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傲慢なる勇者 ―Concept Overlord―  作者: 猫撫子


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『北方戦線』

北方へ向かう街道は、夕暮れの赤と山脈の影が重なり合い、どこか戦の匂いを孕んでいた。


リオはリアナと奴隷少女メイラを連れ、ゆっくりと歩みを進めていた。


 メイラが手綱を握る荷馬車の上で、小さく問いかける。


「……あの、リオ様。北方って……戦争、してるんですよね?」

「してるぞ。王国同士の諍いだ。どうでもいい争いだが、金は落ちる」


 淡々とした言葉に、メイラは唇をかみしめる。戦の話題に怯えているわけではない。ただ、主人である青年が戦に向かうことが気がかりなのだ。


もっとも、リオはそんな気遣いなど求めていない。


 リアナが前を歩きながら笑みを浮かべる。


「でも戦場は稼ぎやすいでしょう?傭兵も高値で雇われますし」

「雇われる気はない。俺は俺のやり方で動くだけだ」


 傲慢に聞こえるが、事実だった。


リオが既にいくつかの討伐隊を殺し、王子の命で“勇者討伐令”が出回っていることは三人とも知っている。


だが戦場は混乱している。そこに紛れれば動きやすい。


 ――北方戦争は、利用できる。


 リオはそう見ていた。


 北方防衛線のひとつ、要衝都市バルデン。

そこに入った瞬間、空気が明らかに変わった。兵士、傭兵、物資商人、怒号、悲鳴、匂い……すべてが不安定で、戦の空気に満ちていた。 


 リアナが耳をそばだてる。

「……魔族の軍勢、近いみたいです」


「お前の感覚か?」

「ええ。エルフの血は魔力に敏感なんです」

「便利だな」


 あっさりそう言うリオに、リアナは小さく微笑む。

だがその笑みの奥で、彼女の胸が熱を帯びていくのをメイラだけが気づいていた。


(……リアナ様は、主人様のそばにいる時だけ表情が違う……)


 メイラの幼い胸に、淡い不安とも憧れともつかぬ感情が芽生えていた。


 バルデンの冒険者ギルド。


混沌の中でも仕事はあるらしい。受付前の掲示板には戦場関連の依頼がずらりと貼られていた。


「“戦場後方の護衛任務”……“物資の護送”……“偵察”…どれもつまらんな」


 リオは欠伸をしながらつぶやく。


ギルドにいた傭兵たちは、若い男が退屈そうに依頼を眺めている姿を見て鼻で笑った。


「おい坊主、戦争は遊びじゃねえぞ?」

「精々小遣い稼ぎくらいにしとけよ」


 軽口のつもりだったのだろう。

だがリオは一瞥すると、淡い笑みだけを返した。

「お前らの想像よりは“遊び”に近いがな」


 その瞬間、傭兵の一人が立ち上がり掴みかかろうとしたが――リアナの冷ややかな視線に足が止まる。


「ここで喧嘩をするおつもりですか? ギルド規約違反ですよ」


 傭兵は舌打ちして引っ込んだ。

リオは興味もなさそうに別の依頼に目をやる。


「……おもしろいな。魔族側の陣地近くに、行方不明者多発、か」


 リアナが覗き込む。


「……魔族の襲撃では?」

「罠だろう。それでも行くがな」

「理由は?」

「金になる匂いがする」 


 本当にそれだけだった。


しかしリアナは、リオが“匂い”と言う時、それがただの金銭の意味ではないことに気づいていた。


――リオは、力の匂いを嗅ぎつける。


 彼の瞳は、戦場の奥に潜む“何か”をすでに捉えているようだった。


 依頼を受けると、ギルドから小隊規模の護衛つきで北方の前線へ向かうことになった。

メイラは馬車に乗り、リアナとリオは歩兵隊の後ろに続く。


「リオ殿、よろしく頼む」


 護衛隊長がそう言ったが、リオは肩をすくめるだけ。


「俺は俺のためにしか動かん、今回は楽しめて金も稼げそうだからやるだけだ」

「は、はあ……」


 隊長が困惑している間にも、前線は近づいていく。


 ――そして。


 焼け焦げた匂い。

 血の匂い。


 地面に黒い穴がいくつも空き、木々がえぐられて倒れている。


「魔族との戦闘跡ですね……これは……」

 リアナが表情を固くする。


「見ての通りだな。魔法戦の傷跡だ」


 リオは崩れた陣地跡に歩み寄り、ひざをつく。

「……ふん」

 地面に触れた指先から、概念がわずかに流れた。


 ――“形を成す前の魔力の残滓”。


 それを読み取るのは、世界の理が視えるリオにとって造作もない。


「魔族の将がひとり、ここを通った。……それも、かなり腕が立つ」

「魔族の将、ですって?」

「興味が出てきたな」


 その言葉に、リアナの背筋がわずかに震える。


その震えは恐怖でも緊張でもなく――


(……この人は、本当に……強く、恐ろしく、美しい――)


 メイラが二人を見て俯く。


主人とエルフの姫の間にある“空気”を、幼い彼女でも感じ取れるほど濃密だった。


 三人が陣地跡を調べていると――


「な、なんだあれは……!」


 護衛兵たちが声を上げた。


 霧。


前方の森から、じわりと白い霧が流れ込んでくる。


 ただの霧ではない。

動きが自然ではなく――“意思”がある。


 リアナが顔色を変える。


「魔族の……瘴気……?」

「違う、これは――」


 リオの瞳が細められた。


 霧が“形を作り始めた”。


 人の形。


兵士の形。


死んだ者たちが白い影となって立ち上がる。


 護衛兵が叫ぶ。


「ひ、ひぃっ……! 亡霊だ……!」


 影たちが歩き出す。

まっすぐに、リオたちへ向けて。

 リオはゆっくりと腰を上げた。


「……なるほどな。魔族将の能力か」


 指を鳴らす。


「リアナ、メイラ。後ろで見てろ」

「り、リオ……!」

「大丈夫です、リアナ様……!」


 二人が下がると、影の群れがリオに襲いかかった。


 瞬間。


 リオの姿が掻き消えた。

 次の瞬間、影の一体の胸を貫く。

 骨が砕ける音すらない。影は霧散する。


「……なるほど。物理は通るか」


 影の剣がリオの首を狙う。

リオは一歩踏み込み、影の腕を引きちぎった。


 圧倒的。


ただの肉体だけで、影を切り裂いていく。

 リアナが息を呑む。


「……強い……本当に、人間じゃない……」

「 主人様……」


 メイラの声は震えていたが、恐れではなかった。


 ――惹かれていた。


 だが、影は次々と再生して現れる。

「キリがないな……」

 リオは掌を玉座のように持ち上げた。


「“消滅”」


 概念が世界に触れ――


影の存在そのものが吹き飛んだ。


 霧が一瞬で晴れ、静寂が訪れる。


「……はぁ……美しい……」


 リアナが思わず呟いたが、本人は気づいていなかった。

メイラは切なげに俯く。

 リオはそんなふたりを一瞥すると、森の奥を見た。


「行くぞ。元凶はまだ先だ」

「ええ、リオ。……あなたに続くわ」

「は、はい……!」

 三人の影が森の奥へ向かう。


その奥で待つのは――“魔族の姫”。

そしてこの戦争の転機。



森の奥へ踏み入るほど、空気は冷え、緊張の糸が肌を刺した。

木々の間を抜ける風すら、どこか重く濁っている。


 メイラがリオの背中を追いながら、小声で震えを押し殺した。


「……り、リオ様。さっきの亡霊……全部、あの魔族が?」

「そうだ。あれは“霧を媒体にした死霊術”だ。術式からして相当に古い」


 淡々とした声。


だが、少しだけ愉悦が混じっていた。


(……珍しいものを見て喜んでる……?)


 リアナはその表情に気づいて、胸がどくりと脈打つ。

彼が“未知”や“強者”に惹かれることを彼女は知り始めていた。


「リオ。気をつけて。魔族の将がいるなら……」

「いるさ。もう匂いが届いてる」

「……匂いって……」

「魔力の質だ。奴は“悪意の形”がきれいすぎる」


 それは言葉の選び方として異様だった。

しかしリオにとって、優れた敵とは“美しさ”の一種だった。


 森の奥、急に視界が開けた。


そこは天然の広場になっており、黒と紫の光が地面に紋様を描いている。


 魔法陣。


 そして――少女がひとり、その中心に立っていた。


 紫がかった黒髪。

露出の少ない漆黒の装束。

だが、その瞳は不自然なほど澄んでいた。


「……あなたが、邪魔をしている“勇者”ね」


 声は幼いのに、響きは深く冷たい。

 リオは一歩前に出た。


「お前が霧を操ってた魔族の将か」

「将……? 違うわ。わたしは“魔国の王女”。

ティセ・ラグナ=ディア・ゼルフィア。

……あなたを観察しに来ただけ」

 リアナが息を呑む。


「魔族の……姫……!」

「へえ、王女か」


 リオの目がわずかに輝く。


(……まただ……)


 リアナは胸がざわつく。



美しい少女の前で、リオの表情の温度が変わる。


「あなた、本当に“人間”?

戦場に満ちていた亡霊の波形が消えた時……

わたしの背筋が震えたの。あんなこと、普通できない」


「普通じゃないから勇者なんだろうな」


「いいえ、“それだけじゃない”。

あなたの核は……もっと色が濃い。“世界の外側”みたい」


 ティセは歩み寄る。


切り裂く風のように鋭いが、動きは静かだった。

「あなたを、殺してみたくなった」

「そっちのが分かりやすいな」


 空気が一瞬で変わった。


 圧力。


森そのものが悲鳴を上げるほどの魔力が、ティセの周囲に渦巻いた。

「メイラ、リアナ。下がってろ」

「リオ……気をつけて!」

「…………はい……!」


 二人が退くと同時に――ティセの姿が消えた。


 リオの頬を、爪のような鋭い魔力が掠める。

 速度が異常だった。

並の戦士なら一瞬で胸を貫かれている。


「速いな」


 リオは振り向かず、後ろの空間を蹴り上げた。

空気が爆ぜ、ティセの姿が現れる。


 彼女は後方へ跳び、軽やかに着地した。


「見えるのね……わたしの動きが」

「見えるさ。“見たものは全て再現できる”。

お前の魔力の流れも、脚の動きも、俺には丸見えだ」

「……ふふ。面白い」

 ティセの表情が崩れる。


それは“戦いの喜び”の笑みだった。


左手が黒い紋様に覆われ、空気が震える。


「――“影縫い”」


 無数の黒い槍が地面から飛び出し、リオの足を狙う。

 リオは槍の合間に足を置き、まるで踊るように回避する。


(……やっぱり……この人……)


 リアナの胸が熱くなる。

動きのキレ、美しさ、すべてが“完璧”。

 そして――槍の動きをすべて見切っている。


「そんな攻撃じゃ、届かない」

「じゃあ――これは?」


 ティセが指を鳴らした瞬間、

黒槍が霧のように散り、空中で束になった。

 束ねられた影が一本の大槍となり、リオの胸めがけて突き進む。

 速い。

“高速”という言葉では足りない。


 メイラが悲鳴を上げかけた瞬間――


「――遅い」


 リオの声が静かに落ちる。

 彼の手が槍の先端をつまむように掴んでいた。

 後ろへ流れる衝撃波で、地面が抉れ木々が折れる。

 それでもリオは微動だにしない。


「概念:『摩擦を定義しない』」


 大槍の表面から力が抜け、粉のように崩れ落ちた。

 ティセの瞳がわずかに揺れる。


「……概念操作……!」

「俺の本質はそっちだが――」


 リオは地を踏み込み、一気に間合いを詰めた。

「基本は“殴る”方が好きなんだよ」


 拳がティセの腹にめり込む。


 彼女の身体が宙を舞い、十数メートル後方の木に叩きつけられる。


「っ……! か、は……!」

 吐血しながらも、ティセは立ち上がる。

「……素敵……ほんとうに……!」


 戦いながら、彼女の瞳に“恋”よりも濃い何かが生まれていく。


それは“崇拝に近い執着”。


 リオという“完全なるもの”を前に、魔族の姫の心が形を変え始めていた。


 ティセは息を荒くしながら、最後の攻撃に出た。


「――“影の王宮(シャドウパレス)”!」


 広場全体が暗転し、空間そのものが影へ呑まれる。

 その内部では、影の分身が無数に生まれ、

本体の動きを隠して襲い掛かる。


「ここまでの術式……魔族の姫ってのも伊達じゃないな」

「どう? この中なら、わたしの力は数倍!」

 影が波のようにリオへ殺到する。

 しかし――

「……全部、見える」


 リオの瞳がかすかに光を孕んだ。

無数の影の動きが“線”として浮かび、敵と攻撃の軌道が可視化される。


 彼はゆっくりと歩きながら、すれ違う影を一つずつ殴り砕いた。


「うそ……」


「お前の“影”は確かに強い。

だが――影は“光があるから存在する”」


 リオの足元から白い線が広がる。


「概念:『この空間に存在する光量を最大値にする』」

「っ……何を――」


 闇が裂けた。

影が焼け、身を隠す場所が消える。


 そして――ティセの姿が露わになった。


 リオはその喉元に手刀を添えた。


「終いだ」

「……負け……たの?」

「まぁ、お前が弱いわけじゃない。俺が強すぎただけだ」


「……ふふ……やっぱり……」


 ティセはゆっくり膝をつき、恍惚としたようにリオを見上げた。


「あなた……気に入ったわ。

人間でこんな“色”を持つの、あなたくらい。

……わたし、あなたに従う」


「従う気はなさそうだが」


「違う。“従いたい”の。

あなたに殺されても後悔しないくらい……綺麗だったから」


 リアナが思わず声を荒げる。


「リ、リオ! この子は……魔族よ!」


「分かってる。ただ――」


 リオはティセの瞳を覗き込んだ。


「俺を裏切る気は?」


「一度でも? ないわ。

あなたに負けた瞬間から……わたしは、あなたのものよ」


 その言葉に、リアナの胸がずきりと痛む。

メイラは唇を噛みしめて俯く。

 だが、リオは意外なほど静かだった。


「……いいだろう。ついて来い。

ただし――俺は仲間を“支配”しない」


「っ……!」


「俺について来るなら、お前の意思で来い。

その代わり、裏切ったらその場で殺す」


 ティセは頬を赤らめ、ゆっくりと頭を垂れた。

「……はい。リオ。

あなたの“意思で選んだ仲間”にしてほしい」


 

戦いが終わり、闇が晴れていく。


ティセは傷だらけの身体のまま、リオの隣に立つ。

 リアナは複雑な顔で彼女を見つめ、メイラは不安げに袖を握る。

 リオは三人を一瞥して、淡く笑う。


「行くぞ。ここはもう用済みだ」

 胸の奥で、ティセが確信した。


(……この人は“王”になる。

誰よりも冷たくて、誰よりも美しい“真の王”に――)


 そして彼女はその傍らに在ることを選んだ。


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