幕間.過去との接触(レナルド視点)
時系列は少し戻ります。
09.軍に属する者たち
10.無意識の引き金
以上のエピソードと同じタイミングのお話です。
模擬戦――ブラント&デライラ vs セス&ミラ直前
「えっと、どうする? デライラ」
「……私はかまいません」
決意を感じるデライラの視線が、ブラントに注がれる。
「わかりました。やりましょう」
デライラの思いを尊重するように同意するブラント。
彼の空気を読む力は美点ではあるが、もう少し正直になっても良いと感じる時がある。
一瞬ブラントと視線が合う。声をかけようか迷っている内に、模擬戦が始まってしまった。
見学位置に下がり、様子を伺う。
ブラントは魔銃に手をかけ、デライラはメイスを構えている。
対するセス神官は片手剣、ミラ神官は短剣のようだな。
模擬戦では訓練用の木剣で行い、攻撃魔法は禁止されている。
しかし今回は、実戦用の武器と、魔法の使用が許可されている。セス神官とミラ神官からの進言を、監督者のゼン神官が受け入れたルール変更だ。
『緊張感のある環境での実力を見る』
ゼン神官の言い分は理解できる。だが、急なルール変更を申し出たセス神官とミラ神官。単純にブラント達の実力を見たいだけなのか、それとも何か目的でもあるのだろうか……いや、考え過ぎか。
「何事もなければ良いのだが……」
予言めいた独り言に思わず苦笑が漏れる。
意識を訓練場に戻した時、後方から足音が聞こえてきた。ずるりずるりと、地面を擦りながらゆっくりと近づいてくる。
「久しいな、レナルド・チェンバレン――いや、英雄様と呼ぶべきか」
聞き覚えのある声の方を見ると、恭しく垂れた頭があった。
湿気でうねった長めの髪。色褪せた肌。年齢不詳の顔貌。見知った人物は一人しかいない。
「モーガン……しばらくだな。まさかこんな形で再会するとはな」
「巡り合わせて頂いた、神に感謝だな」
モーガンは大仰に両手を広げ、喜色の声を上げた。
「柄にも無いことを……」
「わかるかね」
長い髪の隙間から、ぬるりとした眼光が煌めく。
ぞわりしたものが背中を走り、思わず後ずさる……早く話を終わらせよう。
「それで、何の用だ?」
「なに、キミの部下に興味があってね。なかなか良い人材をお持ちだ」
「勘違いしているようだが、二人は友人であり仲間だ」
「ふははっ! そうだった、キミはそういう人だったな」
モーガンはぐっと口角を上げながら、薄らと口を開く。
「あの “氷炎の妖魔たち” を迎え入れる程だからな?」
「なぜ、その名を……」
どくんと胸が跳ね、心が波立つ。
「何を驚く事がある? 軍属であれば、誰でも知れる情報だ」
モーガンの目が細まる。見透かされるような視線。
“氷炎の妖魔”――人魔大戦直後、残党討伐隊である旧王都軍を返り討ちにした妖精達の事を指す。それはつまり、クレアとセイディの事だ。
人間の、旧王都軍の法によれば二人は罪人だ。だがそれは、私が後見となり軍を離れることで、全て終わったはず。
それに今、二人には良き友人もでき、穏やかに過ごしている。汚点扱いされる事は、甚だ不愉快だ。
「話はそれだけか?」
話を断ち切ろうとしたが、モーガンはやや慌てた様子で言葉を続けた。
「まあ、そう急くこともないだろう。実はキミに頼みがあるんだ」
「頼みだと? 退役した私なぞに頼らなくても、王都軍には優秀な者がいるだろう」
「確かにそうだ。特にセスとミラは申し分ない」
「なに? では彼らは……」
「私の部下だ」
モーガンは事も無げに言い放ち、話を続ける。
「ただ、私は軍に嫌われてしまってね。これ以上は望めないのだよ」
「……それで、何をさせたいのだ?」
興味本位が勝ち、思わず聞いてしまった。
モーガンはぐっと口角を上げ、口開いた。
「今の研究が少々行き詰まっている。キミの力を借りたい」
“研究”という言葉に、奴の悪い噂がよぎる。そして王都軍との不和。もしかしたら、王都軍もモーガンを持て余しているのかもしれない。
これ以上踏み込むと、碌なことにならないな。
丁重に断ろうとした時、遮るようにモーガンが話を続けた。
「それに、キミの優秀な“友人達”にも協力してもらえると、非常に助かるのだが」
縋る視線。どろりと緩む口元。悦に入る表情。
私が手を取ると確信しているのか……不愉快が過ぎる。
クレアとセイディの過去に土足で踏み入った挙げ句、ブラントとデライラを巻き込めと?
冗談じゃない。
一瞬にして心が煮え滾る。
「なにをフザケた事を――」
発火するように開口した時、訓練場から違和感を感じる。
強力な魔力の蠢き。
空間を伝う異様な圧力。
視線を移すと、模擬戦は佳境になっていた。
ミラ神官を制圧するデライラと、その後方に迫るセス神官。
――ブラントは?
視線を巡らせた先、煌々と輝く魔銃を携えるブラント。
全身を巡る魔力が収束していく。
あれを放ったら危険だ!
「ブラント!!!」
思わず放った声。
静止するブラント。
「そこまで!」
次いで、ゼン神官の声が訓練所に響き渡る。
「うおっ?!」
ブラントの間の抜けた声。彼の足元からうねるように突出する魔力が、全身に巻き付いていく。
「止まったか」
あのまま放っていたら、セス神官だけでない。その延長上にいたデライラにも被害があっただろう。何があったのか問い詰めなくてはな。
「私は所要ができた。これで失礼する」
「……」
返事がない。
あれほど引き止めていたのにと、疑問に思ったのが間違いだった。
一瞬見たモーガンの顔は、私のその先を見つめていた。
ぎらりとした獰猛な視線。それは、ブラントに注がれていた。
悪寒がぞくりとが背中を撫でる。
気づいたら背を向け、ブラントの下へと歩を進めていた。




