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傲慢なる勇者 ―Concept Overlord―  作者: 猫撫子


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1/5

召喚 ―傲慢なる勇者―

眩い光が、世界を焼いた。


視界が白に塗りつぶされ、耳鳴りだけが残る。

足元が確かなものを取り戻した瞬間、

重厚な石の床の感触が、足裏を通して伝わってきた。


光が薄れ、世界が形を取り戻す。

金と白を基調にした荘厳な大広間。

巨大な柱、緻密な装飾、整列する兵と魔導師。

そして、玉座に座るひとりの女。


白金の髪が揺れ、透き通るような声が響いた。

「――ようこそ、勇者様。私たちの世界へ」


その言葉を聞いた瞬間、理解した。

ここは自分のいた世界ではない。

重力、空気、光の反射、そして……魔力の流れ。

全てが異質だった。


(異世界、か)


胸の奥で、久しく感じていなかった“高揚”が跳ねた。

退屈を覆う灰色が剥がれ、鮮烈な色彩が視界を満たす。


王女が優雅に立ち上がり、微笑みを浮かべながら口を開く。

「勇者様。あなたのお名前を、聞かせていただけますか?」


リオは一拍おいて、淡々と答えた。

「……リオだ」


その一言が空気を震わせる。

王女が「美しい響きですね」と笑うが、リオは反応しない。


(……相変わらず、退屈そうな人間だ)


彼は周囲を見回す。

衛兵たちの緊張した表情、魔導師たちの怯え。

そして王女の、芝居がかった仕草。


(俺を“勇者”として利用するつもりか)


だがそれでも――愉快だった。


――脳裏に、過去の光景が浮かぶ。


白い屋敷。磨き上げられた床。

幼い自分が、無表情でピアノを弾いている。


周囲で笑う教師たち。拍手を送る両親。

完璧に計算された音色は、ただの反復だった。


何をしてもできてしまう。

見れば覚える。やれば成功する。

世界はすでに“解き終えたパズル”だった。


(くだらない)


そう感じてから、心が止まった。

感動も、敗北も、存在しない。


だから、願ったのだ。

壊れてもいい、“未知”を。

理解できないほどの、“混沌”を。


――そして、今。

それが現実になった。



王女の声が現実に引き戻す。

「これより、神々の賜物――“スキル”の鑑定を行います」


魔法陣が床に浮かび上がる。

青い光が、リオを中心に渦を巻く。


やがて、ひとりの魔導師が目を見開いた。

「す、スキル名……《概念操作》……!?」


どよめきが走る。

「聞いたことがない」「戦闘向きではないな」「地味だ」


王女が、演技じみた柔らかな声で微笑む。

「珍しい力のようですね。ですが――導き方次第で価値が出るでしょう」


リオは、彼女の言葉を聞きながら、

自分の内側に広がる“何か”を感じていた。

空気が震えていた。

思考ひとつで、世界の“法則”に触れられる感覚。


(……なるほど。これは)


心の中で呟く。


たとえば、「重力」という概念を“軽くする”と考えれば、

床に置いた小石がふわりと浮かび上がる。

意識するだけで、力が“世界に届く”のがわかる。


(……本質を書き換える能力、か)


戦闘に限らない。

存在そのものの定義、時間、熱量、感情――

それら全てが“概念”として扱える。


その強さに、リオは思わず笑った。


(これ、世界を壊せるな)


ぞくりと背筋が震えた。

喜びか、恐怖か、それすら判別できないほどの興奮。


王女たちはまだその意味を理解していない。

だが、リオにはもう見えていた。

この力の先にある“可能性”が。


「……ふむ。いいね」


低く呟く声。

その瞬間、彼の中に確信が生まれる。

この世界は、壊すに値する。

そして、自分がその中心に立つ。


王女が玉座に戻り、ゆっくりと微笑んだ。

「リオ様――これより、あなたは我が国の勇者として……」


「好きに呼べ」


王女が言葉を止める。

リオの目が、氷のように冷たく彼女を射抜いた。


「俺はお前たちの道具じゃない」


その言葉に、広間の空気が凍りつく。

王女の笑顔がわずかに引きつくが、リオは興味を失っていた。


(……本当に、面白くなってきた)


胸の奥で熱が灯る。

退屈が、ようやく終わる。


この日、異世界にひとりの男が召喚された。

だがそれは救世の勇者ではない。

善悪を超えた、ただの天才。

“概念”という力を得た傲慢なる存在。


世界はまだ知らない。

この瞬間、破滅が生まれたことを。




重く閉ざされた扉が、静かに軋む音を立てた。


召喚の儀から数時間後。

リオは城の一室に通されていた。

豪奢な家具、煌びやかな装飾、

それらすべてが「王の権威」を象徴している。


(……金と見栄の塊だな)


視線を走らせるだけで、この空間の構造と罠の配置を理解する。

部屋の四隅に魔力の線――転移封じ。


「抜け出せないように、か」


呟いた瞬間、扉の向こうから軽い足音が近づいてきた。


「お待たせしました、勇者様」


白金の髪を揺らして現れたのは、召喚の儀で自ら名乗った王女――セレスティア。

口元には完璧な笑み。

その裏に、浅ましい計算が透けていた。


「あなたを正式にこの国の勇者として迎えるため、

 “加護の儀式”を行います」


(加護? ……言い換えだな)


リオは微動だにせず、ただ彼女の手元を見た。

そこにあったのは、黒い輪。

魔力が脈打ち、わずかに血のような赤を帯びている。


「これは?」


「勇者と主君を繋ぐ“信頼の証”です。

 あなたが無事にこの国で過ごせるように――」


「隷属の首輪、だな」


王女の表情が一瞬止まる。

その刹那を見逃さず、リオは淡々と続けた。


「拘束魔法陣が埋め込まれてる。

 発動条件は“主君の意志”。 つまり、お前が合図を出せば俺は死ぬ」


沈黙。

セレスティアの指が震える。

その仕草すら計算しようとするが、

すでに彼の目は、彼女の“浅さ”を見抜いていた。


「勘のいい方ですわね」

笑顔の裏で、唇が強張る。


「勘じゃない。視ればわかる。

 俺の世界では“詐欺”って呼ぶ類のものだ」


リオは首輪を軽く指先で弾いた。

――その瞬間。


魔力の流れを感じ取る。

紋様、起動条件、発動範囲、構成式。

全てが脳内に展開されていく。


「“拘束”の概念、無効化」


呟いた瞬間、黒い輪が粉々に砕け散った。

魔法陣が消え、空気が震える。


「な……!? そんな馬鹿な!」

セレスティアが後ずさる。

衛兵たちが剣を抜く。


(予想通りの反応)


リオはため息をついた。

「一つだけ教えてやる。

 俺は、お前らに従うつもりはない」


「お黙りなさい!」

剣が閃く。

衛兵が突進した瞬間、リオの視線がわずかに揺れる。


「――圧壊」


空気が潰れる音がした。

次の瞬間、兵士の身体が床に叩きつけられ、

骨が砕ける鈍い音が響く。


「ひっ……!」

王女が息を呑む。

リオは淡々としたまま、残りの衛兵たちに視線を向ける。


「攻撃という概念を“無力化”した。

 もう、俺に刃は届かない」


その言葉の意味を理解できる者はいなかった。

ただ、見えない“恐怖”だけが部屋を支配する。


リオはゆっくりと歩み寄り、

セレスティアの目の前に立つ。


「俺を支配しようとしたのは、お前の判断か?」


「ち、違っ……!」


「そうか」

リオはわずかに笑った。

だがその笑みには、温度がなかった。


「支配は嫌いだ。

 俺は自分の意思で動く。

 それを奪おうとするなら――相応の報いを受ける」


そう言い残し、踵を返す。


王女が震える声で叫んだ。

「ま、待ちなさい! あなたは勇者でしょう!?

 世界を救うために――」


リオは振り向きもせず、ただ呟く。

「俺が救うのは、俺が価値を感じたものだけだ」


扉を押し開け、光の差す廊下へ出る。

冷たい空気が頬を撫でた。


背後で、王女が小さく息を吐く音が聞こえる。

リオは足を止めず、静かに思考した。


(この世界……“概念”が根幹にある。

 ならば、俺の能力は――神にも等しい)


喉の奥から、笑いが零れた。

自嘲でも歓喜でもない。

ただ、世界の仕組みを理解した天才の笑い。


「退屈じゃないな」


夕日が差し込む回廊の先で、

彼の影が静かに伸びていく。


この日、勇者リオは“王国の鎖”を断ち切った。

支配を拒む天才が、自由を手にした瞬間だった。



王都はすぐに色を変えた。


セレスティアが城で震えを潜めるのに対し、広場では別の興奮が蠢いていた。

「勇者を掌握した」と喜んだ者、逆に「思うように動かぬ」と怒り狂う者。

噂と不安が街路を駆け、王の宣旨が太鼓を通じて周辺に伝わる。


――討伐令。


玉璽に鷹の紋が押され、奏者が厳かな声で告げる。

「異端の勇者リオ――王の名において討伐せよ」


矢尻のように命令は諸侯へ、教会へ、近隣の領主へと飛んだ。

一夜にして王国の軍が動員され、旗が林立する。


「王女殿下の命、王政の秩序を守るためだ」

と、貴族たちは胸を張って言った。

だがその胸の奥には、利用されることへの焦りと、失敗を恐れる色が混ざる。


(愚かだ)


リオは、遠くからその知らせを知るでもなく、自分の足で王都を出る選択をした。

だが情報は早く、王城の腹心たちは即座に動いた。


深夜、月が低く世界を漆黒に染める頃。


数個の旗を掲げた軍勢が、城門を出て南の街道へ駆け下りていく。

騎士団、傭兵団、教会の聖剣隊。総勢は三百、四百と膨れ上がっていった。

彼らは言葉を交わさない。軍律と命令だけが音となる。


「異世界の脅威を討て。戻れば褒章あり」


誰もが、勇ましく喉の奥で唱えた。

その多くが、リオを“制御可能な道具”としか見ていない。


彼らの何もかもが、的確にターゲットを外していた。


山道。狭い渓谷。森が生い茂り、風が樹間を走る。


軍勢は列を伸ばす。先頭の騎兵が小声で愚痴る。

「情報が浅い。召喚術師の檻の中にいるだけだと――」


背後から、影が流れ込むように近づいた。

木陰に紛れた一人の男。だが彼の姿は軍勢の誰にも映っていなかった。


リオは、兵の一団を観察していた。

列の間隔、指揮官の癖、魔力の渦が作る“脈”。

目に見えるものすべてを設計図に変え、最短で破壊する方法を算出する。


(数で攻めるというのは、愚かだ)


まずは先頭の哨兵が、ふと視界の端に何かを見た。

「影か――!」と叫ぶより早く、喉が裂ける音。


喉の中がねじ切れ、文字通り声が消えた。

周囲に広がるのは混乱の始まり。だがそれを「混乱」と呼べるのは人間側の都合だ。


リオは淡々と指を鳴らす。

「重心、再配置」――彼の言葉は呪文でもなく、ただの内的操作だが、世界は応じる。


先導の騎兵の馬が、突如として全ての重心を失う。鞍から人を投げ、金属が滑り落ちる。

刃は宙に浮き、意味を失った金属塊となる。


地面に打ちつけられた鎧の音、叫びが断続的に続く。

討伐隊は、気づかぬうちに壊滅への流れに入っていた。


彼らは組織を信じていた。戦術を信じ、命令を信じた。

だが“概念”を破る者の前では、信頼などただの薄紙に過ぎない。


リオは次々と概念を触り分ける。

「視界、歪曲」「重力、偏心」「時間、瞬間低速化」――単語は単純だが、その作用は致命的だった。


矢の概念が“曲がる”と宣言された瞬間、放たれた矢は放物線を無視して互いに干渉し合い、空中で崩壊した。

槍は手から滑り、刃は己の柄を噛むように折れた。


兵隊の命令系統は断たれ、統制は灰となった。

混乱で動く者ほど、概念操作の“圧力”に晒され、身体が粉砕されていく。


指揮官は怒鳴る。だが怒声は届かなかった。

彼らの怒りもまた、ある種の概念である――リオはそれを軽くねじり、指揮官の感情を“虚無”に変えた。

一瞬、将の瞳が空虚になり、そのまま斃れる。


「抵抗できないのか?」と、誰かが叫ぶ。


「抵抗が、無意味だ」リオは冷たく答える。


死人の山は速い。


兵士が数を頼りに集結し直す暇も与えられず、次々と動きを奪われ倒れていく。

血は流れるが、リオはそれを気にしない。彼にとってこれは“実験”であり、世界の反応を知るための試作だった。


「数百を相手にしても、こんなものか」


笑い混じりの声は、夜風に溶けるだけだった。

戦いは十数分で終わった。


残ったのは、歪んだ武具と静止した身体、そして軍旗の黒焦げた裂け目。

森は元の無垢なざわめきを取り戻しつつあったが、人間の秩序は消え、再構築されることはなかった。


リオは立ち尽くす。指先に兵士の血の温かさが残るが、彼の表情は変わらない。

ただ、遠くの方で城の鐘が鳴り続けるのを聞いた。


(王は何を思うか)


逃げ延びた者の中には、死に際に王都へ矢文を飛ばした者もいた。言葉は簡潔だった。

「討伐、失敗。勇者の力は異常――撤退を」


その矢文が王都に着く前、セレスティアは冷やりと汗をかいていた。

自分の手で撒いた騒乱が、自分に跳ね返ってくることに愕然としていた。


(利用できない――)


王女の顔色は蒼白だ。政略と権力の間で、彼女の計算が崩れかける。

だが王座はまだ残っている。命令は新たに出るだろう。




夜が完全に落ちた頃、王都の中心、王城だけが異様なほど静まり返っていた。


見張りの兵は誰もいない。

否、彼らは“気づかない”のだ。王城を包む概念そのものが、静寂という名の帳を下ろしていた。


リオは歩く。

足音はなく、影すら存在しない。彼の通った後には、ただ“存在があった記憶”だけが残る。


玉座の間に辿り着くと、そこには王と王女セレスティアがいた。

王は焦りと怒りの入り混じった声で叫ぶ。

「勇者リオ! 何をするつもりだ! 貴様は――」


「貴様らが決めた物語の筋書きに、俺を当てはめる気か?」

リオの声は淡々としている。


王女が震える唇で言葉を紡ぐ。

「わ、私は……国のために……あなたを呼んだだけ……」


リオは笑った。

「なら、その国ごと、責任を取るんだな」


空気が一瞬、歪む。

ろうそくの灯が波のように揺れ、玉座の上の二人の姿が、淡い光の中で霞んでいく。

叫びも、命令も、届かない。


リオの指がわずかに動く。

その瞬間、王の王冠が、音もなく石の床に落ちた。


「お前たちが支配したかった世界は、もう壊れた」

彼は静かに背を向ける。


背後では、王も王女も何も語らない。

ただ、永遠に沈黙が続いていくだけだった。


翌朝、王城は不思議な静けさに包まれていた。

王も王女も姿を見せず、玉座は空席のまま。

城内の者たちは口を閉ざし、“神罰が下った”と囁くばかりだった。


王都の空には、夜明けの光が淡く差し込む。

リオはその光を見上げ、小さく笑った。



「やっと、少しは面白くなってきたな」



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※お読み頂きありがとうございます。

一応30話くらいまでは執筆しておりますのでしばらくはちょこちょこと投稿できるかと思います。

あと、面白かった!続きはよ!と思われた方はぜひ⭐︎をポチッと押して頂くとと作者の励みになります。

よろしくお願いします。


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