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「なあ、何か緊張するな」
「何で緊張するんだよ。また四人で映画観に行くだけだろ」
待ち合わせ場所の虎杖浜駅前の虎の銅像の前で、落ち着かなさげな晴人に俺は言う。
今日は日曜日。先週に続いて映画を観に行く事になっていた。そう、先日晴人がクリオナと約束した、恋愛映画を観るのだと言う。さすがに少年とアンドロイドの恋愛映画は無かったが、今話題になっていてレビューも悪くない映画を晴人が見つけ出し、それを観るためにここで待ち合わせをしている。
今日は涼しいせいか、珍しく晴人はジャケットなんかを着込んでいる。
「なんせ、もしかするとクリオナが俺の気持ちに気付くかもしれない日だからな。今日から人生の新しい扉が開くかもしれない」
「まあ、よく分からないが・・・」
「どうせお前には分からないだろうよ」
「分からないけど、応援はしてるよ」
「ありがとう。俺も応援してるよ」
何の応援?
「それにしても遅いな」
今日は先週と違い、俺と晴人は二人で先に待ち合わせ場所に来ていた。可奈子とクリオナは何やら二人で準備があるらしく、連れ立って後からやって来る予定だった。ただ、約束の時間は過ぎようとしている。
「女の子は準備に時間がかかるって言うだろ。あまり焦ってるとモテないぞ」
「すまんな。モテるモテないを洸平に言われる日が来るとはな」
俺たちはおとなしく待つ事にした。
それから一時間、二人は現れなかった。
「おい、どうしたんだ?何で二人は来ないんだ?」
暑くなって来たためか、少し汗を浮かべた晴人が少し焦ったように言った。
「そうだなぁ、こんなに時間に遅れる事なんて無いのに」
時間を守りなさいといつも可奈子に怒られている俺だ。まさか可奈子が時間を守らない事があるとは思えなかった。
「まさか・・・」
晴人が青い顔をする。
「とんでもない金持ちのイケメンにナンパされて連れて行かれたんでは・・・」
「そんな二人じゃないよ」
クリオナも可奈子も、軽々しく知らない人について行くような軽い女ではなかろう。とは言え、連絡もなく遅れるような無責任でもない。
「やっぱりおかしいな。連絡してみるか」
携帯電話を取り出し、可奈子の番号にかける。
「圏外だ」
晴人がクリオナの番号にかける。
「圏外だ」
二人共電話が繋がらない。これはおかしい。
「おじさんに電話してみよう」
焦る気持ちを抑えつつ、源治おじさんの番号にかける。
『おう。どうした』
いつも通りの声。
「あの、可奈子いる?」
『可奈子か?さっき家に帰った時に丁度入れ違いだったぞ。クリオナ君も一緒に。一時間位前か。随分張り切ってたみたいで、何か荷物を持ってたな。デートか?』
「まぁ・・・そんな感じなんだけど」
晴人と顔を見合わせる。
「それが、二人共まだ待ち合わせ場所に来てないんだよ。十時に待ち合わせしたんだけど、電話も通じないし、どうしたのかなって」
『ほう。今は・・・もう十一時か。そうか、俺は可奈子には時間を守れっていつも言われるが」
おじさんも言われるんだ。
『可奈子が時間を守らない訳は無いな。ちょっと調べてみよう。そっちはそっちで探してみてくれ』
「わかった」
それから俺と晴人は虎杖浜駅前の繁華街で可奈子とクリオナの姿を探して歩いた。手掛かりらしい手掛かりも無いので手当たり次第にはなるが、しばらく探しても二人の姿は見当たらなかった。
不安が募る。同様の顔をしている晴人。
「どうしよう・・・クリオナ何かあったら・・・」
「可奈子に何かあったら・・・」
虎の銅像の前に戻ってきて、座り込む二人。他の人が見たら、フラれた二人に見えたかもしれない。
そうして二人が不安に駆られていると、晴人の携帯電話から電子メールの着信音が鳴った。晴人が携帯電話を開くと、
「差出人は——クリオナ?」
俺も晴人も知らないアドレスだが、タイトルの位置に『クリオナです』と書いてあった。内容は、
『ご心配かけて申し訳ありません。電話する事が出来ないので、頭の中から電子メールを送っています。現在私と可奈子さんは、トー・レ・ヴィオ統合軍のアンドロイドに捕らえられてどこかへ移動させられています。地球の自動車に乗せられているようです。危害を加える意思は無いようなのでご安心下さい。私の事を味方だと認識しているようで油断しているようですが、気付かれる恐れがあるため位置情報の送信は避けたいと思います』
「何だ・・・誘拐か?」
「そうみたいだ・・・」
呆然と文面を眺める俺と晴人。文面には続きがある。
『位置情報の送信は出来ませんが、虎杖浜駅から南方面へ走り出し、それほど姿勢変化は感じなかったのでほぼ真っ直ぐに進んでいると思われます。最後に繰り返します。二人とも無事です。助けに来ていただけますか?』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
電子メールを読み終わり、顔を見合わせる。
「行くよな」
「ああ、行く」
二人は同時に走り出し、飛び込むように秘密基地に駆け込んだ。
「行くのは構わないが」
秘密基地に到着するなり掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る俺と晴人を嗜めるように、源治おじさんは言った。
「居場所は分かってるのか?無闇に探したところで見つかるもんじゃないだろう」
「どうしてそんなに冷静でいられるんだよ!」
「こうしてる間にもクリオナが・・・」
同様する二人。そんな二人の心中を察してか、おじさんは殊更落ち着いた様子で、
「まあ、無事だって連絡があったんだろう。それに、クリオナ君が向こう側の関係者だって思われてるんだったら、可奈子に危害を加える事も無いだろう。それに」
俺の顔を指差すと、
「可奈子は案外強いぞ」
俺はどきっとして顔を抑える。もうすっかり消えてしまったが、青あざのあった場所だ。源治おじさんはあの時の顛末を知っているのか?いや、単なる偶然だろう。
「自分の身ぐらい守れる程度の教育はしてきたつもりだ。それに母親に似たんだか、簡単に言うことを聞かないじゃじゃ馬になったろう?」
「そ、そうだなぁ」
「それに、クリオナ君は今はトー・レ・ヴィオ側と認識されているなら、こんな好都合な事はない。だから二人とも冷静になれよ」
そう言われて、俺と晴人は顔を見合わせる。お互い余裕のない、怒られた子供のような顔。
「おじさんは心配じゃないの?自分の娘だよ」
俺が言うと源治おじさんは少し笑った。
「心配だがね。ただあんまり心配すると、子供扱いするなって怒られるんでね。洸平君も怒られるぞ」
「俺ら可奈子に怒られてばかりだね」
つられて俺も笑う。
「で、どうする?居場所は分からないんだろ?」
やはり不安そうに晴人は言う。冷静に考えると、クリオナはそんなに危険な状況にはない。それに、アンドロイドと言う事は戦闘プログラムなんかもされているかもしれない。とは言え、晴人の不安はそういう事でないもかもしれないが。
「そうだなぁ、俺も考えていたんだが」
源治おじさんは近くの作業机から見覚えのあるタブレットと取り出す。
「ギジオレには洸平君のパーソナルデータが入力されている。その上、これまでの稼働によって妄想力の強さや形や色や、まあ、そんな感じの特徴を学習させてある」
まあよく分からないが、いつもの事だ。
「つまり、洸平君がどんな事象や対象物で妄想力を高められるか学習しているんだ。そして、その対象物を検索する能力を身につけている」
「つまり?」
「洸平君が妄想力を高められる対象、可奈子を見つける事が出来るかもしれない、って事だよ。それなりに近づく必要があるがね」




