幽霊少女と王子様
長かった戦争がついに終わった。私の王国は数年の戦いを経て、勝利を掴み取った。たちまち国中はお祭り騒ぎとなった。
しかし、そこに私はいない。
この戦争で、たくさんの民衆がその命を散らした。罪のない人々が、大勢死んだ。私もその一人だった。
それなのに、私はいまだに街を彷徨っていた。どこに行けばいいか、道を見失ってしまったのである。
私が話しかけても、皆が私を無視する。はなからそこにいないように。何度も無視されてようやく、私は自分が死んでいることに気づいた。
死因は敵兵による殺傷だと思い出した。剣で一突きされたのだ。私の母も、父も殺された。それなのに、二人ともどこにも見当たらなくて……。私はどこに行けばいいかも分からず、誰も私を気にしない街で、一人うずくまって泣いていた。
毎日泣いていた私。そんな私に、声をかけてくる人物がいた。
「君、大丈夫かい?」
初めてのことだった。今まで誰にも気づかれずにいたのに。私は顔を上げてその人を見ると、とても美しい顔をした少年が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
私はその少年を見た瞬間、今まで感じたことのない、言い表せない気持ちになった。所謂、恋というものを、私は死んでから知ったのである。
「あなた、私が見えるの?」
「もちろん、見えるに決まっているだろう?」
その少年が私に手を差し伸べる。しかし、私はその手には触れずに立ち上がった。
彼は私のことが見えるらしい。私のようなモノに気づいてくれる人もいるのだと、何より嬉しかった。
「どうしてこんなところにいるの?家族はどこ?」
「家族は……みんな死んでしまったの」
「そう、か……」
私がそう言うと、少年はまるで自分のことのように悲しい顔をした。
「君は、何という名前なの?」
「ミア」
「ミアか、良い名前だね。僕はノエル。この国の第二王子さ」
「王子……様」
事もあろうに、私が恋した相手は王子様だった。
「この戦争は僕の父が起こしたことだ。だから、君の家族が亡くなった責任も、僕ら王族にある……。謝って罪が償えるとは思っていないけれど、本当に申し訳ない気持ちだ。……何でも言ってほしい。僕が力になるから」
彼は「ほんの少しだけど」と言って、私に数枚の金貨を差し出した。
ああ、彼は私がまだ生きているのだと勘違いしているんだ。だから、こんなに熱心に話をしてくれている。もし私が死んでいると知ったら、彼は私から離れていくのだろうか。
「ごめんなさい、受け取れない」
私はそう言うと、走ってその場から逃げ出した。これ以上話したくない。だって、私は金貨を持つことさえできないのだから。せめて、幽霊だとばれたくなかった。
「待って!」
彼は私を引き止めようとしたけど、私はその声を無視して全力で走った。そして、彼が追ってきていないことを確認すると、走るのをやめた。
今さら恋をしても、もう遅い。どんなに恋焦がれても、私は死んだのだ。早く、お父さんとお母さんの元へ帰らなきゃ。
私は街を離れ、人のいない森の方へ歩き出した。
あの日から、一ヶ月ほど経っただろうか。私はいまだに成仏出来ずにいた。天使はいつまで経っても迎えに来てはくれない。まだこの世に未練があるからなのか、それとも別の理由があるのだろうか。私にはそれを確認する術はない。
そうやって毎日考えて、森でひっそりと過ごしていた。
動物達は、私のことが見えるらしい。私は直接彼らに触れる事は出来ないが、私がここにいると、認識してもらえるだけで嬉しかった。
そんなある日の昼時、動物達が森から溢れる日の光を楽しんでいる姿を眺めていると、馬の蹄の音が聞こえた。音からして数頭いるようだ。いつも人の通らないこの森に、人が来るのは珍しい。私は興味本位で覗いてみることにした。
緩やかな蹄の音が近づく。私は大きな木の後ろから顔を覗かせると、馬を乗った人物に驚いた。
「あ、君は!」
馬に乗っていた人物は、あの時街であったノエル王子だった。
「王子様!」
彼は私に気づくと、馬の歩みを止めた。後ろにいる数人は彼の護衛のようだった。
「こんなところにいたのか、ずっと探していたんだ」
「ノエル様、どうかされたのですか?」
「僕の友人だ。先に行っていてくれ」
「友人……ですか?はて、一体どこに」
「冗談はいいから、早く行ってくれ」
王子は護衛達にそう言うと、彼らは不思議そうな顔をして馬の歩みを進めていった。彼らがやがて見えなくなると、王子は馬を降りてこちらに駆け寄ってきた。
彼はその際、私の手を握ろうとしてきたから、私はとっさに後ろへ退いた。
「驚いたよ、こんなところにいたなんて」
「こんにちは、ノエル王子」
彼は私に会えて心底嬉しいというような顔でそう言った。
「ずっと君を探していた。君に会いたかったんだ……。暮らしはどうなっている?一人で大丈夫かい?」
彼は心配そうにそう聞いてくれる。しかし、今の私にはその心配も辛いものだった。
「大丈夫です。ありがとうございます……」
「君が良かったら、王宮に来ないかい?召使いとしてなら、きっとお父様もお許し下さる」
もし私が生きていたなら、その救いに縋っていたかもしれない。しかし、もう私には出来ないことだ。本当にまだ生きていたら、その言葉がどんなに嬉しかったか。考えると、涙が出そうになった。
「いいえ、私にはもったいないです」
断るしか、私にはない。私はそう言うと、彼の前を去ろうとしたが、彼に引き止められた。
「待って!伝えたいことがあるんだ」
私はその言葉に歩みを止める。そして、再び彼の方を向いた。
「あの時君に会ってから、僕は君が好きだ。本気で誰かを好きになったのは初めてで……何としてでも、君を守りたいと思ったんだ」
それは、彼からの告白だった。私はその言葉に涙した。本来なら、天にでも昇るようなその言葉。その言葉は、今の私を地獄に突き落とした。
私も、あなたが好きなのに……。
「ごめんなさい」
涙ながらに私は断った。そして彼の前を立ち去る。彼の顔は見えなかった。もう二度と会えないかもしれないのに、私は振り返ることは出来なかった。
それから、数年経っただろうか。私は誰にも会わないように、ひっそりと森の中にある洞窟の中に身を潜めていた。
私の姿は死んだ時から変わっていなかった。私には、いまだに天使からの迎えは来ていない。
いつになったら、家族の元に行けるの。どうしたら私はこの世界から出られるの。私はここに何か忘れ物でもしているの?そう問うても、誰からも返答は来ないのに。
もう未練などないはずなのに。私はここに残されている。意味など分かるはずもない。ただ、誰も私に気づかないこの世界を彷徨うだけ。
そういえば、ノエル王子は元気だろうか。あの日から一度も会っていない。もうきっと成人して、美しいお妃を迎えて、幸せに過ごしているだろう。
彼が幸せなら、それでいい。死んでからだけれど、私に恋を教えてくれた人。もう会えなくても、忘れられても、それでもいい。あなたが、幸せならば。
彼のことを考えると、不思議と笑顔になった。私に大切な気持ちを教えてくれた人。最初で最後の好きな人。
私は彼に未練などありません。神様、どうか早く私を迎えに来てください。
そう、強く願った。
すると突然、雨が降り始める。この時期には珍しい雨。しかも、雷まで鳴り始めた。天が私の願いを聞き入れてくれたのかもしれない。私は暗い洞窟から、空に向かって手を伸ばす。
しかし、私の前に現れたのは天使ではなく、一人の青年だった。
突然の雨で、雨宿りにこの洞窟へ来たのだろう。私は手を引っ込めると、静かにうずくまった。
ところが、青年はすぐに私に気がつくと、こちらに寄ってくる。普通の人間には見えないはずなのに、なぜ私の姿が見えるのだろう。
「君、もしかして……いや、そんはずあるわけ」
彼は私の姿を見て大層驚いている様子だった。この青年は、なぜだか懐かしい感じがした。私の勘違いがなければ、彼は、成長したノエル王子だ。
こんなところで再会するなんて。もう二度と会えないと思っていたのに。
「ミア……君だろう?」
「ノエル、王子……」
ああ、ばれてしまう。私が死んでいるということに。別に隠したかったわけじゃない。ただ、言い出せなかった。あなたに嫌われてしまうのが怖くて……。
「また会えて、嬉しいよ」
しかし、彼はあの頃のまま成長していない私を見て、意外にも嬉しいと言った。
「え……?」
「もう、会えないと思っていた。あれからもずっと、君のことを想っていた」
彼はそう言うと、私に手を伸ばす。私は思わずその手を避ける。
「……もう、お分かりでしょう。私はあの戦争で、家族と一緒に死んだんです。死んだまま、街を彷徨いていたんです、だから……」
彼はそれを聞いても不思議と驚いてはいなかった。それどころか、私を抱きしめた。
透ける体。彼の体温は感じられない。それでも、なぜか心は温かくなって、涙が一粒こぼれ落ちた。
「ごめん……救えなくてごめん」
声変わりした低い涙声で、彼はそう呟いた。
「王子様……」
私の心は温まっていた。彼の愛で溢れていた。あなたに、あなただけに気づいてもらえて、私は充分幸せだったのに、彼はごめんと私に何度も言った。
謝りたいのはこちらなのに。私は涙が止まらなかった。
もう、私が隠すことは何もない。私は私の本当の気持ちを伝えていいんだ。私は彼に、ずっと思っていたことを告げた。
「ノエル王子、私も……初めて会った時から、あなたが好きでした。でも、私はもう死んでいます。ずっと隠していてごめんなさい」
彼は私の話を涙ながらに聞いてくれた。嬉しそうに、悲しそうに。先ほどまで激しく降っていた雨が、いつの間にか止んでいた。
日の光が辺りを照らす。この洞窟の闇にもその光が届いていた。
「それでも、僕は君を愛している。それは変わらない」
王子は私に顔をゆっくり近づける。それが何を意味するか私には分かった。私は目を瞑る。決して触れ合うことの出来ない私達。そのはずだった。そのはずだったのに。
天が最期にくれた奇跡だろうか。私達の唇はすれ違うことなく重なった。日の光が私達を照らす。目を開けると、彼の後ろに虹がかかっていた。
空が美しく光っている。まるで私達を祝福するかのように。私は彼から離れ、ゆっくり空へ向かっていく。
体が宙へ浮かぶ。ついに、私に迎えが来たのだと悟った。
私は最期に、彼の方を振り返ると、愛おしい彼の顔を手で包み込んだ。
「愛しています、ノエル王子。あなたのことを決して忘れない」
「ミア、僕も君のことをずっと忘れない。どうか、安らかに」
彼は涙を流しながら、最期まで笑顔で私を見届けてくれた。
みるみるうちに私の体が光のように消えていく。私は、天へと還る。あなたがくれた愛とともに。




