1話 寝て起きたら、知らない空だった
「……よし、クリア」
ヘッドセットを外すと、六畳の自室の天井が目に入った。
壁掛け時計は午前四時十二分。カーテンの隙間から、薄青い夜明け前の光が差し込んでいる。
俺、佐伯遼、二十四歳、無職。ニート歴三年。
唯一の取り柄は、ゲームだけは誰よりも粘れることだ。今日も新型フルダイブVRのモニター案件で、徹夜のボス戦を終えたところだった。
倒した。はずだ。
どんな敵だったかは、思い出そうとすると霞がかかったように曖昧になる。まあ、徹夜明けの頭なんてそんなものだろう。
「明日から本気出す……いや、もう今日か」
布団に倒れ込む。天井のシミを数える間もなく、意識がすうっと落ちていった。
*
風が頬をなでた。
草のにおいがする。やけに青い。やけに濃い。
目を開けると、空が広がっていた。雲の向こうに、白い月が二つ浮かんでいる。
「……は?」
起き上がる。見渡す限りの草原。足元には見覚えのない革の靴。
頬をつねってみる。痛い。
夢じゃない。夢にしては、風の冷たさも、土の感触も、あまりにもリアルすぎる。
布団に入って、目を閉じて、開けたらこれだ。トラックに轢かれた記憶も、神様に会った記憶もない。それでも。
「これって、まさか……ニート転生!?」
思わず声に出した瞬間だった。
「おはようございます、佐伯遼さん」
耳元で、澄んだ声がした。
目の前に、淡く光る小さな球体がふわりと浮かんでいる。
「お目覚めですね。ご安心ください。あなたは何も失っていません。ただ、眠っている間に——この世界へ来ただけです」
「いや、まだ何も聞いてないんだけど」
「失礼しました。きっと、一番に知りたいことだと思いましたので」
光の球は、くすりと笑ったように明滅した。
「私はノア。あなたの案内役です。この世界で迷わず進めるよう、お手伝いします」
「案内役って、ナビみたいなもの?」
「ええ。そう思っていただいて構いません」
ノアが言い終えると同時に、目の前に半透明の窓が開いた。
名前:佐伯遼 レベル:1 スキル:なし
「ほんとにステータス窓だ……。なあ、チートスキルとかないのか? 最強の剣とか」
「あなたに必要なのは、特別な力ではありません」
ノアの声は、驚くほど穏やかだった。
「必要なのは、正しい選択だけです。私が、すべて教えます」
草原の先で、道が二手に分かれている。右は踏み固められた街道。左は暗い森だ。
「右へ進んでください。そちらが正解です」
迷う理由は、特になかった。
言われたとおりに右へ進む。道の脇の茂みで、ノアが「そこに剣が落ちています」と告げる。本当に落ちていた。
続けて「三歩下がってください」と言われ、従った瞬間、さっきまで立っていた場所に魔物が飛びかかってきた。ノアの指示で剣を振ると、一撃で倒れた。
「……強い。俺、強くないか?」
「あなたの判断が、正しかったからです」
魔物の消えた草原に、風が吹く。ステータス窓に、レベルアップの文字が躍った。
俺は思わず笑った。
三年間、何ひとつ選べなかった。選ぶのが怖くて、逃げ続けてきた。
それが、どうだ。
選ばなくていい。ただ、言われたとおりにするだけで、世界が俺を認めてくれる。
迷わない人生が、こんなに楽だなんて、俺は知らなかった。
「次はどちらへ?」
「ええ。こちらです」
光の球は、嬉しそうに先導して飛んでいった。




