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一章―始― 1

 小窓から差し込む朝日で、菫子は目を覚ました。なかなか寝付けなかったが、明け方にやっと眠りに落ちることが出来たのだった。いつもと違う景色に、まだ寝ぼけているのかと目を擦るが、ここが宮中であることを思い出した。


「……そうだったわ。ひとまず着替えなきゃ」


 菫子は、起き上がって身支度を始めた。毒の体のために、通常は侍女に手伝ってもらう身支度も、幼い頃から自分一人で出来なければならなかった。


 小袖を着て、長袴を履いて前でしっかりと結び目を作る。その上から単衣ひとえを羽織り、袿を五枚重ねて色目を作る。菫子の場合は全てが鈍色のため、だんだんと濃くなるようにしているだけだ。表着を羽織って、日常着が完成する。裳と唐衣を着用すれば、正装となる。帝の御前には、当然この正装でなければ侍ることは出来ない。


 念誦堂の室内には、ほとんど色がなかった。通常であれば、華やかな色の着物があったり、部屋を区切るための几帳の鮮やかさが部屋を彩るのだが、ここにある唯一の色は、子供用の桜襲の羽織一枚だった。慌ただしい参内の準備の中、菫子が持ち込んだものの一つだ。羽織は幼子のための大きさで、今の菫子には身に着けることは出来ない。それでも、大事なものに変わりはない。


桜衣さくらごろもの君……」

 零れ出た名前に、胸が躍ることはない。二度と、逢うことはない相手なのだから。




 ふと、戸の向こう側で物音がすることに気が付いた。菫子は戸を外に向かって押し開けた。

「わっ」

「逃げろ」


 菫子が顔を出した途端、若い役人が走り去っていった。大方、毒小町の噂を聞いて、度胸試しをしに来たのだろう。家にいた時も、時々そんな者が来ていた。


「はあ……」

 溢れ出たため息を、無理に止めることはせず、そのまま吐き出した。

 菫子は戸を閉めて室内に戻って、ぼーっと空中を見つめた。余計なことを考えそうな時はそうしている。


 菫子は藤原氏の娘、つまりは姫君である。ただ、藤原氏は時が進むにつれて枝分かれし、その家の数は肥大した。一族が殿上人ばかりと興隆する家もあれば、大した位階を得られず没落する家も出てくる。菫子の家はそのどちらでもない。栄えてもいないが、そこまで落ちてもいない、中流貴族の位置を保っている。


 菫子の家系は、代々生まれつき毒を持つ子が生まれてくる。娘であることがほとんどで、菫子の母もそうであった。そんな者がいる家が勢力を持ち、目を付けられれば一大事。程々の立ち位置を保っているのだ。本当か分からないが、かの有名な藤原薬子があおった毒は先祖が調合した毒だとか。薬子との関係がどうだったのか、などは何も伝わっていないため、菫子は作り話ではないかと思っている。


「そうだわ、折り本を見直しておかないと。どこに置いたかしら」


 折り本は、菫子が毒についてあらゆることを独自にまとめたもの。毒に詳しいのも、毒を知っていれば、その対処が出来るから。二度と人が死ぬところを見なくて済むかもしれないから。毒なんて、この世からなくなればいい。毒小町である自身も含めて。


「幸せ、に……」

 折り本から視線を離して、菫子は呟いた。母の言葉は、菫子の心の奥深くまで突き刺さっている。毒小町がいなくなればいいと思っているのは本心だ。でも、幸せを知りたいと思うのも、また本心。


「集中出来ていないわね」

 菫子は自嘲気味に笑った。帝からの調査の命はやり遂げなければならない。でないと家がどうなるか分からないからだ。菫子一人の問題ではない。そのために折り本を見直しておこうとしたというのに。


 諦めて折り本を閉じると、俊元の顔が浮かんだ。毒が効かない体質で、菫子を普通に扱おうとする不思議な人。どうして菫子を呼び寄せたのか、まだ聞けていなかった。


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