15.悪い報せ
前エピソード 14.焦れる心、紛れる心
10/17(金)に修正・加筆しております。
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漂う空気を肌で感じながら、近づく足音に耳を傾ける。
ばたつくリズムから、どことなく焦りを感じる。
「チェンバレン様、こちらでしたか」
ゼン神官が図書館の入口から覗く。
引きつった表情と頬を伝う一筋の汗。かなり慌てている?
「どうしました?」
「畏れ多いです事ですが、お力添えを頂きたく」
「構いませんが、何があったのでしょうか」
レナルドの問いにゼン神官の表情に陰が落ちる。ため息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「……端的に申し上げますと、“氷炎の妖魔”が現れました」
「何?!」
淡々としたゼン神官の言葉に、レナルドが強く反応した。
「氷炎の妖魔?」
思わず反復したワード。聞き覚えはないはず。でも、どこかで……
記憶を探っていると、レナルドの重い声が聞こえる。
「クレアとセイディの――旧王都軍を返り討ちにした時の渾名だ」
「え? なんで今その話が……」
「検討もつかない。一体どういう事なのか」
レナルドの顔がゆっくりと動き、ゼン神官の顔を覗き込む。
「詳しくは移動しながらお話します。急がれた方がよろしいかと」
「急ぐ?」
「この件、王都軍の関与が疑われます」
「っ! ……良いだろう」
レナルドはぐっと呑み込むと前を向き、大きな歩幅で歩き出す。
「僕達も行こう」
視界の端でデライラがこくりと頷いた。
まばらな足音が回廊に響く中、レナルドは急かすようにゼン神官に問いかける。
「それで、何があった?」
「はい、実は――」
* * *
図書館にブラント達を案内した後――ゼン神官執務室(ゼン視点)
チェンバレン様を図書館に案内し、一心地ついていると、荒っぽいノックが飛び込んできた。返事をする間もなく扉が開く。
「失礼する」
三、四人の王都軍兵士が入ってくる。まさに礼を失した姿に、嫌悪感しかない。
「……ぞろぞろと王都軍の皆様が、どうなされたのですか」
「かの“氷炎の妖魔”が王都にいると聞いた。捕縛ご助力願いたい」
一人の兵士が胸を張り、がちゃりと金属鎧が鳴る。自信ありげな様子に不快感しかない。一刻も早く退室願いたい所だが、一つ確かめなければならない。
「“氷炎の妖魔”とは、随分博識であられる――その情報はどこから得られたのでしょう?」
「情報元は明かせない……だが、“傷物”でも役に立つものだという事だな」
兵士の口角は愉悦に上がり、下品な笑みを浮かべている。
ああ、なるほど。モーガンですか。
「……そうですか。ただ、その妖魔とやらは何かしたのですか?」
「人族を助くる我ら王都軍に敵対した、それだけで十分ではないか」
「100年も前の事を持ち出されましても……それに英雄チェンバレン様が後見する事で、決着は付いているはずですが?」
「いや、再び王都に来たのには理由があるはず。それを確かめるために捕らえなければならない!」
どんっと、足を踏み鳴らす音が耳に障る。
「話になりませんね。お引き取りくださいませ」
こちらは合同訓練の処理で忙しいのです。これ以上構っていられません。
「……我らの要請を、断るというだな?」
「聞こえませんでしたか?」
「邪魔したようだな」
がちゃりがちゃりと、これみよがしに鎧を鳴らしながら去っていく兵士達。
これでやっと静かになりますね。
王都軍兵士達が去ってからしばらく、そろそろひと休憩いれようとした時、今度はノックもなく扉が開いた。
「ゼン様、大変です! 市場で、市場が……」
あわあわとしている若い神官。全く見苦しい。
「落ち着きなさい。何があったのですか?」
「すみません……市場に“氷炎の妖魔”が現れました!」
思わぬ言葉に、ぐっと喉が詰まる。
「……その名をどこで?」
「救援要請に来た王都軍兵士達に聞きました。今、市場が、戦場になっていると……」
市場が戦場? 救援要請? 王都軍兵士に聞いた?
「何をしたんですか……」
思わず言葉と共にため息が漏れる。
――呆れている場合ではありませんね。
「市民の被害は?」
「それはまだ……」
「甚大な被害が予想されます。現場に救護員を数人向かわせなさい。それと負傷者の受け入れ準備も行いなさい」
「わ、わかりました!」
扉を開けっ放しで去っていく若い神官。後で覚えておきなさい。
「……チェンバレン様にお伝えしなければ」
ぽつりと零しながら、足早に図書館へ向かっていく。
* * *
「――以上です」
ゼン神官の重い声で締められる。
王都軍の思惑と、モーガンの関与。何やらめんどくさい事に巻き込まれている感じしかしない……クレアとセイディは無事なんだろうか。
考え込んでいたレナルドが口を開く。
「あなたが王都軍の要請を断ったのはなぜですか?」
「……数日前、かの妖精達と対面した時は、正直肝が冷える思いでした」
ゼン神官の厳しい表情は、次第に苦笑に変わっていく。
「ただ、その姿が、記録とは随分乖離しておりまして……」
クレアとセイディの姿を思い出す。ふわりと宙に浮くメイド服を着た妖精達。王都軍を返り討ちにした張本人とは、思えないよな。レナルドも苦笑を浮かべている。
「それに私は、チェンバレン様のお言葉を信じておりました」
「……“私たちの制御下にある”ですか」
こくりと頷くゼン神官。
確か、王都に到着した時の言葉だったはず。レナルドのあの言葉は、そういう事だったのか。
ん? 私たち?
「あなた達にも期待してますよ」
にこりと微笑むゼン神官。未だ見たことない表情に、ぞくりとする。
「それはどういう……」
「君たちはクレアとセイディの良き友人だ。正気に戻れるよう、手助けをしてくれ」
「……わかった」
ゼン神官の期待と、レナルドの願いにぐっと胸が熱くなってくる。
――これは責任重大だな。




