08
「とんでもない可愛い子だな」
晴人の言う通り、可奈子の背後から笑いかけてくる小柄な女の子は、絵画から飛び出してきたような綺麗な容姿をしている。青みがかった短めの銀髪に、吸い込まれそうな深い緑色の瞳。
「この子?彼女はクリオナ。惑星ディディエからの留学生よ。あまり変な事教えないように」
「変な事って例えばどんな?」
にやにやしながら晴人が尋ねる。
「さあ。謝りに来た友達にわざわざ付き合う事とか」
いちいちドキドキする事を言わないでくれ。
そんなやりとりをクリオナはにこにこしながら眺めている。それだけで周りが明るくなるような、そんな平和的な笑顔。
可奈子はしばらく晴人と他愛もない言い合いをしていたが、
「それよりも」
そう言って俺の方に向き直る。
「顔、大丈夫?そんなに強くしたつもりないんだけど」
心配そうな顔。今はそんな顔さえも心に来る。
「大丈夫だよ。まだちょっと痛いけど」
「キズモノになったら責任とってもらわなきゃならないからな」
「お二人は付き合ってるんですか?」
「多分ね」
『違うって!』
俺と可奈子の声が揃ったのを聞いて、晴人はにやにやしている。
そして俺たちは、正門を閉めるという学年主任に追い立てられ、家路についた。
留学生のクリオナは、今日をもって可奈子と同じクラスに転校してきたらしい。一人で地球で暮らしているらしく、可奈子は面倒を見てくれるように頼まれたようだ。俺たちは四人で歩きながら、クリオナの話を聞いていた。
「へぇ。一人暮らしねぇ。何か大変な事があったら、何でも言ってよ」
クリオナの隣に並んで歩きながら、晴人が調子のいい事を言う。まあ、可愛い子の前ではいつもそうだが。
「ありがとうございます。知り合いが一人もいないので、色々教えていただきたいです」
「そりゃもう、喜んで」
相変わらずにこにことしているクリオナ。晴人の言葉をまともにとりあっているのか、うまく受け流しているのかよく分からない。とは言え,何にしろ来たばかりの留学生が頼れる存在が出来た事に可奈子は喜んでいるようだった。
「一人じゃ大変だしね。出来るだけたくさん友達を作ってあげたいの」
「彼女は大丈夫そうだけどな。人懐っこいし」
早速俺達の前で二人並んで談笑しているのを見て、俺は言う。この様子を見るに、仲良くなるのも時間の問題だろう。それは、物怖じしない晴人のスキルによるものが大きい。
「彼女、可愛いでしょ?」
可奈子は声を潜めて俺に言う。
「確かに。ディディエって星の人は皆あんななのかな」
「クラスの男子が寄ってきて大変だったんだから」
「だから学校から出るのが遅かったの?」
「部活の勧誘も凄かったしね。運動部のマネージャーとかならともかく、漫画同好会に勧誘してどうするつもりなのかは知らないけど」
「異文化交流なんじゃないの?」
「そうかもね」
喋っているうちにいつもの調子に戻ってきて、我ながらほっとする。あのまま二人が気まずいまま過ごすのではなく、こうして他愛のない事で笑いながら過ごせた方がいいに決まってる。
何より日常が戻ってきた事に安心していると、可奈子の家についた。隣は俺の家だが。そしてその家の前で、
「よお。待ってたぞ」
源治おじさんが手をあげた。
「パパ。何してるのよ」
可奈子の眉間に皺が寄る。
「ここしばらく帰って来なかったじゃない」
「ははっ、すまんすまん。ギジオレの調整に手間取っててな」
「ギジオレ?」
「それは何ですか?」
聞き覚えのない言葉に、晴人とクリオナが声を上げる。
源治おじさんはそんな二人を交互に眺めて、
「せっかくだから君達も来るかい?ちょっと洸平君に確認してもらいたいんだ。可奈子も来るだろう?」
一瞬の沈黙。
「・・・二度とあんな事にならないように調整したなら、ね」
下を向いて絞り出すように言う。なんか、俺も思い出しちゃったじゃないか。
「じゃあ決まりだね。皆んなで行こうか、秘密基地へ」
源治おじさんが言うと、俺たちはそちらへ歩いて向かった。秘密基地まで遠くない。てか、秘密基地って言うようにしたのか。
「何だ、学校のすぐ裏じゃないか」
二メートル程の高さの塀に囲まれた場所。ギジオレが通れる程大きな正門の横にある通用門を通ると見える、体育館のような建物を眺めて晴人が言った。俺達が通う積星高校は目と鼻の先にある。つまり、さっきそこから帰って来たのに、また戻ってきたような形だ。
「ここは何ですか?」
クリオナも建物を見上げている。
「昔は軍の駐機場だったって噂もあるけど、こんな所に造る訳ないか。せいぜい、大きめの町工場じゃないかな」
秘密基地とは言うものの、この建物は学校からも見える。そのため様々な噂が流れてはいるが、真相はよくわからない。だが、分かってしまえば大した正体じゃないってのはよくある話。
「元々は何だったかは知らん。色々あって、俺が手に入れた時は牧草の保管所になってたよ。でかい扉が使いづらいとか、天井が開く意味が無いとかで、持て余していたらしいな」
源治おじさんはポケットから鍵を取り出し、大きな扉の横にある、シンプルな普通サイズの扉の鍵を開けると、錆びついた音をたてて扉は開いた。
真っ先に晴人が中に入って行く。クリオナが続く。
「おおぉ!」
晴人が声を上げている。俺と可奈子も中に入ると、秘密基地の広い空間の真ん中で、天窓から差す陽の光をスポットライトのように浴びながら、ギジオレが膝をついた反省ポーズでうなだれていた。
「格好わりぃ!」
「そうですか?格好いいと思いますよ」
俺は晴人の意見に賛成。
「格好よくは無いわね」
可奈子も概ね同意見。
「はっはっは、今の所デザインは二の次だからな。中身にこだわってたら外見なんかどうでも良くなってな」
源治おじさんは笑う。まあ、見てくれを気にするような人ではないな。
先日の訓練で多少汚れてはいたが、破損した箇所は無いようだ。どれだけのダメージを負ったかは知らないが、おじさんが直したのだろう。
「洸平君」
ギジオレに駆け寄っていく晴人とクリオナを見送りながら、源治おじさんは口を開いた。
「あの日は申し訳なかった。調べてみると妄想力変換機構の安全装置に不備があった。そのため、君とギジオレとの間で妄想力が閉じ込められ、加速度的に増幅して結果的に君の中でオーバーフローしたようだ。あの時何か体に異変は感じなかったかい?」
「あの少し前から何か体がおかしかった。うーん、ちょっと説明出来ないんだけど、胸がもやもやすると言うか、頭がくらくらすると言うか」
「確かに様子がおかしかったわね。それも、そいつのせいなの?」
「おそらくな。調べてみると、まだここに居た時に妄想力の増加を観測した時から始まっていたらしい。こいつじゃ炙り出す事が出来なかったようだ」
源治おじさんは妄想指数を表示させるタブレットをこんこんと叩きながら言った。源治おじさんの言葉を信じるならば、あの時―—もう少し前からか―—に感じた可奈子に対する不思議な感情は、単純に機械の不具合だったと言う事か。自分でもそんな訳ないと思っていたのだが、それが証明されて少しほっとする。
「ヘルメットが外れた事が幸いしたよ。だが本当に申し訳なかった。洸平君の顔にそんな怪我を負わせるつもりは無かったんだ。君のご両親に合わせる顔が無い」
「はは、えーと。きっと大丈夫だよ」
俺はぎこちない笑みを浮かべて頭をかく。見ると可奈子の顔もひきつっている。ギジオレのコックピットにはカメラは設置されていないので、源治おじさんはどうして俺の顔がこうなったかは知らない。普段はめったに怒らない人だが、機械のせいととは言え俺が可奈子を押し倒したら殴られた、なんて事が知れたらさすがに怒るだろうか。
「そ、そうそう、かすり傷よね?」
かすり傷ではないが。
「何にしろ、変換機構の調整は終わっている。安全装置も何重にも張り巡らしたからあんな事にはもうならないはずだ。安心して乗ってくれ」
「乗る事は乗るんだ」
「今回は安全装置の不備というイレギュラーがあったとは言え、やはり洸平君の妄想力は素晴らしい。自分でもコントロールが出来れば大きな武器になるだろう」
コントロールねぇ。なんとなく理解できたような気はしていたが、あれも機械の不具合のせいだったら再現する事は出来ないのではないか。
そんな事を思いつつ、可奈子の顔を見る。
「何よ」
怪訝な顔をする可奈子。
ふむ。よし。変な気持ちにならない。今は平常心だ。