中学生になっておしめなんて 1.その便秘、重いかも…
昭和の中頃、子どもの頃の家庭医療、お浣腸の思い出について
そう言えば排便していないなと思うくらい、お腹が辛く重くなっています。お母さん譲りで色々と似ているところがあると言われるけど、便秘症なところ迄、そっくり。一体どのくらい?5日?6日?多分一週間かな。いや、それ以上かもしれないです。その間たくさん食べました。でも野菜や繊維類はあまり採っていないと思う。これまでも幾度も便秘になりました。正確にはなってきたのであって、中学になるくらいからここしばらく便秘などなかったのです…が遺伝なのでそう簡単に治るはずがなく、治ったと思っていただけだったようです。
今回の便秘は油断していただけに重症。自分で腹部を触っても分かるくらい、腸に大便がたまっていることが分かります。一所懸命踏ん張るけど、どうにも排便出来ない。和式のお便所で踏ん張るのも辛いので、部屋に戻って横になって踏ん張ります。もうお部屋で漏らしてもいいくらい踏ん張ります。汗をかきながらなんとか腹部に力を入れ、うんんと踏ん張ってみるも全く出なません。しょうがないが無いので、身の世話をしてくれるねえやに相談しよう。そのためこうなったことを全部正直に話さないといけません。そうなると何かの処置もされることになるでしょうか。ここできたら勇気をもって、話を年上のねえやにすることにします。きっとねえやを困らせることになりますが…。
ねえやといっても、本当の姉ではないのです。うちは父が商売をやっていて、大きな商家ではないがありがたい事にその小さな街では割と賑わっているようで雇人が何人もいます。それでも手が足りないでそれを母が手伝っていて、それなので家庭内のことはねえやとばあやが、大体してくれています。だから外回りで外出しがちな父に代わり、母が女将的な感じなので仕事を取り仕切ることができるようです。ねえやはお手伝いさん兼私の養育係としてなくてはならない人です。このねえや、遠縁の親戚筋の人で、中学を卒業して家に来てくれてその傍ら専門学校にも通ってもいます。小学校に上がる前からなのでかれこれ6・7年はお手伝いさんとしていることになるのです。身の回りの事もして貰っているので本当の姉の様にいろいろ相談する。なので、今回の事も…と思ったが、やはり恥ずかしいことなので、中々相談も出来ずにいたらこうなってしまったのです。
それでももうこうなったら言わなきゃならないことは、子供心にもわかっています。それで洗濯物を畳んでいるねえやを見つけて、声を掛けました。
「ねえ…」
「…」
「ねえや…」
「なに?」
また甘えてきたと思ったのでしょう、洗濯物を触る手が止まりません。関心を向けて貰うため、再度、
「あのね」
「だからどうしたの?」
それでも黙っていると、
「宿題の手伝い?だめよ、それだとまた女将さんに怒られるから」
「違うよ」
「だから何よ」
「あのね…あのね」
様子が変とここで分かったようです。ちゃんと向き直ってくれました。
「どうしたの、身体の調子でも悪いの?」
声を出す代わりに、うんと首を縦に振り頷きました。
「どこ?あーんして」
口の中を見たり、額に手を当ててみたりしますが、
「大丈夫そうね」
変ね、と思って思案していると、
「お腹…」
「お腹、痛いの?」
「そうじゃないの、お腹が、うん…」
中学生になってうんこが出ないなんて言えません。肛門に引っかかっていて、開きっぱなしになっているなんて恥ずかしいです。
「うん…うん…が、お尻に…」
「えっ?!」
「だから…」
ねえやは私が小学生の間の成長を見てきたので便秘症であることを知っています。それで母からの治療の手伝いを何回かしてきましたので、思い出したようです。
「うんこちゃん?まあ大変、ちょっとお腹触るね」
畳んだ洗濯物の横に寝かして、触診をします。
「お腹、大分張ってるね」
うんと頷きます。
「お便、出たの?」
いつものお決まりの問診が始まります。
「出てない」
「いつから」
「うんと…3・4日」
本当はもっと排便がなのですが本当のことを言うと怒られそうなので、少なく申告します。
「出そう?」
「だめ、でも出かかっていて」
「どこに」
「こ、こ、こうも…」
「ええ?ちょっとごめんね」
この頃流行りのお坊ちゃま御用達の裾が短めの半ズボンを肩からの吊を外して脱がして、あとは紺色の毛糸のパンツと白い綿のパンツを一度に脱がされます。すぐさま腰にはお座布団を入れられて小柄なためねえやに両足首を持たれると腰もぐーっと持ち上がり、お尻が目の間に。
「ちょっと大変。肛門が開いているわよ。便も出かかっているじゃない。あら何とかしなくっちゃあ」
中学に上がる前から成長(性徴)して暫くねえやも遠慮してこういうことなかったのですが、久々になんかねえやに面倒を掛けて、昔の事も思い出すとなんかつっつーと涙が出てきました。
「あらあら、泣かなくてもいいのよ。恥ずかしくもなんともないから。小さい時にしていたでしょ」
「ばあやには内緒にして」
「ばあや?良いわヨ、その代わり女将さんには言うわよ。パンツ履かないでちょっと待っていて」
ねえやは薬を使うことも考えたけど、何かあると困るので当然ねえやは母に相談することになります。もしばあやに言ったら戦前からの知識として施浣されるに決まっています。こういう処置はもともと恥ずかしくって子供ならまだしも中学にもなって、なんて思っています。そう思っている間にパタパタ出て行って、パタパタと廊下を戻ってくる足音が聞こえます。ねえやと一緒に母が部屋に入ってきました。下半身裸で慌てて手で隠しますが、そんなこともお構いなしに、
「どうしたの?お便秘になったって?足上げて」
どれと言うなり、足を持ち上げられます。
「あら、挟まっちゃっているじゃない。自分で出ない?」
うんとまた頷きます。
「しょうがないわね。浣腸ね」
かんちょう!背筋が思わずヒヤッとしました。恥ずかしくって元々苦手ですし、それに中学に入ってからされていなかったので、首を横に振って拒否をします。
「だってしょうがないじゃない。じゃないと病院よ、病院なら摘便されて浣腸なんだから」
「じゃあ…」
「じゃあじゃないわよ。奥までお薬入れないとだめね。ばあやに言ってガラスと管を用意してって」
「ばあやはいや…」
「母さんは忙しいから、ばあやに頼むのよ。だめよ、聞き分けの無いこと言ってちゃ。それで出ないようなら病院よ、病院でするよりはいいでしょ、良いわね」
まだねえやがいない小さい時のことですが、家ではお酢のお浣腸をされることもありました。このお酢浣腸、ばあやがすることが多く、それで反射的にばあやが苦手です。もちろん、お腹に虫が湧いた時の事なのですが、それが、すごく滲みて、やられたことが無いとわからないと思いますが、中々排便もさせて貰えません。もっとも通常の浣腸を受けた後にされるので便意はそれほど強くは無いのですが、お腹が滲みて渋ってその上おしめとカバーもされるので、お仕置きをされているようで、とてもみじめです。小さいはおしめされて当然ではと思う方もいるかと思いますが、3歳くらいから自我が目覚めます。自分はまだ小さいのに妙に赤ちゃん扱いや子供扱いされるのは嫌でした。そういう感情があったので、幼稚園児と言いながらとても嫌で、嫌の流れでばあやも苦手です。そこに、優しいねえやが来たので、どちらに甘えるかは判断を待たない処です。




