30
俺が元に戻ったと確認されたのは三日後だった。精神的にも問題がない事がわかり、三日振りに学校帰りに秘密基地に来ていた。
「あの黒いギジオレは何なんだろう」
「そこは覚えてんだ」
俺が呟くと、晴人はそう返してきた。
「その後の事は思い出さなくてもいいわよ」
可奈子がそっぽを向いて言う。
先日の夜の件に関しては、俺からは何も言っていない。何がどうなってあんな状況に陥ったのかはわっぱり分からないが、可奈子との関係を考えると触れない方が良さそうだ。
「その後の事って、膝枕とかですか?」
桧山さんが言う。
「膝枕って何?」
「覚えてないんですか?」
「桧山さんがクリオナに膝枕されてたけど」
「むむ。詳しく聞かせてもらおうか」
「へへっ。柔らかくて気持ちよかったですよ」
「すっかり眠ってしまったので、動けなくて大変でした」
クリオナが笑顔で言う。考えた事も無かったが、クリオナは眠らないのか。
「でも洸平さんと可奈子さんも——」
「いや、それはいいから」
眠らないクリオナにバッチリ見られていた事を思い出し、慌てて制止する。クリオナは不思議そうな顔をしている。
「そんな話をするために秘密基地に来た訳じゃない」
先日の事は今は置いといて、俺は応接スペースのパイプ椅子に腰掛ける。
「でも、黒いギジオレは心配よね。また現れたらどうなるか」
可奈子が眉間に皺を寄せている。俺もはっきりは覚えていないが、どうやら妄想力が吸い取られたらしい事を源治おじささんから聞かされている。そらから三日。今日になってようやく完全に元に戻ったと確認された。
「頭を掴まれてからおかしくなって——あそこで吸い取られたんだろうけど」
「妄想力って吸い取られると、あのようになってしまうのですね」
クリオナがニコニコしながら言う。あまり良さげな状態じゃなさそうなのに、なぜニコニコしているのだろう。
「俺も吸い取られてみようかな」
「全然覚えてないみたいだけど」
晴人が言うのを、可奈子は俺を指差して言う。俺の記憶の無い間に色々あったらしいのだが、何故か何も教えてくれない。特に可奈子が強く拒否している。桧山さんは言いたげだけど。
「出来れば覚えていたいな」
「それはただのスケベ心」
「でも洸平が元に戻って良かったよ。いや、戻らない方が良かったのかな?」
晴人は言って可奈子を見る。
「ふん」
可奈子はそっぽを向いてしまった。
そこへ源治おじさんが戻って来た。
「あー。やっぱり分からんな」
おじさんは言うと、肘掛けのついた椅子に座る。
「あっちの試作機は難しくないし無視してもいいんだが、黒いのはよく分からんな。ギジオレとほぼ同じ性能のようだが、妄想力をどうしてるんだか」
「妄想力で動いてたんだ」
「ああ、少なくとも妄想力と同等の性質を持つ物だ。どこかに溜め込んでいるんだか。ただ、どこで、どうやって?」
「俺から吸い取ったし」
「他人から奪った妄想力で動くなら厄介だ。パイロットが不要になるからな。少なくとも、妄想力をあてにするパイロットは必要ない」
「単純に機械操作だけでいいのか。ならアンドロイドにも出来そうだ」
無表情のアンドロイドを思い出す。そう言えば、まだ何人かいるのだろうか。
「そもそもあの黒いのは地球連合軍が作ったのか、トー・レ・ヴィオ側が作ったのかも分からない。あの試作機を見る限り、地球連合軍側のセンスではなさそうだが」
地球連合軍が作ったと思われる試作機ロボを思い出す。ロボットと言うよりはパワードスーツのような造形は、ギジオレとも黒いギジオレとも似ていない。
考え込む源治おじさん。
その時、
「こんにちわ」
秘密基地の入り口から声がした。誰かがいる限り鍵をかける事は無いのでドアを開ける事はできるが、今まで勝手に開けた人はいない。
俺たちが揃ってそちらを見ると、妙齢の女性が顔を出していた。おばあさんと言うには少し失礼かもしれないが、俺たちはもちろん、源治おじさんよりも年長に見える。
俺には見覚えが無いが、上品そうなその雰囲気は誰かに似ている。
「お母様」
クリオナが立ち上がった。え?クリオナのお母さん?
クリオナはその女性に駆け寄ると、控えめに抱きついた。いつもと少し違う、子供のような笑顔を見せる。
「クリオナのお母さんだって?」
少し緊張した面持ちの晴人。一歩進み出る。
「え、えー。わたくし、長月晴人と言いまして」
「ああ、ハルト・ナガツキさんね。クリオナから聞いてます」
クリオナのお母さんは笑顔を見せる。笑顔は二人そっくりだ。
「良いお友達だそうで」
「お友達・・・」
絶句する晴人。不思議な事に、ここの関係は全然進展しない。
「あとはコウヘイ・サクラガワさんと、カナコ・タケウラさん。あら、この可愛らしい方は?」
「私は桧山みのりですっ!クリオナ先輩とは一夜を共にした仲です」
「きちんと友達を作れているのね。安心したわ」
そう言ってお母さんはクリオナの頭を撫でる。クリオナは猫のようになっている。
「失礼ですが」
「あら、あなたがゲンジ・タケウラさんね。ギジオレさんを作った」
「ええ、そうです。それより、クリオナ君のお母様と言う事は——」
「ええ、そうです」
お母さんは頷いた。
「クリオナを・・・クリオナXTD558を作ったのは私、クライナ・フォン・デルタです。私の若い頃をモデルにしたんですのよ?我ながら美人でしょ?」
「え!クリオナ先輩ってアンドロイドだったんですか!?」
クライナさんの言葉を聞いて桧山さんが声を上げる。
「そう言えば言ってなかったわね」
「でも見れば見るほど——」
桧山さんはクリオナをまじまじと見る。頭のてっぺんから足の先までじっくりと。
「人にしか見えません。太ももは柔らかかったし」
そう言ってクリオナの太ももをつつく。
「わかりました」
桧山さんはぽんと手を叩くと、クリオナに抱きついた。胸に顔を埋めてくんくん匂いをかいでいる。
「うーん。汗の匂いがしない・・・」
そう言って離れると、今度は可奈子に抱きついた。
「可奈子先輩、いい匂い」
「私は関係無いでしょうに」
可奈子は困惑しながら言う。桧山さんが本気なのかどうか分からない。
「それはそうと」
源治おじさんがどうでもいい会話を遮った。
「あなたはなぜ今ここに?先日の地球連合軍のお粗末な戦闘とは何か関係が?」
クライナさんはクリオナから手を離すと、
「関係あると言えば関係ありますが」
何だか言いにくそうだ。
「彼らの行動そのもにには関係ありません。ただ、私たちが知りたかった物は確認出来ました」
「私たち、とは?」
「トー・レ・ヴィオの統合軍以外の者の事です」
クライナさんはクリオナにそっくりな柔らかい笑みを浮かべると、
「トー・レ・ヴィオの統合軍は——正確に言うとアンドロイド達は、私たち中央政府の人間に対してクーデターを計画しています」
「それで彼らは地球に来たんですか?」
「おそらくそうでしょう。統合軍にはある程度の裁量が与えられてはいますが、別の惑星に侵略行為を行う事は許されていないですし、私たちには何の報告も上がって来ていません。ですから、何か別の狙いがあったのでしょう」
「地球連合軍との接触も、早い段階で行われていた、と」
「そうでしょうね。現地の軍と協力する事は理にかなっています。源治さんにギジオレさんを作らせてから、それを共同で研究するつもりだったんでしょうかね」
「結局手に入らず、地球連合軍が動いた、と」
源治おじさんは副司令官の顔を思い出したのか,苦々しい顔をした。
クライナさんはクリオナの頭をもう一度撫でる。
「そこでクリオナを軍に派遣しましたが、そこからあなたがたの元に派遣されるという流れは期待以上でしたね」
トー・レ・ヴィオの中央政府から軍に派遣されて、そこから地球に派遣されて俺たちは出会ったのか?二重スパイみたいな事をしていたんだな、クリオナは。
「おかげで統合軍がギジオレさんに興味を持っていた事がわかりましたし、ギジオレさんがどういう兵器なのかも分かりました。おもしろい兵器ですね。ギジオレさんは」
「でも、どうして彼らがギジオレに興味を持っていると思いますか?私たちも考えたんですけど、彼らが自分たちには扱えないギジオレに興味を示す理由が分からないんです」
可奈子が言う。そう言えばそんな話をした事があった。
「おそらくですが」
クライナさんは可奈子の方を見ると、
「中央政府の見解では、ギジオレさんのような兵器を我々にあてがって、『暴走』させて自滅を狙っているのではないかとの憶測が信憑性を増しつつあります。それで、本当に有用かどうかを確認している段階かと」
「その確認のために俺たちを連れ去ろうとしたのかな」
「妄想力を吸い取ったり」
俺は可奈子と顔を見合わせる。それなら彼らの行動の理由も分からないでもない。俺をギジオレに乗せて『暴走』するかどうかを確認する。しかし、パイロットが暴走したとしてそれが自滅に繋がるのだろうか?
「我々の観測では、『暴走』したとしてもパイロットの精神に異常が来たすだけで、例えば同志撃ちをするような自体にはならないんじゃないかとの見解も出てます。ほら、ギジオレさんのコックピットで起こったような」
「あれは・・・」
「えっと・・・」
「うふふ。せんぱいと先輩が・・・」
俺と可奈子、そして桧山さんの反応。確かに、コックピット内部で色々あっただけで、外部を攻撃しようという事態には陥らなかった。それに、顔面に強烈な一発もらうだけで治ったりもした。と言うより、まさかその辺も観察されていないよな?
俺たちが複雑な顔で考えていると、
「ちょっと待て。同志撃ち?」
源治おじさんが声をあげた。
「そうです」
クライナさんが頷く。
「先日地球連合軍が行った戦闘は、地球連合軍にとっては失敗だったかもしれませんが、トー・レ・ヴィオの統合軍にとっては成功したと言えるかもしれません」
クライナさんの言葉を受け、源治おじさんは考えこんだ。
「それなら・・・あの黒いのは一体」
結局最初の疑問に戻った。現在の状況をある程度推理はできたが、それがまだ分からない。
「まあそれはともかくとして」
クライナさんはぽんと手を叩く。
「これから地球連合軍に伺う事になっていますから、実際に聞いてみましょう。ご同行願えますか?」




