31
ギジオレが泳げるとは思わなかった。
「空は飛べないのに、海は泳げるのね」
可奈子も同じ事を考えているらしい。
「潜水艦みたいで楽しいです」
桧山さんは楽しそう。ギジオレは立ち泳ぎをしており、コックピット下半分が海に沈んだ状態なので海の中の様子も見る事が出来る。
「妄想力が高まったら、すごいスピードで泳ぐのかしら」
可奈子が言う。それはそれでシュールかもしれない。
「せんぱいが泳げなかったら、ギジオレも泳げないんですかねぇ」
ギジオレは俺の妄想力を元に操作するロボットである。俺の出来ない行動はできないのだろう。俺がカナヅチでなくて良かった。と言う事は、ギジオレが空を飛べないのは、俺が飛べないからか?
空を飛べないギジオレは虎杖浜市の海水浴場から海に入り、そこから五キロ沖合に浮かぶ人工島である地球連合軍の極東支部へ向かっている。長い歴史があるだろうが、ロボットに乗って泳いで上陸されるのは地球連合軍始まって以来初だろう。
「着替えてくればよかったわ」
可奈子は呟く。ロボットに乗るセーラー服姿は相変わらずなかなか面白い。今は海の上にいるからなおさら。
「地球連合軍の皆さんにサービスしましょうよ」
気楽な桧山さん。ギジオレに乗れて嬉しそう。
『ところで、よく地球連合軍への訪問が許されましたね』
ヘッドギアから源治おじさんの声が聞こえてくる。源治おじさんとクライナさん、晴人とクリオナは地球連合軍が迎えに来た無人船に乗っている。ギジオレは付かず離れずの距離を保って泳いでいる。
『トー・レ・ヴィオの名前を出しましたら、随分偉い人に繋がりましてね。ウルシハラさんと言いましたか』
『なるほど・・・』
源治おじさんの苦い顔が見えるようだ。
『それで、どんな話をしに?』
『うちのアンドロイドがお世話になっているようなので、引き取りに』
「アンドロイドはその後どうなるのかしら」
可奈子の声。トー・レ・ヴィオのアンドロイドには迷惑を被ったはずだが、実験に使われたと考えると同情してしまったようだ。
『ご心配なく。カナコさん。プログラムの調整や記憶の消去は必要でしょうが、破壊したり処刑したりといった野蛮な事はしません』
クライナさんの声に、可奈子は少し安心したように頷いた。
『それとアンドロイド達はいろいろな場所に兵器を残して行ったみたいで。それを探し出すための協力を要請したいと思いまして。この間ヘビみたいなメカが暴れたでしょう?』
校庭に現れたうねうねした奴だ。
『実は稼働させたのは私たちなんですよ。彼らを誘き出す事が出来るかなーって思いまして。そうしたらギジオレさんが倒してしまいましたね』
「余計な事をしましたか?」
『まあ気になさらず。ギジオレさんの勇姿が見られただけでも収穫です』
アンドロイドが達が動き出せばラッキー程度に思っていたのか。
『後は、銀河連合軍への加入の打診、という理由もあったんですが』
「銀河連合軍?」
魚の大群が通り過ぎるのを眺めつつ、聞き慣れない言葉に俺は声を上げる。
『その言葉通り、様々な星域の軍の寄り合いです。特に協力行動をとる事はありませんが、横のつながりを作る事で、今回のような事は無くなるとは思います』
『アンドロイドはその辺も考えていたのかな』
『そうでしょうね。銀河連合軍に加入している軍だと、誰も協力してくれないでしょうから』
晴人の疑問にこたえるクライナさん。
『おかげで俺たちは出会った訳だ。ねえクリオナ』
『そうですね。素晴らしい友人達に恵まれました』
『友人達か・・・』
落ち込んだ晴人の声。こんなやりとりを何度もしている気がする。
『銀河連合軍の加入の打診という話もあったんですが』
クライナさんは話を戻した。
『中央政府の中ではそのように話が進んでいたのですが、私の考えは少し違いまして』
『政府とは意見が違う、と言うのですか?』
『はい。私の考えでは、地球連合軍ではなく、あなた方に打診すべきではないかと』
あなた方?源治おじさんの事か?
『ギジオレさんを含むあなた方です』
『どういう理由で?我々は地球の代表者でも何でもない。ただの民間人です』
源治おじさんが言う。ただの民間人かはともかく、地球連合軍と肩を並べる存在ではない。
『ギジオレさんの存在です』
波をかき分け立ち泳ぎするギジオレ。こんなみっともない泳ぎ方をするロボットですよ。
『あなた方はご存知ないかもしれませんが、ギジオレさんの存在は銀河連合軍でも話題になってましてね。精神的な衝動をエネルギーにして動かす上、条件さえ整えばほぼ無敵、なんて兵器はありませんからね』
知らぬ間に地球どころか宇宙にもその名はとどろいているらしい。まさか、コックピット内部の様子も見られてないよなぁ。
「せんぱい、変な事考えましたね?」
後ろでタブレットを見る桧山さんが言う。
『ですから、私の考えではギジオレさんを私たちの手元に置いておくことが出来れば、他の星の軍に少なくない影響力を持てるのではないかと考えているんです』
私たちの手元?て事は、ギジオレをトー・レ・ヴィオのものにしたいって意味か?結局アンドロイドと同じ事を言っているのではないか?
『政治的な理由ですか?』
『そうかもしれません』
クライナさんの言葉は、様々な意味を含んでいるように聞こえた。
『拒否する事は出来ますか?』
源治おじさんの声から、あまり乗り気でない様子が伺える。
『もちろん、出来ますよ』
柔らかい微笑みが見えるようなクライナさんの声。
『ですが、出所は統合軍とは言え、ギジオレさんを作るための予算はトー・レ・ヴィオから出ているはずです。この場合の所有権は、地球ではどのように判断されますか?』
そう、この新ギジオレは元々はトー・レ・ヴィオに依頼されて作った物だ。どさくさで手元にはあるが、トー・レ・ヴィオの物だと言えなくもない。
『痛いところを突きますね』
源治おじさんの苦笑いが目に浮かぶ。
『あなたなら正しい判断をして下さると思います」
クライナさんがそう言うと、波の音だけが響いた。
穏やかな水面を眺めているだけなら、のんびりとした時間なのに。
「今年は海で遊べなかったわね」
可奈子がしみじみ言う。今年は夏からギジオレに関わってばかりだった。
「せんぱい、来年は海水浴に来ましょうね」
海水浴ねぇ・・・
「せんぱい、変な事考えました?」
考えてません。




