24.神をも超える力
高く昇る日差しが大聖堂を照らす。神殿広場にずらりと並ぶ参拝者達。今や見慣れた光景が次々と通り過ぎていく。
昨日の事件に関して、ゼン神官の裁定も終わり、一旦宿に戻る事になった。
元々の目的であった合同演習も本日で終了となった。というか、今はそれどころじゃないだろう。
王都神殿を背に、メインストリートを行くと王都市場が見えてきた。
「こいつは硬ぇな」
「ほら、さっさと運べ!」
「おーい、こっちも頼む」
かんかんごりごりと響き渡る無機質な音に、汗ばんだ声が混じる。
市場に広がる瓦礫の解体と撤去作業が進められているようだ。
「復興までは、時間がかかりそうだね」
「ああ、だが王都軍も協力しているようだ。通常よりは、早く終わるだろう」
レナルドの目が光る。
王都軍なんて、どこにいるんだ? 俺にはみんな土木関係者にしか見えない。特別な見分け方でもあるのだろうか。
市場の喧騒を横目に過ぎていくと、神妙な面持ちのデライラがいた。
「デライラ、どうかした?」
「あ、その、先程の申し出の事なんですけど」
「宝玉の安置を手伝う事?」
「はい。突然だったので、お二人に迷惑がかかってないかと」
「まあ、びっくりしたけどね。デライラの決意を尊重するよ」
同意するようにレナルドは頷き口を開く。
「マテオ神官には私からも言っておく。ただ、デライラからも手紙を書いたほうが良い」
「はい、ありがとうございます」
やわらかな笑みの中、光る瞳には強い意思が感じられる。
デライラは本当に凄いな。
ゴーレムの残骸から再び現れた宝玉。あの時もデライラは、封印を試みた。でも魔力が尽きてできなかった。悔しさに歪む顔は、今でも目に焼き付いている。
それでもめげず、神官として、レリクターとしての本分を果たそうとしている。
俺はどうだ? 正直恐怖しかなかった。
英雄と称されるレナルドと、氷炎の妖魔と恐れられたクレア。その二人が協力して放った魔法を受けたのに、無傷だった宝玉。
あの宝玉は、どれほどの魔力が内包されていたのか……
「ブラントさん?」
気づくと首を傾げたデライラが目の前にいた。一瞬言葉に詰まる。
「またスカーレリアで会おう」
「ふふ、そうですね」
ありきたりな言葉に、楽しげな表情を浮かべるデライラ。なぜかずきりと胸が痛んだ。
「その時はわたし達も遊んであげるわ!」
「待ってるわよ」
クレアが割り込むようにデライラに飛びつく。方やセイディは怪しく微笑んでいる。
二人の言う“遊び”とは“特訓”であって苛烈を極める。
「た、楽しみです」
“特訓”を思い出したのか、苦笑いのデライラ。これは特訓仲間として、助太刀した方がいいな。
「あまり無茶はしないように」
「何を他人事のように言ってるの、ブラント。あなたも一緒よ」
「はい? 俺も?」
思わず漏れ出た声に、呆れ顔のセイディ。
「当然じゃない!」
ずいっと身を乗り出し加わるクレア。
「そうですよ、ブラントさん……一人だけ逃がしませんよ」
ぐっと手を掴んでくるデライラ。どきりと胸が高鳴る。
いつの間にか三人に取り囲まれている――これは、逃げ切れないな。
「わ、わかったって」
「よろしい」
満足したのか、三人は離れていく。その後ろ姿越しに宿が見えてきた。
ふわりと力が抜け、軽くなる足取りに身を任せた。手の火照りを残したまま。
✽ ✽ ✽
あくる朝、いつもより早めに起き、足早に食堂へ向かう。階下から、ぱたぱたと忙しない音が聞こえ、使用人のお仕着せが目まぐるしく行き来している。
「朝食はわたしたちがやっておくから!」
「あなた達は荷造りと馬車の準備をしなさい」
筆頭使用人のように振る舞うクレアとセイディ。今日は朝から大忙しだ。
というのも、王都に召集された本来の目的である合同演習は、昨日ゼン神官から終わりと告げられた。そのため、王都に滞在する理由がなくなり帰還する事になった――デライラを除いて。
「デライラは王都神殿に移るんだよね?」
「はい、女子棟に空きがあるようで、本日からお世話になります」
「そうか。それなら一緒に出ようか」
「え?」
「僕とレナルドも、ゼン神官に挨拶する予定だったんだ」
レナルドを見ると、静かに頷いた。
「どうかな?」
「ええ、ぜひ」
ほわりと浮かぶ笑みに、気持ちが和らぐ。
「ブラント、喋っている暇あるの?」
「デライラ、あなたも移動の準備があるのではなくて?」
眉間にシワを寄せたクレアと、引きつった笑顔のセイディ。
筆頭使用人と化した二人の圧に負け、急いで朝食を済ませた。
宿を出てメインストリートを通り、見えてくる市場。瓦礫はある程度撤去されているようだけど、土埃にまみれた作業員達で溢れている。
市場を見やるデライラのしかめた表情に、胸がずきりと痛む。
市場を通り過ぎ、しばらくすると大聖堂が見えてくる。相変わらず荘厳な姿。それも今日で見納めか。
「ブラント、何している。行くぞ」
ぼーっと大聖堂を見ている間に、レナルドは近くにいた神官と話し、ゼン神官に取り次いでもらっていたようだ。
神官の案内のもと大聖堂を抜け神殿へ。いくつかの回廊を通り、執務室に着いた。
「これはチェンバレン様。よくお出でくださいました」
恭しく出迎えるゼン神官に対し、レナルドが代表して話す。
「本日でスカーレリアへ帰還致しますので、その挨拶にと。お世話になりました」
「いえいえ、それよりもこちらの事情に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
レナルドは軽く頷くと一拍置き、口を開いた。
「その後どうですか、王都は」
「まだやらなければならない事は山積みですが、滞りありません」
「それはなにより」
二人して本当に楽しそうな笑みを浮かべる。和やかな雰囲気なはずなのに、凄みを感じるのはなんでだろう。いや、知らないほうが身のためか。
「それと、デライラを頼みます」
「こちらこそ。宝玉の安置にもまだかかりそうですから、しっかりと働いてもらいますよ」
ゼン神官のぎらりとした眼光がデライラに向けられる。
「はい、精一杯勤めます」
真っ直ぐで、力強い視線で応えるデライラ。ゆっくりと体がこちらを向き、視線が合う。
「お二人共、お元気で」
「デライラも無理はしないように」
「ふふ、善処します」
「また、スカーレリアで」
「ええ、スカーレリアで」
✽ ✽ ✽
ゼン神官との挨拶と、デライラの別れが済み、神殿を出て宿に戻る。
大聖堂から神殿広場へと行き来する参拝者が流れを感じる中、一抹の寂しさがよぎる。
そう言えば、レナルドと二人きりで歩くのは久しぶりだな。特に王都に来てからは、みんなで移動する事が多かったから、余計に感じる。
レナルドは王都に思う所があったようだけど、最後は楽しそうにしていたし、少しは気が晴れたかな?
ぼんやりと考えていると、レナルドと視線が合った。
「どうした?」
「いや、ゼン神官とは、随分と打ち解けていたようだったなって」
「そうだな。落ち着いた頃に改めて手紙でも書こうと思う」
「どんな陰謀渦巻く手紙になる事やら」
「人聞きの悪い事を言う」
と、言いつつ笑みを浮かべるだけで否定はしない。悪い顔をしている。
「それよりも君とデライラ、なかなか良い雰囲気だったな」
「はい? 仲間として、友達としてさよならしただけだよ」
「ほほう?」
悪い顔から、にやにやに変わるレナルド。
別れの後とは思えない和やかな空気が漂う中、レナルドの表情が、ゆっくりと落ち着いていく。
「それにしても良かったのか、宝玉は」
俺達は宝玉を転生術のキーと予想している。レナルドも俺の事情を知った上で手助けしてくれている。
確かに“あれ”は、今まで遭遇した宝玉よりも強い力を秘めていた。
もしかしたら、元の世界に帰れる手段になるかもしれない。
「それだけど、少し思うところがあってね」
目の当たりにして実感した強大な力。
でも、本当に足りるのか? その上の力が必要だったら?
天変地異レベル? それよりももっと?
キリがない可能性と、際限なく上昇する脅威度。それは、宝玉に対する恐怖。
ぽつりぽつりと、感じた事を話していると、レナルドは静かに聞いてくれていた。
きっと、彼も危惧していた事なんだろう。安易な否定も、楽観的な希望も言わない。
そんな彼だからこそ、信頼できるし、安心できる。
「でも、レナルドと一緒だったら、いつかできると思っている」
「……責任重大だな」
苦笑を浮かべるレナルド。
「頼むよ、相棒」
「ああ」
力強い答えに、じんと胸が熱くなる。
「やっと戻ってきたようね」
「もう準備できてるわよ!」
呆れ顔のセイディと、眉を上げるクレアが出迎えてくれる。
足早に二人の下へ合流する。
「お待たせ。じゃあ、帰ろうか」
元の世界に戻ることを、諦めたわけじゃない。
今じゃないだけだ。いずれ――
――そうだな、神をも超える力を得る、その日まで。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
このエピソードにて、完結でございます。
元の世界に帰してあげたかったのですけども、技術的な部分とブラント(御剣)の無自覚な部分もありで、実現にはもうちょっとかかるかな。
ということで、もしかしたら、第二部があるかもしれませんが、それはまたの機会になります。
それでは、改めましてありがとうございました!




