04
『おー、目が光ってる』
可奈子の声がした。コックピットから見下ろす限り、腕を組んで見ている可奈子が興味を持っているかどうかは定かではない。
『それじゃまずは立ち上がってみようか―って、ちょっと待ってくれ』
源治おじさんは言うとその場を離れて隣の部屋へ入った。するとがしゃんとロックが解除されたかのような音がして、軋んだ音をたてながら天井がゆっくりと開いて行く。
『このまま立ち上がったら天井突き破っちゃうからな。こんな仕掛けもあったんだよ』
隣の部屋で天扉を開ける操作したらしい源治おじさんはタブレットを手にしていた。どこにでもあるような、何の変哲もないタブレット。
『これは洸平君の妄想力を妄想指数に変換して測る装置だ。今はそのヘルメットに有線で繋がっているから、リアルタイムで計測出来る」
その装置をコンコンと叩きながらおじさんが言う。
妄想力を測ると言われてもぴんと来ない。どういう理屈で計測しているのかも、どうすれば上がるのか下がるのかも分からないし、そもそも普通の人がどれくらいなのかも分からない。
まあ、いいか。考えていても仕方ない。
じっくり十分程かかって、天井の半分程を占めた天扉は全開になって再びロックがかかったのか、がしゃんと音を立てて止まった。。薄暗かった倉庫内が明るくなる。
『じゃあ洸平君』
ぼーっと天扉が開く様子を眺めていた俺に源治おじさんの声が届く。
『まず操作の感覚を掴んでもらう。立ち上がってみようか』
「あ、ああ、はい」
俺は慌てて操縦桿に手を伸ばす。テレビゲームなんかもあまり得意ではないのだが、こんなロボットを動かす事が出来るのだろうか。
『まあ難しく考え過ぎるな。ギジオレに関しては操縦桿だのペダルは飾りみたいなもんだ。重要なのは君の妄想力だよ』
「前もそんな事言ってたけど、妄想力って未だによく分からないんだけど」
『まあ、とりあえずやってみよう。まずは頭の中で立ち上がる妄想をする』
「簡単に言うなぁ。でも想像じゃなくて妄想じゃなきゃいけないの?」
『妄想でも想像でも今回に限ってはどちらでもいい。エネルギーの総量が違うだけで働きはほぼ同じだ。まずは練習だからとにかく頭の中でギジオレが立ち上がる様子を描くんだ』
『さっきから妄想妄想って。おかしな事言ってる事気付いてる?』
可奈子の声はとりあえず気にしない事にして、頭の中でこの巨大ロボがゆっくりと立ち上がる様子をイメージする。言われてやってみると意外と難しく、人間が立ち上がる時の動きを参考に関節一つ一つの動きをなぞってゆく。
『そうしたら、両足のペダルを踏み込め』
言われてペダルを踏み込む。踏み込んでみると、ペダルと言うよりはスイッチの上にプレートが置いてあるだけのような代物で、それによってスイッチをオンオフするだけの機能しかなさそうだ。
それを踏み込むと、
「おおおぉ!」
ギジオレが倒れないようにバランスをとりつつゆっくりと立ち上がった。俺は細かい操作はしていないが、ギジオレは俺はが頭に描いた通りの動きをするらしい。ペダルや操縦桿で動かす部位を指定する感じか。徐々に俺の視点が上がって行き、天井を過ぎて外の景色が広がる。目の前の積星高校の校舎の向こうに海が見える。
決して俺は高所恐怖症ではないが、この初めて乗る巨大ロボから見下ろす状況にはさすがに恐怖を覚える。コックピットの仕様上眺めがいいので尚更。倒れたり落ちたちしたらひとたまりもない。高くて下の二人の様子もよく見えない。
『なんか、おじいちゃんが立ち上がったみたい』
『うーん、まだ妄想力が全く発揮されていない。もっと慣れて妄想力を上げる事が出来るようになれば、もっと格好よく立ち上がる事が出来るようになるさ。初めてにしては上出来だ』
俺の目からは見えないが、あまり格好のいいものでは無かったらしい。
『正面の操作盤の真ん中に無限大マークみたなものが書かれたボタンがあるだろう?それを押してみろ』
言われて押してみる。無限大マークのような、数字の八を横倒ししたような。
「扉の内側に何か映像が映ってるんだけど』
『それはギジオレの目が今見ている景色だ。さっき立ち上がった時と同じように、どこを見るかを妄想すれば、カメラが追随してくれるはずだ』
「今回は何の操作もいらないんだ」
『どこか見る度に操作してたら何も出来んよ』
「そりゃそうか」
さて、それにしてもどこを見ようか。まあ別にどこでもいいか。可奈子が今どんな顔をしているか見てみよう。
ギジオレの足元、俺から見ると二十メートル程下にいる可奈子を見るイメージをする。すると、それまで遥かかなたの地平線を映していた映像が、ゆっくりと下に向く。そしてほぼ真下の可奈子をその視界の中心に捉えると、ズームアップしていく。
よしよし。イメージした通りの動きだ。ショートパンツに黄色いゆったりめのTシャツを着て腕を組んだ可奈子の姿が大きくなる。
・・・この角度から見ると、なかなか胸元が際どいな。
いやいや何を見ている。相手は可奈子じゃないか。確かに女で、可愛い方だとは思うが、俺にとっては兄弟のようなものだ。しかもどちらかと言うと妹ではなうく姉の方だ。いやいや、そんな風に思っている間に、的確にその谷間をズームアップするんじゃない!
『お?急に妄想指数が増してきたぞ』
「!!」
心の中を覗かれた気がして、思わず目を逸らす。するとその動きを追随するようにギジオレの視線が一瞬で地平線を向く。
『今の動き良かったぞ。妄想力も高まっていたしな。まあ、そう言う事だ』
「そ、そりゃどうも」
誤魔化すように俺は言う。向こうからは見えないとは言え、あまり邪な事を考えるとそういう方向でバレてしまうのか。なんかいろんな意味でやりずらい。
『まあ、最初はこんなもんか。操縦の仕方はなんとなく掴めたかな?』
「本当になんとなくだけどね」
なんとなく理解はしたが、その通り操縦が出来るかどうかは別問題だ。なんせ今日初めて見て、初めて乗って、初めて動かしたのだから。
その後、俺は源治おじさんの指示の元、腕をパンチのモーションで動かしたり、片足を上げたり、屈伸をしてみたりと様々な動きをさせられた。まだ緩慢な動きだが、思ったよりも動きに自由度がありそうだ。
『おじいちゃんのラジオ体操みたい』
可奈子の感想はともかく、操作自体は簡単なので多少の動きが出来るようになるまでさほど時間は掛からなかった。
『そろそろいいかな。それだけ動ければまずは問題無いだろう』
『ラジオ体操出来たからって、何が問題無いのよ』
『ラジオ体操には人間の基本的な動きが凝縮されているものだよって、それはいいとして、そろそろ実戦形式の訓練に移行したいと思う』
「実戦形式?」
俺は聞き返す。あまり穏やかな響きじゃない。
『地球連合軍の訓練場に行くよ。そこで訓練用ロボットと戦ってもらう』