プロローグ
「侵略者?」
俺はさほど関心もなく呟き、煎餅をかじった。
「そう、侵略者だ。地球には、異星人による侵略が足りない」
そう言うのは竹浦源治。俺の幼馴染みである竹浦可奈子の父にして、自称町の発明家。またの名を町のマッドサイエンティスト。いつも薄汚れた作業着を着ていて、定職にはついていないらしいが昔とった特許のおかげで生活には不自由しない程度の蓄えはあるらしい。
そんな源治おじさんは時折変な事を言う。
「足りないって・・・侵略されないに越したことないんじゃないかな。ほら、侵略されたら町が破壊されたり、人が死んだりするんじゃないの?」
関心は無いが、無視する訳にもいかない。昔から家族ぐるみの関係だし、テーブルの向いに座っている実の娘である可奈子はまるっきり父親を無視している。俺まで無視するのはさすがに可哀想だと思う。
俺は今日、可奈子の家で夏休みの宿題を進めているところだった。いや、どうせあんたやってないんでしょと言われ、連れてこられたと言った方が正しいか。ほとんど手をつけていない俺の問題集を呆れ顔で眺めたあと、可奈子は一つ一つ俺に解説してくれた。何だかんだ言って面倒見はいい。
ちゃぶ台のようなテーブルを持って来て向かい合って問題集を始めたのが一時間前。そして問題集を眺めるよりも煎餅をかじる時間の方が長くなった頃、源治おじさんはノックもせずに可奈子の部屋に入って来るなり俺に言ったのだ。
俺としては無視も出来ないし、まともに対応も出来ないので流す事にした。
「そうじゃないんだよ。桜川洸平君」
わざわざ俺のフルネームを呼んで、目を真っ直ぐに見つめてきた。
「人類が宇宙に進出し始めて半世紀以上が経とうとしている。その間、様々な惑星とのネットワークを構築し、様々な異星人との交流を平和的に行ってきた。何せ、もうそろそろ太陽系外へ進出しようとしているんだからな」
つけっぱなしのテレビから、某旅行会社が太陽系外へのツアーの検討を始めたとのニュースが流れている。少しまえに銀河一周ツアーが完売したとのニュースを見たばかりだ。それを横目で見ながら、
「地球の科学が侵略行為もなしに発展するなんておかしな事だよ。科学技術が新たな局面へと向かうとき、自分達より科学技術の発展した異星人による侵略が不可欠だ。それを乗り越える事でしか得られない経験もあるはずだ。それなのに異星人の侵略を経験しないなんて、勿体無いと思わないかい?」
言って、源治おじさんはテーブルを拳で叩いた。テーブルに広げた問題集が一瞬宙を舞う。可奈子がぴくりと眉を上げてポニーテールを揺らしたのを盗み見た俺は、
「あんまり思わないなぁ」
そうはいったものの、源治おじさんにとっては俺の答えなどどうでもいいのかもしれない。いや、いつも源治おじさんは自分の言いたいことをただ言うだけ。可奈子には無視されてばかりなので、標的が俺になるだけ。
「そこでだ、桜川洸平君」
改めて俺のフルネームを呼んで、腰に手を当てた。決意表明のように、
「私は、異星人による侵略に備えたいと思う」
短く言うと、沈黙が訪れる。よく意味が分からない。
「いずれ来るであろう異星人による侵略に備えたいと思う。」
聞こえなかったと思ったのか、もう一度言った。
「いや、なんで?今侵略の危機を迎えているとか、異星人の侵略の予兆を観測した、とかじゃ無いんでしょ?何で備えるの?」
「わかってないな。桜川洸平君」
何でフルネームで呼ぶんだろう。
「科学技術の発展のためには異星人による侵略が必要不可欠だって言ったろ。てことは、いずれ侵略者がやって来る事は間違いない。状況証拠は揃っている」
やっぱりよくわからない。
「万有引力が発見された時も、相対性理論が提唱された時も、本来なら侵略行為が行われてしかるべきだった。しかし実際には行われていない。つまり、これから今まで科学が発展してきた分の侵略行為が、これから行われることを示しているんだ」
「でも友好的な異星人だって沢山地球にやって来てるじゃないか。敵対するような事言わない方がいいんじゃないの?」
俺と可奈子が通う積星高校にも留学生として異星人は何人もいる。彼らは皆真面目で、この地球に馴染もうと努力している人ばかりだ。敵対する必要は無いと思う。
「敵対ではない。自衛だ」
源治おじさんは拳を握って力説している。
さすがに俺もたまりかねて、向いで憮然とした表情で問題集とにらめっこしている可奈子に声をかける。やはり、実の娘から言ってあげたほうがいいと思う。
「可奈子、おじさんはそう言ってるけど」
「放っておきなさい」
俺が言い終わる前に可奈子は顔も上げずに答えた。問題集を解くスピードが速くなる。
「ところで」
俺達の会話など聞いていないかのように改まって姿勢を正すと、源治おじさんは人差し指を立てて俺の方を向いた。
「地球上で一番強いエネルギーは何だと思う?」
突然のクイズ。可奈子には放っておきなさいと言われたが、まっすぐ目を見てクイズを出されたら、そう簡単に放っておく事は出来ない。関心があるなしは関係なく。
「え、えっと、電気とかガス」
「違う」
「原子力?」
「違うな」
「重力」
「いいとこついてるけど、ちょっと違う」
源治おじさんは俺の答えを全て否定し、種明かしするマジシャンのような得意げな顔で、
「妄想力なんだよ」
「妄想力って何?」
エネルギーと妄想が結び付かず、俺は聞き返した。
「想像力と違うの?」
まあ、ファンタジーみたいな漫画などでは、想像力だのイメージだのがパワーになるみたいな設定もたまに見かける。だが妄想力とは聞いた事がない。
「そう、想像力とは違う。想像力には煩悩がない。空想力も同様だ」
こころなしか大きくなった声で、大事なことを言うように源治おじさんは言って人差し指を立てた。俺には全く大事な事のようには思えなかったが。
「そのせいで想像力には妄想力の半分以下のエネルギーしかない。含まれる煩悩の数だけエネルギーは増えていくが、妄想力とは、人類がもつ無限のエネルギーなんだよ。それが、地球上に溢れてるって想像してごらんよ」
なんか壮大が話になってきたな。だが少し飽きてきた俺は、テーブルの上の煎餅をとり、一口かじった。
「妄想力は赤ん坊の頃は皆誰も一切持っておらず、年齢と共に一気に増えて行く。そして、ある年齢でピークに達し、それからはゆっくりと確実に減少して行くものなんだ。そこで」
源治おじさんは突然俺の両肩を掴んだ。血走った目で俺を見ている。
「思春期の少年の妄想力が一番強い事が研究でわかっている」
「誰がそんな研究したの」
「君はちょうど思春期真っ盛り、妄想力の真っ盛りの十七歳だ。調査の結果、中々の妄想力を秘めている事が分かっている。その溢れ返らんばかりの妄想力で、侵略者に立ち向かってみないか?」
??何だこれ。スカウトされてるのか?妄想力を?てか、何を勝手に調査したんだ?
源治おじさんはそう言っているが、俺自身は特に妄想力が強いと思った事はない。いや、妄想力が強いかどうかを考えた事すらない。しかも妄想力真っ盛りって何?
よく分からない事を独特の迫力を持って言われた俺は、どちらかと言うと早く解放されたいという気持ちで、
「あ、ああ、出来るならね」
曖昧に答えた。
「出来るさ、君なら」
そんな根拠がどこにあるかは分からないが、源治おじさんはさわやかに親指を立てた。
「早速準備にとりかかりたいが―そうだな、まずは私の開発した対異星人用兵器を―」
ばんっ!
音がして、俺と源治おじさんがそちらを向く。少し釣り上がった大きな目を更に釣り上げて、眉間に皺を寄せてこちらを―—正確には源治おじさんを睨んでいる可奈子が、丸めた問題集でテーブルを叩いたところだった。可奈子はその丸めた問題集を源治おじさんにむけると、
「ちょっとパパ。さっきからうるさいのよ!こっちだって宿題してるんだから、少しは静かにしたらどうなの。それに、洸平に変な事ばっかり言って。困ってるじゃないの。それに、そもそも勝手に部屋に入って来ないでよ!洸平も嫌なら嫌って言わないと、この人は勝手に話を進めちゃう癖があるんだから!」
怒られる男二人。とは言え源治おじさんの心にはさほど響いていないらしく、涼しい顔をしている。
だが、
「いつもパパは自分勝手なんだから!だからママも出て行っちゃうんじゃない。いいかげんにしてよ」
そう言われると目を見開いて可奈子をみた。猫が耳を垂れるようにみるみる元気が無くなっていき、
「そうか、わかった」
とぼとぼと部屋を出ていった。
俺は何も言えずに、かじりかけの煎餅を眺めた。