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18.靄


ふわりとかかる靄に和らぐ日差し。静まり返った市場。とっても気持ちが凪いでいる。

戦闘後の余韻に浸りながらも、どうしても一つ気になって仕方ない事がある。


「レナルド。クレアとセイディは、まだこのままなの?」

二人を見ると、威圧感や強力な魔力量はもう感じない。でも、見た目はほとんど変わっていない。炎のような姿と、氷で象られた姿。元の世界でいえば、ファンタジーとかに出てくる精霊のようだ。


「いつもより魔力が高まっているせいだろう。それに――」

レナルドは難しい顔をしながら話を続ける。


「服もないしな。宿まではこのままで居てくれた方が良い」

「……確かに」

いつもの二人の姿を思い出すと、見た目は普通の女の子。妖精のはずなんだけど、メイド服を着ているせいなのか、人間とそう変わらない。

発言がちょっとうかつだったな。クレアとセイディはよくわかっていない顔をしているが、デライラの視線が痛い。



居た堪れなく視線を逸らすと、市場の状況が目に入ってきた。

崩れた露天や剥がれ割れた石畳。そして、あちらこちらに転がっている王都軍兵士達。今も微動だにせず、生存者がいるのかわからない――全部、“氷炎の妖魔”と化した、クレアとセイディの魔力暴走によるものだ。


「これからどうなるんだろう」

現実を目にして思わず言葉が漏れ出る。


「あまり良い状況ではないな」

ため息をつきながら、レナルドが応える。


「でも、身を守るためだったと言えないかな」

元の世界で言えば正当防衛だけど、この世界で通用するのかわからない。


「ある程度は通るだろうが、これは王都の沽券に関わる事だ。それなりの罪に問われる可能性が高い」

「……政治的判断という事か」

レナルドは深く頷き、一拍置いてから口を開いた。


「このままここに居ても埒が明かない。皆は宿に戻ってくれ」

「レナルドはどうするの?」

「ゼン神官に会ってくる。助力を願われた報告だ――“氷炎の妖魔”の件は解決した、と」

レナルドは言い終わると同時に、神殿へ歩き始めた。


確かに依頼に対する報告と考えれば、筋は通る。

でも、報告するだけで終わりなのか? ……何か嫌な予感がする。


「僕も行く」

「何?」

レナルドと視線が合う。驚きで一杯の表情。気にせず隣に走り寄る。


「僕が宿に戻っても、なんの役にも立たないしね――今回は一緒に行くよ」


王都初日の事を思い出した。

軍属神官モーガンとの不意の再会。あの時もレナルドは、一人で事情を聞きに神殿に戻った。

――結局自分で背負い込むんだ、この英雄様は。


「……好きにしたまえ」

レナルドはふいと視線をそらし、それ以上話すことはなかった。


「デライラ、二人を頼めるかい?」

「ええ、任せてください」

デライラは抱えるようにクレアとセイディと腕を組んでいる。二人とも大人しくしているし、彼女に任せれば、大丈夫だろう。



市場を挟み俺とレナルドは神殿へ、デライラはクレアとセイディを連れ宿へと向かう。


神殿に向かい歩き始めて、ふと目に入る靄。壊滅した市場一帯に広がる赤と青の淡い光り。きらきらと、ふわふわと漂っている。思わず手を出してみる。


「この靄、少し魔力を感じる」

指先に感じる、ほのかな火と水の魔力――それと、別の魔力……いや、視線? 気のせいだろうか。

不意にかかった心の靄は、レナルドの声でかき消されてしまう。


「魔力の残渣だ。強力な魔法を行使した戦場では、稀に発生する現象だが……」

「だが?」

「ここまではっきり見えた事は、そうそう無い」

レナルドも不思議そうに辺りをうかがっている。

釣られて辺りを見渡す。市場を背にした神殿方向は、靄はあまりかかっていない。ぐるりと視線を市場に向けると、靄が色濃くなっている……これは、市場を中心に靄が集まっている?


次の瞬間、ゆっくりと靄が動きだした。

市場を巡るように渦を巻き、中心に向かい収束していく。


「レナルド、これは?」

「……わからない」

いつになく険しいレナルドの表情――何が起こってる?


残渣とは思えないほど、強まる魔力。

赤い靄は眩く輝き、青い靄は厚く色濃くなり

寄り合い、混じり合い、徐々に形を成していく。


音も無く中空に現れる球体。

空間を伝う威圧感。

強大な魔力。



凛とする空気。

自然と“それ”が何かわかってしまった。


「……宝玉」



不意に現れる人影。

湿気でうねった髪。色褪せた肌。年齢不詳の顔貌。

愉悦に上がる口角。



「ご苦労」

ささやくように呟くと、宝玉を手に取った。



「モーガン!!!」

レナルドの怒声が響き渡る。


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