22.静かに響く声
目の前に山積する土の塊。かろうじて残った形。
あれは、ゴーレムの左腕か?
ぞくりと冷える背筋。直前の記憶が蘇る。
眼前に迫る圧力。身に降りかかろうとする重み。
もう少しで、押し潰される所だった。
「クレア、レナルド、助かった、ありがとう」
笑みを浮かべ頷くレナルド。ため息をつきながら口を開くクレア。
「さすがに疲れたわ」
いつものようにふわふわと宙に浮いているけど、動きが緩慢に見える。相当消耗したようだ。
ただ、一つ気になる事がある。
「そういえばクレアはどこにいたんだい? 一時姿が見えなかったんだけど」
「レナルドと一緒にいたわよ」
レナルドと? 俺も隣にいたけど、クレアの姿はなかった。
「クレア、話を端折り過ぎだ」
呆れた表情のレナルドが補足する。
「君に木属性魔法を使うよう伝えた後だ。風の通信魔法でクレアと繋がり、合流したんだ」
霊的存在しか使えない通信魔法か。思い起こすと、レナルドは風の光をまとっていた。氷の大盾で遮られても、意思が届いたという事だな。
……氷の大盾?
前方に横たわるゴーレムの残骸。その奥にそびえ立つ氷塊。
溶け崩れ、もはや盾の形を留めていない。
「デライラとセイディは?」
「まだ確認していない」
レナルドが言い終わると同時に、体が動く――氷塊の向こう、二人のいる方へ。
横目を過ぎるゴーレムだった物体。四肢は崩れ、外郭は融け、その中央からは黒煙が未だにくすぶっている。
あそこは、モーガンがいた場所……いや、深く考えるのはやめよう。
足早に急いでいると、びちゃりと水たまりが跳ねる。
がらりと転がり落ちる氷塊。ぱきりと割れる氷片。
溶け広がった亀裂から覗く、二つの人影。
「無事のようだな」
柔らかなレナルドの声に、胸がじんと熱くなる。
「起きているのがやっとよ」
深く息を吐くセイディ。隣にいるデライラも、額に汗をかき、厳しい表情をしている。
あれだけの猛攻を防いでたんだ。相当魔力を使ったんだろう。
「でも大きな怪我もないようで、よかったよ」
「……ブラント、そっくりそのまま返すわよ」
「えっ?」
見渡すと一番の負傷者は俺だった。思わず苦笑が漏れる。
「見た目ほど悪くないよ。レナルドとクレアが助けてくれたんだ」
同意するレナルドと、胸を張るクレア。それを見たセイディは“そう”と呟くと、ほわりと笑みを浮かべた。
終わった……はずなんだけど、何か感じる。
だんだんと強くなる気配。
びりびりと肌に感じる圧力。
空気が緊張していく。
がらんと転がる音。後ろから?
振り向いた先には、ゴーレムの残骸。
沈黙している巨体から、“何か”が動いている。
ばきりと割れ、砕ける破片。
ばらばらと土片を撒きながら、ゆっくりと中空に浮かぶ物体。
中央から煌めく光と、強大な魔力を放つ。
「宝玉……」
目を疑う。レナルドとクレアの魔法に巻き込まれたんじゃなかったのか?
なんで、無傷?
呆然としていると、立ち上がろうとするデライラ。しかし間を置かず、力が抜けたように膝をついてしまう。
「うっ……」
「デライラ!?」
駆け寄り、体を支える。
「宝玉を、封印します」
魔力も尽きかけているだろうに。神官としての、レリクターとしての矜持が、彼女を突き動かしているようだ。
「……無理しない方が良い」
なんとか絞り出した言葉。
デライラは眉間にシワを寄せ、歯を食いしばっている。
「デライラ。ブラントの言う通り、今は休んだ方が良い――だが、“アレ”をそのままにしておくわけには……」
「レナルドは封印できないの?」
「残念ながら専門外だ」
レナルドの表情が厳しくなる。やっぱり上位神官か、レリクターじゃないとダメなのか。
途方に暮れ、気持ちだけが焦れる中、宝玉は悠然と浮かんでいた。
「……あれは?」
宝玉を挟んだ向こう側、メインストリートから複数の人影。ぞろぞろと接近する統率のとれた動きに、胸がどくんと跳ねる。
「まさか、王都軍?」
「いや、違うようだ」
レナルドの表情が、ふっと和らぐ。
「チェンバレン様、救援に参りました」
ゼン神官の声が、静かに響き渡った。
メインストリートに傾きかけた日が差し込み、橙に染まる神官衣が並ぶ。
「ああ、市場が」
「いや、それよりあれは……神話の?」
「そんな、まさか!」
どよめきに揺れる神官達。壊滅した市場。山積した残骸。惨状が広がる中、誰もが注目しているのは一点だけだった。
戸惑いざわめく中、駆け寄ってくる姿が一つ。
「チェンバレン様、ご無事で」
「セス神官、助かる」
セス神官はレナルドに軽く会釈すると頭を上げ、一言呟くように口を開いた“あれは?”と。そして視線は神官達と同じ所に向けられていた。
「察しの通り宝玉だ……すまないが、回収を頼む」
ごくりと息を呑むゼン神官。いつになく厳しい表情をしている。
「わかりました……ただ、事情を詳しくお聞きしたいので、神殿へご同行願います」
「ああ、もちろん」
ゼン神官は踵を返すと、待機している神官達の下へ戻って行った。
「レナルド、宝玉と言って良かったの?」
「下手に誤魔化すよりは良い。相手は神話を熟知している神官だ。丁重に扱ってくれるだろう」
レナルドの想定通り、神官達はきびきびと動き、着実に回収作業を進めていった。
「では、皆様は神殿へ参りましょう」
少ししてから白衣の神官によって、王都神殿へと案内される。
壊滅した市場を背に、メインストリートを歩く。神殿に向かうにつれ、背後に感じる宝玉の魔力が、次第に小さくなっていく。それは、封印の術によるものなのか、宝玉から離れたせいなのかはわからなかった。




