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「なんだとぉ!」
トー・レ・ヴィオとの取引の現場に選ばれたのは、例の地球連合軍の訓練場だった。地上での取引となると何かが起こると周囲に影響が出かねない。周囲に迷惑をかける事がないような場所、そして地球連合軍のお膝元なので、下手な事は出来ないだろうという理由で、ここが選ばれた。
そんなコロッセオを思わせる訓練場を見下ろす場所にある制御室で晴人の声が響いた。怒りに拳を振るわせて、鋭い目つきで俺を睨んでいる。
「な、なんだよ」
晴人の雰囲気に気押されるように,俺は弱々しく言い返す。
晴人は信じられないと言った顔で、
「一週間も同じ屋根の下にいたというのに、何事も無かっただと!」
そう叫ぶと、隣のスツールを蹴飛ばした。
「声が大きいって」
俺は制御室を見回す。今は源治おじさんは可奈子とクリオナを連れて地球連合軍の担当部署へ話をつけに行っているため、制御室には俺と晴人しかいない。源治おじさんは訓練場の使用に関する事と、もし何かあっても大目にみてもらえるようにとの、都合のいい話をするつもりらしい。可奈子とクリオナを連れて行ったのは、『若い女の子を連れて行った方が無理を聞いてくれるだろうからな。どうせおっさんの集団だ』との理由。
留守番する事になった俺と晴人は、他愛もなく意味もないバカ話をしていたのだが、可奈子が俺の家に泊まりにきた時の平和な話をすると、急に怒り出した。
「最初、あんなに悩んでたくせに・・・そんなに平和に終わってたまるか!もっとあるだろ、こう、甘酸っぱい出来事が」
「何を期待してたんだか分からないが」
「ふざけるなよ。あとは『間違えて入浴シーンを覗いちゃった』とか、『朝目を覚ましたら同じ布団で寝てました』とか、『洗濯してたら彼女の下着が』とかイベントが残っているだろう!」
「変な期待するなよ。ある訳が無いだろう」
呆れてものが言えない。
「そういう話が聞けると思って楽しみにしてたのに。とんだ期待はずれだ」
随分な怒りよう。期待はずれとまで言われてしまった。
「ひとの事より、自分の方はどうなんだよ」
そう、晴人はいつも俺と可奈子を気にしているが、晴人とクリオナはどうなっているのか話す事はあまりない。
「俺とクリオナか?俺はお前と違って頑張ってる」
キッパリと言う。俺を引き合いに出すな。
「俺は素直に気持ちをぶつけて、素直なアクションを起こし続けている。お前と違って。だがな——手応えがない」
「手応え?」
「クリオナは俺の気持ちに答えてくれるし、嫌われていないとは思ってるんだけど、うーん、何だろう。何を言ってもただただクリオナの耳で受信しただけ、って感じがする。心に響いていないというか」
心ねぇ。アンドロイドであるクリオナに心があるかどうかは別にして、俺から見ると二人は順調に距離を近づけているように見えている。
「努力する必要の無いお前にわかる訳はないが」
どう言う意味だ。
「相手が人間だろうとアンドロイドだろうと、心を掴むのは難しい。それを今実感しているところだ」
晴人はしみじみ言った。
「晴人も悩んでるんだな」
「洸平と違う悩みだがな」
そうして落ち着いたところへ、三人は帰って来た。
「取り敢えず話はつけた。ここで何かあっても、無条件ではないがある程度は目を瞑ってくれるらしい。その代わり、報告書を出すように言われたが」
相変わらず薄汚れた作業着姿の源治おじさんが言う。
「無条件で見なかった事にしろ、なんて無理に決まってるじゃない」
デニムのショートパンツにTシャツ姿の可奈子が呆れたように言う。
「交渉では、まず無理難題をぶつけるのが常套手段だからな。譲歩したと見せかけて相手からよりよい条件を引き出す」
「実質こちらには不利益はありませんからね。良かったと思います」
ふわっとしたスカート姿のクリオナがそう言って笑う。いつの間にか晴人は寄り添っている。
「じゃあトー・レ・ヴィオはもうすぐやってくる。洸平君と可奈子はギジオレで準備しておいてくれ」
トー・レ・ヴィオは約束の時間通りにやってきた。競技場を覆い尽くしてしまうような宇宙船が上空を占拠した。恒星の光が遮られて辺りが暗くなる。
「来たわね」
俺と可奈子はギジオレに乗り込んで競技場の真ん中にいた。隣には、ギジオレがすっぽり治ってしまうような縦長のコンテナ。ここに新ギジオレが入っているらしい。
源治おじさんと晴人とクリオナは制御室から見守っている。
警戒していると、宇宙船から小さな偵察機のような宇宙船が発射されると、競技場の透明な天井を開けて入って来た。競技場の中心、ギジオレの正面に着陸すると、いくつかの小さな影が姿を現した。
「やっぱり同じ顔だな」
人物の姿をズームアップすると以前に見た少年の姿。あのテレビに映った、黒いワゴンを運転していた、あの少年と同じ姿。少年型アンドロイドが三人整然とタラップを降りてきた。全員同じ顔だが、襟についているバッジの色や数が少しずつ違う。階級を表しているのだろうか。
そして三人はギジオレの前までやって来ると、
『約束の物は持って来てもらったのですね』
先頭を歩いている少年の声がヘッドギアから流れてくる。襟元を見ると黒地にゴールドのライン。この中では一番高い階級だろうか。
「嫌な声」
可奈子が言う。今回はセカンドシートにもヘッドギアが追加された。可奈子のリクエストらしい。
可奈子の言うように、柔らかく穏やかな声だが、無機質な声。一瞬だが、三人のうち誰が声を出したのか分からなかった。
『洸平君、コンテナを開けろ』
源治おじさんの声に応えるように、俺はギジオレを操作してコンテナを開ける。コンテナの全面が観音開きに開き、内部の物体があらわになる。
俺の乗っているギジオレより頭一つ分くらい小さいロボット。ただの箱ではなく、筋肉を模したかのような丸みを帯びた手足、逆三角形に絞られた胴体。羽のようなアンテナを両側に配した、コンパクトな頭。体の所々に赤いワンポイントのある、新ギジオレ。
「こいつとは大違いじゃないか」
思わず呟く。
「どうせなら、俺もあっちがいいな」
「私はこっちも嫌いじゃないけどね」
『いや、あっちの方が格好いいって』
『そんな事を言ったらギジオレさんがかわいそうです』
様々な意見のある中、新ギジオレはコンテナの中からするする出てくる。足の裏の車輪で多少自走する事が出来るらしい。前進してきたギジオレに、後列の少年二人が駆け寄る。
『マニュアルデータはクリオナ君を通して渡してある。ある程度は動かせるはずだ』
源治おじさんの言う通り、少年二人は新ギジオレの踝の辺りを何か操作する。すると、ギジオレがゆっくりと左膝を地面に着けて跪いた。
「反省ポーズじゃないんだな」
コックピット乗り込みようのポーズだと察し、俺は呟く。やっぱり、あっちの方がいいなと思いつつ眺めていると、少年二人がコックピットに乗り込んだ。そこまでの手順はこっちと変わらない。
コックピットハッチが閉まる。新ギジオレはゆっくりと各部の稼働を確認し始める。手足を曲げ、歩いて見る。
『やはり操作方法は覚えてきたか』
『ちなみに今操縦しているのは、私達をさらったワゴンを運転していた彼です』
やはり乗り物専門のアンドロイドもいるのか。
そう思いながら眺めていると、新ギジオレがギジオレの正面に位置した。なんだ、見せびらかしてるのか?
少し羨ましいなと思っていると、新ギジオレの両手が伸びてきて、ギジオレのコックピットをがしっと掴んだ。
「な、何だ!」
「何!?」
新ギジオレは、ギジオレのコックピットを引き剥がそうとしている。同様しつつ俺は、新ギジオレの両手を掴み返す。すると、
『動かないでいただけますか』
上空から声がした。
見上げると、トー・レ・ヴィオの宇宙船の機種にある筒状の何かが、ギジオレの方を向いていた。どうやら、主砲。
『動くとあなたたちだけでなく、このコロニーごとこの主砲で撃ち抜きます。そしてその破片は、地球へと降り注ぐでしょう。私の言葉を無視するのは賢明ではありません』
「なっ・・・」
言葉を失う。急に地球の命運を掴まされた。
『おとなしくして頂ければ、この主砲が火を吹く事は無いでしょう。あなた方が無謀でない事を望みます』
新ギジオレはギジオレのコックピットを引き剥がそうと力を強めていた。
『あなた方パイロットを頂きます』




