19
平日の夕方と言うこともあり、虎杖浜駅前は家路に着く人達で混み合っていた。しかし、待ち合わせ場所である虎の銅像の前にはほとんど人はいいない。俺は今そこに立っている。
あれから結局一緒に同じ家に帰った俺と可奈子だが、同じように一緒に出かければいいものを、なぜか先に行っててと言われ、一人で虎の銅像の前での可奈子を待つ事となった。
普段可奈子と一緒に出かけるときは、可奈子が俺の家まで迎えに来る——叩き起こすのが通常だが、こうして待ち合わせをするのは滅多にない。そりゃ、家が隣同士だし。
それに、よくよく考えてみれば、何か目的を持って一緒に出かける事などほとんどなかったように思える。何となく一緒にいて、暇だからどっか行こうか、と言って町へ出て、目的もなくうろうろする。あるいは、どこにも行かずに家で時間を潰す。そんな行動が多かったように思える。それも良かったりもするが、今日みたいに目的地を決めて一緒にでかけるなんて、ちゃんとしたデートみたいな事がこれまであったっけ。
でもまあ、デートと言っているが、幼馴染みが一緒に出かける事をデートと呼んでいいものか。恋人同士だったり、そうなりたいと思う人達の行動をデートと言うのではないか?
そう考えると少し恥ずかしい。俺は足元の鳩たちに目を落とした。
と、
「待った?」
「いや、さっきまで一緒にいたろ」
桜色の膝丈のスカートに、白いシャツ。桜色のカーディガンを羽織った姿の可奈子がいつものポニーテールを揺らしてやって来た。
「そんな服持ってたんだな」
昨日も思ったが、可奈子がスカートを履くのな珍しい。普段はショートパンツ姿が多いので俺はあまり見慣れない。
「悪く無いんじゃない?」
「そうじゃないでしょ」
「え?」
「こんな時は何て言うの?」
少し不満そうな可奈子。上目遣いで俺の顔を見ている。
はたと気づいて、
「似合ってるよ」
「・・・まあ、許してあげましょう」
どうやら満額回答では無かったようで、まだ不満そうではあったが、どうにか納得はしてくれたらしい。
「どうしようか。先に映画を観に行くかい?それともご飯も食べて行く?」
「晩御飯は洸平の家で食べたいな。それに、今日は洸平がエスコートしてくれるんでしょ。こういう時はちゃんとリードしてくれないと」
「そうだったか」
あまり経験が無いからよく分からない。彼女がいた事もない上、昔から可奈子の後をついていく事が多かったし。
そうやって小さかった時の事を思い出す。あの頃はいつも一緒にいたっけ。・・・いや今もか。
「はい」
可奈子が手を差し出してきた。
「何?」
可奈子は何も言わず手を差し出して俺の顔を見ている。
俺は少し考えて、その手をとった。
「そっ」
嬉しそうに笑顔を見せた。昔から知っている、可奈子の笑顔。
「昔みたいに、ね」
「昔はずっと手を繋いでたなぁ」
思い出す。どこに行くにも一緒で、どこでも手を繋いでいたっけ。それが同級生にからかわれたりしたけど、ずっとそれは変わらなかった。
中学生になる頃にはさすがに手を繋ぐ事はなくなったが、改めて手を繋いでみると昔に戻ったような気分になる。そりゃ、女の子と手を繋ぐ事に気恥ずかしさは感じるが、柔らかくて暖かい感触と可奈子の笑顔に心地よさを感じる。
「じゃあ、行こうか」
「うん。でもその前に」
可奈子は虎の銅像の方を見た。
「いるんでしょ」
呼びかけると、銅像の後ろから見覚えのある顔が二つ出てきた。
「バレてたか」
「すごい素敵です」
晴人とクリオナが各々言いながら出て来た。
「覗いてたのか?」
「クリオナと待ち合わせしてただけだよ」
「二人が幼馴染みという関係に留まれるかどうかの瀬戸際だ、って言ってました」
「相変わらず変な事教えるのね、晴人」
晴人はいつもの素知らぬ顔で、
「親友が心配で来ただけだよ。アドバイスした責任があるしな」
そうだ。晴人のアドバイスに従って来たんだ。それは今実を結びつつあるが、ただそれは可奈子は知らないはずだ。
「晴人の入れ知恵だったの。らしくないと思ったけど。でも、ありがとう」
可奈子の言葉に少し驚いたような晴人。だがすぐに安心したように、
「クリオナ、俺たちはもう帰ろうか。送っていくよ」
「はい。ではまた明日」
丁寧にお辞儀をするクリオナと共に帰って行った。晴人なりに気を遣ったらしい。付かず離れずな距離感で帰って行く二人の後ろ姿を眺めながら、
「二人の事見守ってるつもりだったけど。見守られてたのね」
可奈子はふっと呟いた。
「じゃあ、早く行こうか。晩御飯に間に合わなくなる」
俺はそう言って可奈子の手を引いた。
その日は手を離す事は無かった。
それからの日々は、正直言って楽しかった。朝一緒に——四人で学校に行き、学校帰りにはもはや溜まり場になった秘密基地で時間を潰し、二人と別れた俺は可奈子と家に帰る。
可奈子が母親と一緒に料理を作るのを父親と一緒に眺めて、一緒に食卓を囲む。可奈子が一人いるだけで食卓が華やぐようで、何を食べてもおいしいと感じられる。と言うと怒られるだろうか。
それからは昔みたいに一緒にゲームしたり、漫画を見たりして過ごす。時折、無防備な可奈子にどきっとするけど、それは晴人のアドバイス通り、いいもん見せてもらった、で済ます方が悩んだり戸惑ったりするより精神衛生上はいいらしい。
今まで通りの二人。それが戻った気がする。
そんなこんなで楽しい一週間を過ごし、明日は源治おじさんがトー・レ・ヴィオにギジオレを引き渡す日。ひとまず、可奈子を預かるのは今日で最後となる。
「お世話になりました」
夕食の席で可奈子は両親に言った。
「まあまあそんな。もっといればいいのに」
「そうだよ。別に隣なんだからうちにいても変わらないんじゃないかな」
「そぉ。もう娘みたいなものじゃない」
「源さんに言ってみようか。娘にしたいって」
三人で何やら盛り上がる中、俺は茶碗を手に可奈子を見る。明るくきびきびした可奈子は、見れば見るほど昔と変わらない。
俺の視線に気づいた可奈子。
「あとでまた部屋に行くから」
その言葉通り、夕食を終えてシャワーを済ますと、
「洸平、いる?」
「ノックしてから開けろって言ってるだろ」
「いつもの事じゃない」
いつものように机に向かっていると、可奈子はそう言って部屋に入って来た。いつもの動きやすいルームウェアで可奈子はベッドに腰掛ける。そう、可奈子はいつも急にドアを開ける。これで俺が変な事をしていたら、そんな事をしていた俺が悪い。
「シャンプー変えたのか?」
「うん。やっぱりいつものがいい。よく分かったわね」
「いつもの匂いだからな」
「いやらしい」
「そうじゃ無いって」
言いながら笑い合う。前はこんな事で気持ちが揺らいでいたな。
「どう?勉強は進んでる?再テストは月曜日でしょ?」
ベッドに落ちていたマンガをぱらぱらめくりながら可奈子が言う。そう、俺の進級をかけた再テストが月曜日に控えている。金曜日の今日を入れて三日しかない。だが、
「可奈子が色々教えてくれたおかげで、何とかなりそう」
可奈子が泊まりに来ていることを良いことに、勉強を教えてもらっていた。夏休みといい、可奈子に教えてばっかりだな。
「可奈子は教えるのが上手だからな。いつも助かってるよ」
「その割に成績が上がらないのはなんで?」
「多分可奈子に教えてもらいたいからだよ」
「じゃあ、もうちょっと厳しくしようかな」
そう言って可奈子は舌を出す。
「テストが駄目になったら、後輩になっちゃうかもしれないからね」
「まあ、大丈夫だろ。明日何もなければ」
そう言いながら机に向かう。
「明日ねぇ」
明日は源治おじさんが作った新型のギジオレをトー・レ・ヴィオに引き渡す日。源治おじさんは完成するまで誰にも見せたくないらしく、新型ギジオレは俺も可奈子も目にはしていない。進捗状況も話してくれないので、明日本当に完成品を引き渡せるのかどうかも分からない。
そして結局、トー・レ・ヴィオの本当の狙いも分からない。
可奈子を俺の家に預かったからかどうかは分からないが、トー・レ・ヴィオの連中が俺たちに近づく様子は無かった。一応は警戒していたが、何の音沙汰もなく拍子抜けしたくらいだ。
明日それが済めば、全てが終わるのか。
「そう言えば、クリオナってどうするのかしら」
「クリオナ?」
「そう、クリオナ」
クリオナは建前上、トー・レ・ヴィオの統合軍から派遣されている事になっている。やはり建前上の役割は俺たち、特に源治おじさんの監視。ギジオレが出来るまでを監視する役割を担っている、事になっているが、今ではただの俺たちの友達。
「トー・レ・ヴィオが目的を達成したら、役割は無くなっちゃうんじゃないかな。だったら、地球に留まる意味が無くなっちゃうと思うのよね」
「確かにね。友好的に終われば、そのまま留学したままでいられるかもしれないけど——どうかな」
トー・レ・ヴィオが友好的に事を済ませようとしているとは俺と可奈子どころか、源治おじさんも思っていない。
「本人もよく分かってないみたいなのよねぇ」
可奈子は何度か聞いているようだが、はっきりとした答えは無かったらしい。晴人は、あえて聞いていないらしい。
そもそもクリオナはどんな手続きで留学になったのだろうか。惑星ディディエからやっって来たと言っておきながら、実はトー・レ・ヴィオだったとか、実はアンドロイドだったとか、手続き上の不備というか偽造と言うか、そんな問題が明るみになれば、学校にはいられなくなるのだろうか?とは言え学校にいられないだけで地球には残れるのか?本人が残りたいといったら残れるのか?
何にしろ、トー・レ・ヴィオ次第という事か。
「やっぱり明日になってみなきゃ分からないって事だね」
俺が言ってベッドの方に振り向くと、
「・・・」
うつ伏せになってベッドに寝ている可奈子の姿があった。
俺の目に映っているのは先日と同じ姿の可奈子。まあ、いいもん見せてもらった、という類の姿ではあるが、あの時のような変な気持ちにはなりそうにない。
俺はほっとしつつ、可奈子の姿を眺める。
「寝顔は子供の頃と一緒だな」
時計を見ると十時を過ぎたところ。俺はノートを閉めると、ベッドの下に横になった。こうして同じ空間で寝るのは、子供の頃以来か。
「おやすみ、可奈子」
電気を消し、目を閉じる。
「おやすみ、洸平」
夢うつつの中で、可奈子の声が聞こえた気がした。




