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妄想ロボ ギジオレ  作者: みつつきつきまる


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「せんぱい、せーんぱい」


 それが俺を呼んでいる声だと気づくまで数秒を要した。


 積星高校の廊下。ついさっき授業が終わり、帰宅の時間。三人にはひと足先に校門で待っていてくれるよう言って、職員室で用を済ませて出て来たところだった。


 振り向くと、


「ああ、桧山さんか」


 目のまん丸な小柄な女の子が、通学鞄を抱えて立っていた。長い髪の毛をツインテールにして、人懐っこい天真爛漫な笑顔を浮かべている。


 桧山みのり、積星高校一年生にして、美術部の後輩。


「これから部活?」


「はい。文化祭に向けて美術部としても準備がありますから」


 桧山さんはそう言うと、俺を上目遣いに見て、


「せんぱい、最近全然部室に顔出さないじゃないですか。先生もたまには顔だしてほしいなぁ、って言ってましたよ。そもそも部員も少ないんだから、こう言う時期は人手不足なんですよ」


 まあ確かに。夏休み前までは少なくとも週に二、三回は顔を出してはいたが、ギジオレ関係で忙しくなってからほとんど顔を出していない。もともとそんなに活発に活動する部活でも無かったので、問題無いと言えば問題無いのだが。


「もうそんな時期か。今年の文化祭は何をするんだい?去年は作品展示でお茶を濁したけど」


 去年、文化祭ではそれまでの美術部の活動実績として、制作した作品を展示する企画が行われた。しかし実情は、実質三人しかいなかった美術部員だけでは足りず、可奈子や晴人にも適当な作品を作ってもらったのだった。


 そして今年四人目の部員となった桧山さんは、


「今年はお化け屋敷らしいです」


「美術部なのに?」


「美術部なのに」


 鸚鵡返しに答える桧山さん。


「関谷部長が今年は普通に青春がしたいって言って、そうなりました」


 三年生の部長にしてみれば、最後の文化祭か。三年生は部長の他にもう一人。そう、このままだと来年は部員が二人になってしまう。


「だから、準備とか忙しいんです。だからせんぱい」


 桧山さんが俺の手を取った。


「ここで会ったが百年目なので、一緒に部室に来て下さい!」


 強い力で引っ張られる。


「ちょ、いや、あの、こ、今度ね!」


 そう言って逃れようとするが、思いの外桧山さんの力が強い。しっかり掴んで離さない。


「ダメです!そうやって逃げるつもりでしょう!」


 桧山さんは俺の腕をしっかりと胸に抱えて引っ張った。


 胸に抱えて・・・?


 一気に頭に血が昇る。


「ま、待って桧山さん!ちょっと離してくれないと!」


「離しません!今日はせんぱいに来てもらうんですから!」


 さらに強く俺の腕を抱える桧山さん。俺はどうにかその柔らかな感触から逃れようともがくのだが、なかなか手はほどけない。どころか、さらに押し付けられる。


「いや、ま、まずいって!」


 そう言って俺が腕の力を抜くと、桧山さんの胸から腕がするりと抜ける。


「ぅひゃぁぁぁ」


 変な声を出して桧山さんはひっくり返って、スカートの中の純白が目に入った。いや、すぐに目を逸らしたから、見ていない。本当に。


 一瞬の沈黙。


「こほん」


 桧山さんがわざとらしく咳払いする。立ち上がって、スカートについた汚れをぱしぱし払っている音がする。


「桜川せんぱい」


「えー、はい」


「見ましたよね」


「見てません」


 桧山さんは目を逸らして即答した俺をじっと見ている。


「見ましたよね」


 再び桧山さん声。


「えーと、み、て、ま、せん」


「じゃあ何色だか言ってみてください」


「白でした」


 しまった。


「やっぱり!」


 桧山さんは腰に手を当てて俺を見上げて声をあげる。


「見ただけならまだしも、嘘をつくなんて!」


 見たのはいいのか?


「いやでも、俺も見るつもりはなくて——」


「わかりました」


 桧山さんは俺の鼻先に指を突きつけると、


「罰として、パンツ見たお礼として、今度の日曜日に買い出しに付き合ってもらいます」


「に、日曜日?特に用事は無かったと思うけど。いや、なんで付き合わなきゃならないんだよ」


「付き合ってくれなきゃ」


 桧山さんは歯を見せて笑い、


「竹浦先輩に言いつけますよ」


 何でそうなるんだよ・・・




「と、言うわけで日曜日に後輩の買い出しに付き合う事になった」


 三人に会うなり俺はそう説明した。ただ、胸に抱えられた件や、パンツの件は話していない。そのせいで特に理由もなく後輩の買い出しに付き合う、という妙な話にはなった。


「美術部の桧山みのりちゃん?あのちっちゃくて可愛い子だろ」


「よく知ってるな」


「俺のネットワークを舐めるな。みのりちゃんといえば、ちっちゃいのにおっきいって評判だぞ」


 俺の腕に感触が甦る。


「どういう意味ですか?」


 クリオナの疑問に笑顔を返すと、晴人は俺を二人から引き離すと、


「ここで可奈ちゃんにヤキモチを妬かせる展開とは、なかなかやるね、お前も」


「そうじゃないって!」


 言いながらちらりと可奈子の方を見る。眉間に皺をよせて、口をへの字に結んでいる。なんか、あからさまに機嫌が悪そうだ。


 俺は可奈子に向き直って、


「いや、だから違うんだって。後輩に最近部活に来ないから手伝えって言われて。最近忙しいみたいだから手伝う事になったんだよ」


 決して嘘は言っていない。言っていない事がいくつかあるだけ。ただ、なぜこんなに言い訳しているように聞こえるのだろう。そもそも、なぜ可奈子に言い訳しているのだろう。


「ふーん」


 機嫌悪そうな顔で、機嫌悪そうな声。


「その、可愛い子と買い物でも何でも行けばいいじゃない。私たちには関係無いもの」


 そしてぷいと踵を返すと、さっさと一人で帰って行く。


「ちょっと待てって」


 慌てて追いかける俺。可奈子は振り向きもしないでさっさと行ってしまった。


「可奈子さんはなぜ怒っているのですか?」


「さあね、盗られるって思ったんじゃない?」




 そして日曜日。待ち合わせ場所である虎の銅像の前に、時間五分前には桧山さんもやって来た。


「お待たせしました」


 フリルのついたミニスカートに、フリルのついたブラウス。可奈子もクリオナもあまり着ないタイプの洋服に包まれて、桧山さんは跳ねるようツインテールを揺らしてやって来た。


「そんな格好するんだね」


 桧山さんに手をあげて応えながら言う。


「それだけですか?」


 後ろで手を組んでこちらを覗き込んでくる。


「えーと」


 少し思い出す。


「似合ってるよ」


「ダメです。可愛いって言ってくれないと」


 どうやら不合格だったらしい。女の子って難しい・・・


「でもスカート短すぎると思うけど」


 白い太ももに少しどぎまぎする。いや、可奈子もいつもこれぐらい出してるか。ショートパンツだが。


「せんぱい、これぐらいが好きかと思って」


 どう思われてるんだ、俺は。


「さあ、行きましょう。せんぱい。早く買い出し終わらせて、デートするんですから」


「どういう事だよ」


 桧山さんに手を引かれる俺。なんか、この子といると調子が狂う。そう思いつつ向かったのは、裁縫ショップ。


「ここでは何を買うの?」


「お化け屋敷をやるんで、幽霊役用に大きな布を。あとは細々した布とか鈴とか」


「ちなみにお化け役は誰?」


「関谷部長と、小山田先輩。そして、桜川せんぱいです」


「いつの間に俺まで・・・」


「せんぱいには責任を取ってもらわなきゃいけないですからね」


「何の責任だよ」


 言いながら、買い物を続ける。大きなグレーの布三枚と、目とか口とかを表現するのか、黒や白のフェルト。そして小道具に使うらしい鈴。この裁縫ショップで買うのはそれぐらいか。


「次は画材屋に行きます。買い出しのついでに絵の具の買い物も頼まれたんで、それを買って行きます」


 そう言って画材屋に向かうと、桧山さんはてきぱきと足りない絵の具を手に取り、買い物かごに入れて行く。


「関谷部長は白を使いすぎなんですよ。だがら、いつも白がすぐになくなっちゃう」


「あー確かに部長は白好きだよね。何の汚れもない、純心無垢な色だって」


「ちょっとキモいです」


「言ってあげるな」


 そう言いつつ、買い物を続ける。


 桧山さんは念の為と言って希釈液を手に取った。


「小山田先輩は神経質だから、修正が多いんですよね。修正してる間に本来の目的を忘れちゃうって言うか」


「目の前の事に集中する人だからね。うまくハマればすごい絵を描くんだけど」


 美術部の二人の先輩はそれぞれクセがある。悪い人たちではないし、嫌いではない。


「でも私」


 スケッチブックを手に取りながら桧山さんが言う。


「桜川せんぱいの事、あまり知りません。どんな絵を描くのか、どんな色が好きなのか」


 少し悲しそうな顔をする。そう言えば、桧山さんが入部した頃に少し絵を描いていたくらいで、あとは部室にいても先輩方と喋っているだけだった。


 一緒になって騒いでいた桧山さんだから、そんな事を気にしているとは思いもしなかった。


「まあいいです。これを買ったらデートですからね!」


 彼女の言う通り、その後はデートになった。一緒に洋服店を回り、試着した姿を眺めたり、ゲームセンターでぬいぐるみを取ろうとして取れなかったり、一緒にクレープを食べたりと、普通にデートだった。


 確かに楽しかったが、なんだか罪悪感。桧山さんに対してなのか、そうじゃないのか、自分でもよく分からない。


「せんぱい。ごめんなさい」


 買い出しも終わり、ひとしきり遊んだ後、そろそろ帰ろうかとなった時に桧山さんはそう言って来た。


「謝る事はないよ。俺も楽しかったし」


「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど」


 桧山さんは少しうつむいた。


「私が無理言ったんで来てくれたのは分かってます。せんぱい優しいですから。でもそれに甘えているようで、なんだか申し訳ないです」


 天真爛漫に見えるけど、そういう事も気にするんだ。


「私じゃ、竹浦先輩にはかないそうにありません」


 なんでここで可奈子が出て来るんだか。ただ、俺が感じた罪悪感の一部は、可奈子に対してなのは間違いない。なぜだろう。


「でも、私は言わなきゃならない事があるんです」


 伏目がちに俺を見る桧山さん。これは、もしや——


 期待と不安で高鳴る心臓を抑えつつ、桧山さんの言葉を待った。


 桧山さんは意を結したように、


「せんぱい。巨大ロボに乗ってませんでした?」


 俺の胸の高鳴りを返してくれ。

 

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