09
晴人とクリオナは興味深げにギジオレを見上げていた。
「なあ、これ何だ?」
「お掃除ロボットですか?」
どこを掃除する気だ。
「これは、対侵略者用の兵器、ギジオレだよ」
俺達を追って来た源治おじさんが俺に代わって説明する。
「洸平君の命名による」
そこは強調しなくていいんだよ。
「対侵略者?何?地球は何者かに侵略されようとしてるの?俺はクリオナに心を侵略されたけど」
「それはどういう意味ですか?」
素直な瞳に笑い返す晴人。クリオナは不思議そうな顔をしている。
「今はまだ侵略されていない。ただ、地球は常に侵略者の脅威にさらされている。それに備える事は当然の務めだと思う」
「なるほど」
まともに取り合っていない晴人の返事。
「侵略者って異星人?今の所俺は、友好的な異星人にしか会った事ないけどな」
「かと言って友好的な異星人ばかりでは無い事も事実だろう。この狭い地球上でだって友好的な人間ばかりではないんだからな。そう考えると備える意味がある」
「まあ、ずっとこんな事言ってるんだけど、私達はさっぱり実感なくて」
「それなのに巻き込まれてるんだ」
俺と可奈子の言葉を聞いてか聞かずか、晴人はギジオレを指差しながら、
「こいつ、動くの?」
とても動きそうには見えない、と言いたげに言った。
「動くさ。そうだな、丁度いいタイミングだから、洸平君、一度動作確認をお願い出来るかな?そうすれば、ギジオレが動くところも確認できるだろう」
「つーか、ギジオレの存在は秘密とかじゃないの?」
俺の疑問。こんなにぺらぺらと喋っていい事なのか?
「秘密にする必要があるかね?いずれ、世界の命運を左右する戦いを繰り広げるんだぞ」
「まあ、とにかく秘密じゃないって事ね」
俺はギジオレの膝の梯子に手をかけて太ももにのぼり、コックピットに到着。右下の緑色のボタンを押すとコックピットハッチが開いたので、体を滑り込ませる。
コックピット内部は特に変化はなさそうだ。二つの色違いのシートも―—いかん。思い出してしまう。
頭によぎった邪な記憶を振り払うように頭を振ると、コックピット無いに見覚えのない物がある事に気づいた。ちょっとごてごてしたヘッドホンを手に取る。
「そのヘッドホンを着けてくれ。前のヘルメットと同じ物だ」
多少のマイナーチェンジはしたらしい。しかし、あの時のような展開になったら、頭は守っていた方がいいような気がするが。
『聞こえるかい?』
「聞こえるよ」
実際ヘッドホン無しでも直接会話する事も出来る距離だが、そのへんの確認も兼ねているのだろう。
『じゃあさっそく・・・そうだな』
俺がシートに座ろうとした時、源治おじさんがふと思い出したように、
『そこの子は何と言ったかな?』
『クリオナよ。留学生の』
『ふむ。クリオナ君。こいつに乗ってみてくれないか?』
『私がですか?』
変な話になってきたな。
『危なくない?』
可奈子の言葉には色々な意味が含まれているようだった。
『俺じゃダメなの?』
『興味深い実験だが・・・後にしよう。クリオナ君、お願い出来るかい?このギジオレは妄想力で動くロボットだ。洸平君の妄想力を引き出すためには何か外的要因があった方が容易い』
『妄想力?それって、やらしい想像の事?』
『それもその一部だ』
やめてくれ。動かしにくくなるだろ。
『以前洸平君が我を失った事もあるが、今回はそんな事がないと確認したい』
『まともな洸平が襲いかかるような展開は?』
『洸平君の事を知っているならば、その可能性が皆無だと言う事を理解しているはずだ』
『それもそうだな』
言って、源治おじさんと晴人は笑い合う。きょとんとしているクリオナと、複雑な表情をした可奈子を置いてけぼりにして。
『じゃあクリオナ、多分安全だから乗ってみてよ。俺も動くところを見てみたい』
『はあ』
あまりよく分かっていない様子のクリオナは、梯子にしがみつくようにして体をギジオレの膝の上まで持ち上げた。あまり運動が得意ではないらしく、時間をかけて上ってきた。
『ちぇっ、短パン履いてんだ』
下から見上げている晴人が言い、可奈子に耳をひっぱられている。
じっくり可奈子の倍の時間をかけてギジオレの太ももを上って来ると、手すりに飛びつくようにしてコックピット下までやって来た。
「ほら、捕まって」
「ありがとうございます」
差し出した手をクリオナは掴む。なんだか冷たい手。
『ん?何も反応しないな』
『それは何?』
『このタブレットに洸平君の妄想力が数値化されて表示される』
『つまり洸平がクリオナに欲情したかどうか分かる装置って事でいい?』
よくないよくない。
『しかし、手を掴んで反応しないとは』
『手を掴んだ位で反応しないでしょ。中学生じゃないんだし』
『可奈子には反応したんだが』
『そりゃ、仕方ないよ』
源治おじさんと晴人に何だか恥ずかしい事を言われている。確かにそんな事もあったが、あれはおそらく機械の不具合の影響に違いない。現にこうして何の反応もしないと言うことは、不具合が解消されたと言えないだろうか。
そうに違いないと思いながらクリオナを引っ張り上げる。見た目よりも重く感じたなんて、口が滑っても言えない。ふわっとした髪の香りが漂ってくる。
??
何だか不思議な香り。不快ではないが、シャンプーでも石鹸でもない。花の香りのようで、機械油のような臭いでもある。どうも表現しにくい。
少し疑問に思いつつ、クリオナを後ろのシートに座らせる。にこにことこちらを見ている。やっぱり可愛い子だよなぁ。
『おかしいな。やっぱり反応がない。故障か?それとも洸平君がおかしくなったのか?』
独り言のように呟く源治おじさん。
「調整がうまくいった、って事で良くない?」
なんだか晒し者にされているみたいで居心地が悪い。
『そんな訳がない。あんな可愛い女の子を側に置いて、何の反応もしない思春期の少年などこの世にいるものか。これは生物としての宿命だ」
ひどい偏見だ。とは言え、その後しばらく観察しても妄想力の反応は見られなかったらしく、源治おじさんは故障を疑ったのだが確認のため、
『可奈子、交代してくれ』
となって、クリオナと場所を交代する事になった。恐る恐る手すりにしがみつきながら滑り降りるクリオナと、すいすい上ってくる可奈子。
『やっぱり短パン履いてんのか』
見上げている晴人が残念そうに言う。
『履いてなかったら平気で上る訳ないでしょ』
そりゃそうだ。
下まで降りたクリオナを晴人は支えてやり、何だかご満悦。俺の方はさほど苦もなく上ってきた可奈子に手を差し出し、
「ほらよ」
「クリオナには優しかったのにね」
嫌味っぽく言って手を掴んだ。
『あ、本当だ。反応した』
『ああ、やっぱり故障じゃなかったんだな』
『これは何ですか?』
『洸平が可奈ちゃんに欲情してるって事じゃない?』
やめろって。
『やはり故障ではないか。ゆっくりと数値も上がって行く。激しい上下のブレもなくゆるやかに―—やはり調整はうまくいったようだな』
「やっぱりうまくいってたんじゃないか」
言いながら、可奈子を引っ張り上げる。ふわっと香る。
『おー、大きく反応した。何があったんだ?』
もう勘弁してくれよ。
「反応してるんだ」
下の騒ぎを見て何かを感じ取ったらしい可奈子は、俺を上目遣いで見て言った。
「クリオナには反応しなかったのに」
なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
その後、俺と可奈子は席についてギジオレの各部分の稼働を確認しながら、妄想力の変動などを確認した。自分では平常心を心掛けたのだが、そのおかげか妄想指数の極端な変動や、暴走する形跡などは見られなかった。
『最大可能妄想限界も測定したいが・・・これは今は無理か』
また知らない言葉が出て来た。
『それはどういう意味?』
『言葉の通り、ギジオレが受信出来る最大の妄想力の事だよ。以前はそれも不十分で洸平君に逆流すると言う現象が起きた。だが、これを確認するには洸平君に最大限の妄想力を発揮してもらう必要がある。平常時には無理だろう』
『可奈ちゃんがキスしてみれば?』
『いざとなれば』
「勝手な事いうなよ」
この距離ならヘッドホン越しにしか二人の声は聞こえない。後ろの可奈子には聞こえていないはずだが、聞こえていたら怒られそうな事を二人は平気で口にする。
「後ろにもヘッドホン欲しいわね」
今は無くて良かった。
そうして一通りの確認を終えると、俺と可奈子はギジオレを降りた。晴人たっての希望でクリオナを連れて晴人も乗り込んだが、俺専用と設定されているので勿論動かすことは出来ない。そして、そのついでに行われた晴人の妄想力の調査の結果、煩悩は必要充分だが、想像力が欠けているとの結論に、晴人は肩を落とした
「妄想力では洸平にかなわないって事か」
その言い方やめろ。
源治おじさんは、俺がなぜクリオナに反応しなかったのかを、ずっと考え込んでいた。