12.興味関心の代償
「遅いわよ!」
「温かい内に食べなさいよ」
宿に戻ると、本日のご飯担当である妖精達が待ち構えていた。腕を組みぷりぷりしているクレアと、淡々としたセイディ。
「おわっとと!」
口を挟む間もなく、二人に手を引かれ、食堂に案内されてしまった。
「これは、すごいな……」
広いテーブルに並ぶ豪華な食事。色鮮やかな前菜と、ジューシーなメインディッシュ。とろりとかかるソースが輝いて見える。
まだ気持ちが落ち着かなくて、食事どころじゃなかったんだけどな。遅れてきた芳しい香りに食欲をかき立てられる。
「いただきます!」
一口食べた途端、旨味が広がり手が止まらない。ほわりと体が熱くなり、トゲトゲしく冷えた心までも温んでいく。やっぱり食事は偉大だな。
「おいしいですね」
「当然よ!」
柔らかく笑うデライラに、クレアは胸を張り、セイディは頬を緩ませる。
穏やかな雰囲気の中、視界を過ぎるレナルドの硬い表情。それは、瞬きの内に解けてしまう。
“どうしたの?”という言葉を呑み込み、次の一口を含んだ。
「ふう、満足」
食後のお茶を口に運ぶ。シトラス系の香りが、すっきりと喉を潤してくれる。
「もういいわ。また明日ね!」
「ゆっくり休みなさい」
クレアとセイディのにこやかな声が聞こえる。
「……では、お先に失礼しますね」
ふらりとした足取りで、デライラが部屋へ戻っていく。
さっきまで二人の妖精に囲まれていたけど、ようやく解放されたみたい。
「じゃあ、俺も戻るかな」
「ブラント少し良いか?」
いつもより低いトーンのレナルド。ぐっと喉がつかえる。
「話がある。できれば君の部屋が望ましい」
見上げたレナルドの表情は暗く硬く、ただ頷く事しかできなかった。
背中を押す重たい空気は、足取りを遅めている。階段の軋む音も嫌に大きく聞こえる。
ようやく着いた扉を開け、椅子に座るよう促した。
「それで、なんの話だい?」
「まず話すかどうか迷っていたと、わかって欲しい。私の事に巻き込んでしまっていると」
なんだか歯切れが悪いレナルド。一拍置いてゆっくりと口を開いた。
「模擬戦の時の事だ。奴が、モーガンが接触してきた」
思わぬ名前が飛び込んできた。胸がざわつき、不穏な空気が流れる。
「……なんでまた?」
「奴の研究にアドバイスして欲しいそうだ。端的に言えば勧誘だな」
非人道的な研究――モーガンにつきまとう悪い噂がよぎる。
「それで、返事はしたの?」
「まだだ。直前に君の魔力が爆発的に増えたのを感じてな。それ所ではなかった」
「うっ……」
「不幸中の幸いかな」
レナルドの乾いた笑いが響く。
「でもどうするんだい? 王都にいる限り避けられないよね」
「思う所はある。だが、関わる事自体がリスクだろう。それに――」
「まだ何かあるの?」
割ともうお腹いっぱいなんだけどな。
「クレアとセイディについても、知っているようだった」
「それって、二人が旧王都軍の小隊を返り討ちにしたっていう……」
深く頷くレナルド。
「正直想定が甘かった。思ったより神殿……いや、王都軍はこちらに関心があるとみた方が良い」
レナルドへの接触と、クレアとセイディの過去。
なるほどレナルドの事情だ。
「よからぬ関心じゃなかったら、良いんだけど」
「全くもってその通りだな」
レナルドは視線を上げるとため息をつき、口を閉じてしまった。
無言のまま、しばらく時が流れる。
街灯に照らされる窓は次第に闇に包まれ、寒々しい空気が流れてきた。
「――もうこんな時間か。そろそろ戻るとしよう。明日も早い」
確かにその通りだ。明日も訓練の日――そう考えていると、ふとデライラの事を思い出した。
「そういえば、今までの話だけど、デライラには伝えたの?」
ゆるりと首を横に振るレナルド。
「いや、彼女は神官として奴を否定している。これ以上の心労は不要だろう」
納得しつつも、胸がずきりと軽く痛む。
うーん、食後の会話にしては、胃もたれがしそうだ。こうなってくると多少のいたずら心が芽生えてくるな。
くっと上げた口角から、軽口が漏れ出る。
「あれ、僕への配慮は無しかい?」
「……信頼の証というものだ」
“ふふっ”と笑みをこぼしたレナルド。
「では、また明日」
「ああ、おやすみ」
表情の暗さは変わらないレナルドを見送る。
気がつくと、微動だにしない扉を見つめていた。
まるで朝を迎えるのを拒否しているようだ。
「そうも言ってられないな」
仕方なくベッドに入り、眠りにつくしかない。
鎮まらない胸のざわつきを感じながら。




