14.焦れる心、紛れる心
10/17(金)修正しています。
シーン終盤に加筆しております。
王都地下訓練場に規則正しい音が響く。
号令に合わせ、隊が動き陣形を成す。
散漫だった動きが、徐々に整っていく。
訓練が始まる直前に知った、モーガン神官達の不在。
王都軍に赴く軍属神官達。
何か喉に引っかかるけど、何か起きたわけではない。
それに俺達は部外者だ。どうする事もできない。
今はただ訓練に打ち込むしかない――いや、それしかできなかった。
「――それまで。及第点ですが、初日にしては十分でしょう」
全体を監督しているゼン神官が頷き、満足そうな顔をしている。普段は冷え切った鋭い視線をしているのに、珍しい事もあるものだ。
「本日はここまでです――解散」
神官達はめいめいばらばらに訓練場から去っていく。
ほどよい疲労感を感じながら、胸のつかえが戻ってくる。
「モーガンの事が気になるか?」
「レナルド……気にならないと言えば嘘になるね」
「確かに奴の挙動は不気味だが、今の我々ではどうにもできない。警戒も大事だが、気をもみすぎないように」
「……そうだね」
レナルドの言葉が、するりと胸に落ちる。さっきより視界が晴れているようだ。
気を取り直した所で、デライラとも合流する。そのまま宿に戻ろうとした時、ゼン神官が話しかけてきた。
「チェンバレン様、少々よろしいでしょうか」
「どうしました?」
「以前チェンバレン様に頼まれていた、王都神殿図書館の入室許可が下りました」
「ほう、それはありがたい」
そう言えば王都初日に頼んでいたって言ってたな。
もしかしたら宝玉の事がわかるかもしれない――そして、元の世界に戻る方法も。
ふと、レナルドと目が合う。どきりと胸が痛む。
「ところで、彼らも入室しても?」
レナルドが確認するように、俺とデライラに視線を向ける。
ゼン神官は頷き口を開いた。
「ええ、同行されて構いませんよ」
「良いんですか?」
ゼン神官の言葉に、デライラの顔が、ぱあっと明るくなる。
「王都神殿図書館には、多種多様な書物が揃っています――もちろん戦闘分野もね」
“ふふふ”と笑み浮かべながら圧をかけてくるゼン神官。予習しておけという事なのだろうか。
地下訓練場から上がり、ゼン神官案内の下、王都神殿図書館へと向かう。神殿のさらに奥、大聖堂とは反対方向だ。間違っても参拝者が入り込まないようにしているのかな。それと――
「……情報を重要視しているという事かな」
「その通り。取り扱いには、くれぐれも気をつけるようにお願いします」
漏れ出た独り言にゼン神官が反応する。
「も、もちろん」
感心したようなゼン神官の表情は瞬きの内に消え、厳しい視線を向けられる。
やっぱりどこか手厳しいんだよな。
しばらく歩くと、大きな扉が見えてくる。大人二人が横並びで通れるほどだ。
大扉の隣には、小窓があり司書らしき人がこちらに気づいた。
「これはゼン神官。調べ物ですか?」
「いえ、先だってお願いしていた、スカーレリアからの客人の入室を願います」
小さな丸メガネが覗き込んでくる。シワが刻まれた口元から“ほう”と漏れ出る。
「はいはい。そうでした、そうでした。今開けますね」
からんからんと鳴り響く鐘。それに合わせ、ぐぐっと重々しく大扉が開いていく。
「おお、これは凄い」
思わず声が出る。視界一面から溢れ出る本棚。ぐるりと巡らしても余るほど。さすが王都神殿という事かな。
利用者もかなりいる。神官はもちろんだけど、学者風な人も見られる――これは期待できそうだ。
「うわぁ、たくさんありますね!」
「デライラは本が好きなの?」
“はい!”と勢いよく頷いた彼女の目は、きらきらと輝いていた。
「では、私はこれで」
「助かった。ありがとう」
レナルドに合わせ会釈すると、ゼン神官は恭しく頭を下げ神殿へと戻って行った。
「さて、せっかくの機会だが、あまり遅くならないようにな」
ふと窓に目をやると、日はすっかり昇りきっている。宿に待ち人ならぬ、待ち妖精あり。確かに長居していると、クレアとセイディに文句を言われそうだ。思わず呆れ混じりの笑みがこぼれる。
「……これでもないか」
閲覧用のテーブルに、どんと積まれた書物。魔法理論から神話まで、レナルドチョイスのものばかり。それでも、魂の転生どころか、宝玉についても詳しい情報は見当たらない。
「どうだ?」
「ダメだね……時代による解釈違いはあるけど、大きくは変わらない」
「ふむ、一筋縄ではいかないか」
レナルドは太いため息をつきながら、他の本棚に目をやっている。
「ただ、一つ良いことがあったよ」
「なんだ?」
「神話にかなり詳しくなった」
「ふふっ、それは良い事だ」
笑みを交わすと、レナルドは書物を回収し始めた。
「そろそろ出よう。デライラにも声をかけてくれ」
「わかった……ん?」
視界の端、図書館から慌ただしく退室していく神官たちが見えた。
騒がしさは一時の内に落ち着き、次第に静寂を取り戻していく。
ただ、どこかピンと張った空気を感じるけど……気のせいだろうか。
周囲を気にしつつデライラを探すと、長テーブルにぽつんと一人座っていた。
ほんわか雰囲気をまとい、りんりんと目を開き、口元を緩ませている。
デライラのあんなに楽しそうな表情は、初めて見るな。
悪いなと思いつつ声をかける。
「デライラ、そろそろ戻ろう」
「あ、ブラントさん」
「随分集中していたみたいだけど、何か面白いものでもあった?」
デライラはにっこりと笑みを浮かべた。
「ええ、私の知らなかった神々の物語がたくさんあって、とっても惹かれました」
「へえ、どれどれ」
ほわりとしたデライラの表情に絆され、思わず一冊手に取ってしまった。
「これは、神々の争いの物語だな……」
この世界の信仰は基本五大神だけど、地域や文化によって派生した神々も存在している。デライラが読んでいたのは、そんな神々のこぼれ話的なものだった。
世の破滅を望む二柱の女神あり。
死の女神は 妖艶な色香を漂わせ
眠りの女神は 豊満な肢体を魅せ
破壊と戦しか知らぬ男神達を惑わした。
女神達の思惑通り、世は破滅への業火に包まれていく――
傾国の美女というやつかな? 結構俗っぽいな。
「……デライラ、これはどういう意味なのかわかる?」
読み進めていく内に、よくわからない一文があった。
解き放たれた神々の力は
世の理を巡らず
世の理から溢れ
和の調べを以て
世に形を成した
「ああ、それはよくある言い回しですね――“調和の神によって、世界は平和を取り戻しました”というのが主な解釈です」
「なるほど?」
神々の争いを結ぶ一文なのか……でも、何かひっかかるような。
思考を飛ばしていると、低く野太い声が背後からかかる。
「二人共、何をしてる」
「うわっ! ――レナルドか、びっくりした」
腕を組み、難しい顔をしている。でも怒ってるわけではなさそうだ。
「何やら騒がしくなってきた。早めに戻った方が良さそうだ」
周囲を見渡すと、司書以外は誰もいなくなっていた。その司書すらも若干アワアワしているように見える。
じりりとひりつく空気が肌を焼く。
こつこつこつと、足早に歩く音が回廊から聞こえてくる。
……今度は気のせいじゃないな。




