09.軍に属する者たち
神殿地下訓練所で行われていた模擬戦は、デライラの対戦相手からの棄権で一旦終わった。
まあ、あれは仕方ない。氷塊が付与された木剣だもの。怪我では済まないだろう。
「よくやったな」
見学していたレナルドの声が近づく。少し肩を震わせている。
「ちょっと笑ってない?」
「仕方ないだろう。規格外が過ぎる」
規格外か。“魔法禁止”の事だろうな。
「やっぱりあの人達も強化魔法を?」
「ああ、もちろん。始めから使っていた」
「どうりで一撃が重いはずだよ」
デライラはまだわかってないようだったので説明すると、絶句していた。
「先の調査では実感がなかったかもしれないが、あの二人との……スカーレリアでの特訓は、君たちの力になっている」
レナルドは濁したけど、クレアとセイディとの事だ。本人達は遊んでいるつもりなんだろうけど、ほんとに大変だった。特に二人揃った時は、勝てる気がしない。
ふとデライラを見ると、遠い目をしている。彼女も妖精たちにしごかれた内の一人だ。
「ただ、あれが彼らの実力と思わないように」
「どういう事?」
「おそらくデライラは、木剣の使い方に違和感があったのではないか?」
驚きながら頷くデライラ。
「それは彼らも同じだ」
「あ……」
「得意な武器や環境、それに魔法。様々な要素を省いた結果が今の模擬戦だ。驕ることのないように」
「確かに。肝に銘じとくよ」
「よろしい」
デライラも真剣な顔で頷いている。
俺達を見て、満足そうに頷くレナルド。
レナルドと感想戦をしながら一段落していると、鋭く高めの声が訓練所に響いた。
「ゼン神官」
声のする方を見ると、三人の神官がゼン神官の下に集まっていた。
あれは確か、セス神官とミラ神官……その後ろには、顔合わせの時にも居た神官。
色褪せた肌。湿りうねる髪。ゆるりと上がる口角。
「モーガン……」
溢れ出るようなレナルドの声。あれが軍属神官モーガンか。
顔合わせの時も、セスとミラの後ろにいたけど……二人の神官も軍属ということか。
「なんですか、セス神官」
モーガンに気を取られている間に、セス神官とゼン神官が会話していた。
「ボク達も、彼らとの手合わせをお願いしたい」
ちらりとこちらを見るセス神官。
「今度は武器も魔法もありで、ね」
ミラ神官は無表情のまま、しれっとルールを追加した。
気がついたら、とんでもない会話がなされていた。武器も魔法もありの模擬戦? さすがに認められないだろうけど、嫌な予感しかしない。
「ふむ」
ゼン神官は顎に手を添え、ぐるりと参加者を見渡す。少しすると考えがまとまったのか、口を開いた。
「召集した意味を考えれば、緊張感のある訓練も必要といえますか……どうでしょうか」
ぎろりと視線を向けるゼン神官。まるで“逃げないよな?”と言われているようだ。
予感的中。断れるような空気でもないし、とりあえずデライラにも聞こうか。
「えっと、どうする? デライラ」
「……私はかまいません」
彼女の真剣な眼差しが向けられる。一見消極的な返事だけど、やる気に満ちている――これは腹をくくるしかないか。
「わかりました。やりましょう」
決断した視界の端に、不安そうなレナルドの顔が見えた。
訓練場中央、最初の位置は前方約5mにセス神官とミラ神官。デライラとは3m弱で横並びになっている。
「では、はじめてください」
ゼン神官による開始の合図と共に、俺は後方に距離を取る。デライラはその場に留まりメイスを構えた。
「凍てつき、結びつけ。停まり、止まれ――」
歌うようなデライラの祝詞。徐々に氷の魔力が高まり、周囲に冷気が漂い始める。
こちらの隊列は、デライラが前衛で俺が後衛だ。女性を前に出すのは気が引けるけど……俺がやる事は、彼女の準備が整うまでの援護と相手の観察だ。
移動しながら神官達に目をやる。セス神官は片手剣、ミラ神官は短剣の二刀流か。二人とも前衛のようだけど、どう動く?
途端、ミラ神官が前傾姿勢になり、弾けるように飛び出した。
一直線に駆ける方向――狙いはデライラか!
射撃、援護……いや、間に合わない! 前方で硬質な衝撃音が響く。
「デライラ!」
「大丈夫です! 捉えました」
力強いデライラの声。左小手に展開されたのは、魔法の氷塊――それは氷の大盾となって、ミラ神官の特攻を防いだ。
一安心――と思った矢先、激しい斬撃音に包まれる。
「わわっ!?」
驚くデライラに、間髪入れず続く二撃、三撃。
四方八方に飛散する氷片。
連撃で氷盾が削られる。
防戦一方のデライラ。無表情のまま追い詰めていくミラ神官。
大盾相手にお構い無しかよ、援護……って、近過ぎて、狙いが定まらない!
ふと視界に見える人影。
デライラの左手側面に接近するセス神官。
追撃か!そうはさせない。
狙い定め引き金を引く。
白色の閃光に続く発砲音。
身じろぐセス神官。いや、もう遅い。
直後、着弾寸前、魔弾が霧散した。
「弾いたのか……?」
振り抜かれた片手剣。消散する魔力。
よく見えなかったけど、状況証拠が斬ったと言っている。
セス神官が無表情のままこちらを向く。
焦りや驚きはない様子。
じっとりとした視線だけが俺を捉えている。
ちょっと怖い。
でも、注意を向ける事ができた。これで二対二。ようやくスタートラインに立てたな。




