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傲慢なる勇者 ―Concept Overlord―  作者: 猫撫子


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3/5

『討伐令』王国の最期

王都レグナリア。

王城の塔に立つ旗は、未明の風を受けて音もなく裂けていた。

人々は知らなかった――その夜、王と王女が“痕跡を残さず消えた”ことを。


翌朝、会議の間に響く若い声があった。

「父上も、姉上も……殺された。あの異界の男の仕業だ!」

金の髪を振り乱し、玉座の前で叫ぶのは王子レオナード。

彼こそが、次代の王位継承者だった。


「勇者など呼ぶべきではなかったのだ!」

「だが、民は見た。召喚の儀を成功させた王家の威光を。

 今さら“勇者に裏切られた”などと言えば……国が笑われるぞ」

重臣たちの言葉に、王子の顔が引きつる。

――“国の威信”のため。

彼の心に宿ったのは、悲しみよりもその言葉の重さだった。


「討伐だ。勇者リオを討て。父と姉の仇としてではない。

 ――この国の威信のために!」

その一言が、玉座の間に響いた瞬間。

“討伐令”という名の狂気が始まった。



一方その頃。


リオは王都から遠く離れた辺境の街「カレン」にいた。


街の空気は王都よりも濃く、荒んでいた。

盗賊、傭兵、魔術師崩れ……

しかしリオにとってそれは退屈を少しだけ紛らわせる素材にすぎなかった。


路地裏の古びた酒場。

木製の椅子に腰を下ろし、彼は一枚のパンを千切りながら呟く。

「この世界は、面白いな」


向かいの席に座るリアナが首を傾げる。

「王都から追われているのに、笑うのね」

「笑ってはいない。

 ただ――ようやく、“本気で殺しに来る連中”が現れる。それが少し嬉しい」


その目には、恐怖も怒りもない。

ただ“期待”のような微かな光。

天才の脳裏に走るのは、戦略と算術と破壊の可能性だけ。


「あなた……討伐令が出たの、知っているのね?」

「王子が出しただろう。

 ――理由は“国の威信”。

 あの男は、王であることに酔っている」


リアナは沈黙した。

そして、わずかに笑った。

「あなたみたいな人間が、“酔っている”なんて言葉を使うのね」

「人間を観察するのは好きだ。

 俺はこの世界を救うために呼ばれたんじゃない。

 ただ、“退屈”を壊すためにここにいる」


そのとき、外の通りから甲冑の軋む音が聞こえた。

リオの耳が動く。

同時に、リアナが小さく息を呑む。


「……来たようだ」

扉が蹴り開けられた。

金の紋章を刻んだ兵たちが雪崩れ込む。

「異界の勇者、リオ! 王の名において貴様を拘束する!」


リオは椅子に座ったまま、顔を上げた。

その動作だけで、空気が凍る。

誰もが言葉を失う。

「拘束、ね」

彼はパンを置き、ゆっくりと立ち上がる。


「お前たちは“勇者を倒した”と報告すれば、褒美がもらえる。

 だが――誰一人、その報告を届けられはしない」


刹那、床が鳴った。

次の瞬間には兵士の盾が弾き飛び、壁が砕ける。

リオは剣を抜かず、ただ踏み込みと肘打ちだけで敵の陣形を崩壊させていた。


「速いっ……!」

「な、何をした――」

「何も。お前たちが“俺より遅い”という現実を、ただ見せただけだ」


兵士たちの動きが止まる。

リオはまるで興味を失ったように息を吐いた。


「退屈だ」

そう呟いた瞬間、背後の影が一瞬揺れ、全員が地に伏した。

生死は描かれない。ただ、静寂だけが残る。


「あなた、本当に人間?」

リアナの問いに、リオは笑わなかった。

「俺が“人間”という概念に収まるならな」


外では、街の人々が息を潜めていた。

誰もこの出来事を口にしない。

ただ、冷たい風だけがリオの頬を撫でていく。


――次に動くのは、王子か。

その瞬間、彼の脳裏に一つの計算が走った。

「なら、次は王城だ」


彼の目に映るのは、もう“敵”ではない。

ただ、“破壊すべき構造”の輪郭だった。




討伐令が出た翌日、王国中の鐘が鳴った。

“勇者リオ、王を殺害せし大罪人なり。これを討伐せよ”

その声が、兵舎にも教会にも、民の耳にも届いた。


最初の頃、民は信じなかった。

勇者が王を殺すなど――そんな物語、誰が信じる。

だが、噂は形を変え、少しずつ現実に侵食していく。

“勇者は魔王の手先だった”

“異界の者に魂を売った”

“王女を辱めた”

証拠など何もない。

それでも、人々は“憎しみ”の形を求めた。

それが「正義」だと信じたかった。


街を渡るたび、リオはその空気を肌で感じた。

背後で石が投げられ、老人の手が震え、子供の目に怯えが宿る。

それでも彼は歩いた。

リアナが問う。

「……どうして戦わないの?」

「戦う? ああ、違う。俺はまだ“観察”しているだけだ」


リオの視線の先には、討伐隊の行進。

整列した兵士たちの鎧には王家の紋章が刻まれ、

その中心には新たな指揮官――王子レオナードの姿があった。


リオは立ち止まり、わずかに笑った。

「ようやく、“駒”が整ったか」


リアナは背筋を震わせた。

彼の笑みには、人間らしい感情がなかった。

まるで巨大な棋盤の上から駒を眺めている神のようだった。


夜。

野営の火を囲む討伐隊がいた。

兵士たちは口々に不安を語る。

「勇者って……本当に人なのか?」

「王子は言ってた。“討伐すれば英雄になれる”って」

「だけどよ、あの化け物を見た奴が戻ったことがあるか?」

そのとき、風が吹いた。

炎が一瞬揺らぎ、闇の中から“声”が降りた。

「――その答え、教えてやろうか」


兵たちが一斉に振り向く。

そこに立つのは黒衣の影。

月明かりに照らされたその瞳に、炎の反射が走る。

「ゆ、勇者リオ!」

「逃げろ――!」

しかし、逃げる者はいなかった。

“逃げよう”とした瞬間、彼らの足は地面に縫い付けられていた。

リオが低く呟く。

「動くな。“運動”という概念を、止めた」


空気が凍りつく。

兵士の呼吸が止まり、剣の音が途絶える。

彼は歩み寄り、一人ひとりの目を見た。

「お前たちは、命令に従っただけだ。罪はない」

そう言いながら、リオの手がわずかに動く。

次の瞬間、炎が弾け、夜が沈黙に包まれた。


リアナが呆然と立ち尽くす。

「……殺したの?」

「眠らせただけだ」

「嘘ね。あなたの“眠り”は二度と醒めない」

リオは答えなかった。

ただ夜空を見上げ、呟く。

「この国は、俺という“異物”を拒絶した。

 ならば――俺は“国”という概念そのものを拒絶する番だ」


翌朝。

討伐隊の残骸を発見した王子レオナードは、怒りに震えた。

「たかが異界の者が、我が軍を……!」

彼の目は血走り、理性は薄れていた。

「全軍を集めろ。王都の守りを捨てても構わん!

 奴を地の果てまで追え!」


その命令が、王国の終焉を早めた。

街は兵を失い、商人は逃げ、祈りは絶えた。

それでも王子は止まらなかった。


そしてその頃、リオは高地の廃村にいた。

風の音しか響かない場所で、静かに目を閉じていた。

「リアナ」

「……なに?」

「お前はまだ、“俺が間違っている”と思うか」

「ええ。

 あなたは世界を壊そうとしている。

 でも、本当は――救いたいんでしょ」

リオはわずかに目を細めた。

「救う? 違う。

 ――俺は“正しい世界”を作りたいだけだ」


風が吹き抜けた。

その風の中に、かすかな呟きが混じる。

「概念《消失》――準備開始」

空間が、わずかに揺らいだ。

それは“王家”という名を持つ世界の根幹を、静かに蝕む序章だった。


王都アーレンの空に、戦鼓が鳴り響いた。

血のように赤い旗が並び、軍勢が城門を満たす。

王子レオナードは玉座の間に立ち、拳を握りしめていた。

「必ず奴を殺せ。

 王家の威信を、あの異物に踏みにじらせてはならん!」

彼の声は、もはや正気ではなかった。

父王を失い、王女をも奪われた怒り。

だがそれは、真実ではなく“都合の良い物語”に過ぎなかった。


城下の民たちは、家に鍵をかけた。

もう、誰も“勇者”を信じない。

彼らにとってリオは、見えない恐怖そのものだった。


その恐怖の名が囁かれる夜――リオは現れた。

黒い外套を翻し、無言で王都の大通りを歩く。

どの兵士も、その姿に気づいた瞬間、声を失った。

「……勇者リオ、だ」

震える声。

その直後、風が吹き、彼の姿がかき消える。


次の瞬間には、城壁の上。

見上げる兵の視線を受けながら、リオは静かに呟いた。

「俺を狩る? 笑わせる」

指先を弾くと、空間が震えた。

音が消え、光が歪む。

兵士の槍が砕け、石壁が波のように軋む。

――だが、それでも王子は叫んだ。

「怯むな! あれは人だ! 恐れるな!」


リオはその声に目を細めた。

「……まだ、自分を“王”だと思っているのか」

そして跳んだ。

重力すら無視したような跳躍。

次の瞬間、王子の剣がその喉元に迫る――が、止まった。

剣が空中で凍りついたように動かない。

リオが低く囁く。

「“攻撃”という概念を、否定する」

金属が粉のように崩れ落ちる。

王子の目が見開かれ、息が詰まる。


「な、なんだこれは……!」

「知らないでいい。お前が理解するには、世界が狭すぎる」

リオの手が王子の胸に触れる。

その瞬間、彼の身体が宙に浮かび、周囲の空気が爆ぜた。

雷鳴のような音。

そして――静寂。


王座の間に立つリオの背後で、兵たちが崩れ落ちていく。

抵抗も、叫びもない。

ただ、概念の消失による“沈黙の処刑”だけが広がっていた。

リアナがゆっくりと歩み寄り、声を震わせる。

「もう……終わったの?」

「いや。まだ“根”が残っている」

彼の視線は、王家の紋章が刻まれた巨大な石壁へ。

それはこの国の象徴であり、王権そのものの“概念”が宿る場所。


「この国は、俺を敵にした。

 その選択が“存在の証”なら、俺はそれを消す」

リオは両手を組み、静かに目を閉じた。

周囲の空気が揺らぎ、王城全体が歪み始める。

「――概念、消滅」


光も音もなく、世界が裂けた。

瞬く間に、石が、木が、記憶が――消えた。

王という概念も、家系も、血統も、

“王家”という存在の証明そのものが歴史から抜き取られる。

リアナが目を閉じたときには、

そこにはただ、静かな灰色の平原が広がっていた。


「……やりすぎた?」

「いいや」

リオは淡々と答え、風に髪をなびかせた。

「“因果”を消しただけだ。

 これで誰も、王家という幻想に縛られずに済む」

「あなたって……本当に人間?」

リオは微かに笑う。

「俺もそう思う。

 けど、人間の限界を超えた者だけが、世界を作り直せるんだ」


夜。

焚き火の前で、リアナがぽつりと呟いた。

「……私ね、あなたが怖いの」

「そうだろうな」

「でも、同時に惹かれてる。

 あなたが見ている“その先”を、私も見たい」

沈黙のあと、リオがわずかに目を細める。

火が揺れ、二人の影が重なった。


その翌朝。

灰に覆われた城跡を背に、二人は歩き出した。

「次はどこへ?」

「とりあえず東だ。」


リアナは小さく頷き、彼の後を追った。


その歩みは、まだ誰も知らない旅の序章だった。


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