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ギジオレの弱点は空を飛べない事だ。
陸は走れるし、海も泳げる。妄想力さえあれば、どんな事だって出来る万能ロボだ。
ただ、こうやって上空に連れて来られると出来る事はない。
「洸平!どうするのよ!」
「そんな事言われても!」
激しい風切り音の中、俺と可奈子は顔を見合わせているが、出来る事が思い浮かばない。
そもそもどこへ連れて行かれるのか。宇宙空間まで出てしまえば、ぷかぷか漂っている間に迎えにきてもらう、などの方法は考えられる。宇宙空間でも耐えられる事は実証済みだ。
ただ、それ以前に解放されてしまうと、地上に真っ逆さまに落ちてしまう。いくらギジオレと言えど、耐えられるとは思えない。
宇宙空間まで出られるかどうかも不明だ。そうでないなら、なるべく低い高度での方が無事に帰れる可能性が高いだろう。
「でも、どうやって・・・?」
俺はクロオレの手をギジオレから外そうと掴む。なかなか外れない。どこにこんな力があるんだ。
体を捻って肘で顔を狙う。何度か打ちつけていると、顔が外れて地上に落ちて行った。が、手は外れない。
「洸平!」
可奈子の声。そちらを向くと、不安そうな可奈子の顔。
「信じてるから」
俺の手をとって真っ直ぐな目で言うと、思いきり真正面から抱きついてきた。押し倒されるのかと思うくらい思い切り。
妄想力が高まって行くのを感じる。
感じるのだが、どうすればいいのか。
俺は一度ギジオレの体を丸く縮める。そして勢いよく体を伸ばすと、衝撃波が走った。ギジオレだけでなく、クロオレの体もビリビリと振るわす。
「よし、手が緩んだ」
俺はギジオレの手でクロオレの手を掴み、外す事に成功。そのまま身を捻って反対の手で足を掴む。
「うぅるぁぁぁ!」
思い切り引っ張ると、クロオレは上半身と下半身に裂けた。
次の瞬間、クロオレは爆音と共に爆炎に包まれた。ふと見ると散り散りに飛び散る部品の中に、アンドロイドが放り出されている。
「ここで見捨てるのも・・・」
俺は手を伸ばし、アンドロイドを受け止める。今は対立しているが、プログラムし直せば友好的になれるかもしれない。そう思いながら動かないアンドロイドを手のひらで包み込む。
「人がいいんだから」
だから耳もとで喋らないで。
可奈子の吐息にぞくぞくするが、何も解決策が見つかっていない事には変わりない。そして次第に上昇スピードは遅くなって行き——
ギジオレは落下を開始した。
上昇から落下に変わる瞬間の、無重力のような感覚が伝わって来た。慣性制御されているため、感じるはずがないのだが、もしかしたら目に映る景色がそう感じさせたのかもしれない。
三百六十度水平線。真下には豆粒のような地球連合軍極東支部。そこに真っ直ぐ向かっているように思える。
「ねえ洸平、海に落ちる事は出来ない?」
海に落ちる事が出来れば、ある程度衝撃を逃す事が出来るかもしれない。ただ、どれぐらいの衝撃を吸収して、どれぐらいの衝撃に耐えられるのかどうかははっきりしない。
でもそれを目指してみよう。
「で、どうすればいいんだ?泳ぐみたいに・・・」
手足をばたばたさせてみる。真下以外に動いた様子はない。平泳ぎのように手足で空中を掻いてみる。アンドロイドを持っているのでやりにくいが、どちらにせよ効果はなさそう。
その間にも落下スピードは増している。そして地上との距離は縮まって行く。そして、出来る事は減って行く。
何か大砲みたな物で勢いをつけて——ギジオレには武器は装備されていない。
地上にぶつかる直前に先程の衝撃波を発生させれば、一瞬でもブレーキの代わりになるのではないだろうか。でもこれは最後の最後に試す事になりそうだ。
様々考えを巡らす。状況が状況だけに頭がうまく回らない。数多の案が浮かんでは消える。
これからどうなるのか、結末を考える事が出来なかった。考えたくなかったと言った方が正しい。
可奈子の不安そうな顔。見ているとどうにかしなきゃと言う気持ちと共に、妙な落ち着きを感じていた。可奈子の柔らかな感触も、温かな体温も、優しい吐息も、今までずっとそばにあった。
もしかしたら最後かもしれないこの瞬間も、一緒にいられて良かった。
まるで覚悟を決めたと言うか諦めたような気持ち。こうして抱き合った感触に甘える気持ち。
猛スピードで落下しながら可奈子の顔をじっと
見つめる。
ふと可奈子の囁きが聞こえて来る。
「私・・・まだ・・・」
可奈子の目から涙が流れているのに気づいた。
『洸平君、聞こえるか?』
「お、おじさん!どうすればいい?」
ふいに聞こえてきた源治おじさんの声に、すがるように声をあげる。
『こっちも色々考えている。巨大なクッションで受け止めるとか、ミサイルでギジオレの軌道を変えるとか、巨大な扇風機で風を起こすとか。ただ、ダメージが予測出来ない。だからそっちでも考えておいてくれ』
「考えておいてくれ、って言われても・・・」
考えられる事は考え尽くしたような気がする。
『洸平君』
ふいに呼びかけられ、顔を上げる。
『妄想力に不可能はない、よ』
何だか格好いいように言っているが、格好良くはないな。ともあれ、源治おじさんがさほど慌てた様子が無いのは、何か対策があるのを信じているのか、俺を信じているのか。
じゃあ俺ももう一度考えてみよう。
俺は目を閉じてイメージする。可奈子は柔らかくて温かい。いや、これは邪念だ。そうじゃなくて、この状況を打開するための方法。
地上までの距離が加速度的に縮まって行く。白い雲が猛スピードで上空へと流れていく。
雲のように浮かべたら——いや、鳥のように飛べたら——出来もしないイメージが浮かぶ。
すると、
「ん?」
落下スピードが落ちた気がする。下から上へ流れる景色がゆっくり動いている。
ふわりとした感覚。これは何だ?源治おじさん達が何かしてくれたのか?そう思いつつ周囲に目を向けると——
「なあ、可奈子」
俺が呼びかけると、可奈子は顔を上げた。そして可奈子もそれを見た。
「羽根が生えてる?」
ギジオレの背中に大きな羽根が生えており、ゆっくりと羽ばたいていた。ギジオレの落下スピードを殺し、風を受けてゆっくりと地上へと降りて行く。
それはまるで鳥の羽根のようで、俺がイメージした通りの姿で羽毛の一枚一枚も再現されている。
「妄想力ってそんな事もできるの?」
「よくわからない」
明らかに金属室ではないその羽根は、ホログラムのように光っている。現実に存在するかどうかもはっきりしない。ただ、俺たちをゆっくりと地上へと送り届けようとしている。
『うまくやったな。洸平君』
安心したような源治おじさんの声。
「おじさん。これはギジオレの能力なの?」
『確証は無かったが、可能だとは考えていたよ』
「だったら言ってくれればよかったのに」
『余計な事を考えさせるとうまくいかないだろうからな。その判断は正しかったようだ』
まあ、結局は信じてくれていたって事か。
『なあに、あとはゆっくり降りて来ればいい。なあに、焦る事はない。安全な高度に来るまでは、平常心でな」
そうか出現したって事は消えるかも、って事か。
落ち着いていた方がよさそうだ。
「可奈子」
俺は腕の中にある、俺の邪念の塊に声をかける。
「ん?」
少し呆けたような顔を俺に向ける。
「もういいよ。離れても。多分、大丈夫だ」
この感触が惜しいという気持ちはやっぱりある。だが、その気持ちも良くないような気がして、そう言う。
可奈子は首を振った。
「離れると、落ちちゃいそうで・・・」
そう言って俺の胸に顔を埋めた。
どうにか俺が気を確かに持つしかなさそうだ。
ギジオレはゆっくりと数分かけて地上に降り立った。気休めに置かれたクッションに足を下ろす。
「はぁー」
大きく息を吐く。足が地面についている感覚を思い出す。
「可奈子、もういいよ」
胸の中に声をかける。
「可奈子?」
反応がない。
そっと腕に抱き起こしてみると、可奈子の寝顔が目に入った。安心したのか、安らかな寝息をたてている。
「・・・」
いつもは怒っていたり、大人っぽかったりする可奈子だが、眠っていると子供のよう。懐かしくも、安心した気持ちになる。
「・・・」
可奈子の寝顔をじっと見る。
いや、やめておこう。
俺は可奈子を隣のシートにそっと寝かせると、ギジオレを跪かせてコックピットハッチを開ける。
砂埃と、かすかな潮の香り。大きく息を吸い込んだ。
「あぁ、帰って来た」
シートに体を預ける。ほんの数分の出来事だったが、それまで緊張して力が入っていたのか、体のあちこちが筋肉痛のような痛みに襲われる。
俺も可奈子のように眠りたい。
見ると、皆が走って来るのが見えた。




