05.神官の矜持
「や、やっと着いた……」
どさりと鈍い音が宿の玄関に響く。袋一杯の食材。痺れる両腕。じんわり汗もかいている。
レナルドと別れた後、俺達は王都市場に寄ってきた。市場はスカーレリアでは見ない商品で溢れていた。独特な配色の衣類や、不思議な色合いの宝飾品。特に食材や香辛料は種類も豊富で、珍しいとはしゃぐ妖精たちが次から次へと買い込み、気がつけば荷物持ちになっていた。解せぬ。
「そこじゃないわ、ブラント。調理場まで運びなさい」
結構人使いが荒いセイディ。これじゃあどっちが使用人かわからない。
「ブラント様! 私たちが運びます!」
「ああ、ありがとう」
反射的に動こうとした時、他の使用人が慌てて集まり、食材を持っていってくれた。普通そうだよな?
「さあ、始めるわよ!」
腕まくりをするクレア。セイディと使用人たちを引き連れ、台所へと向かって行った。レナルドには聞いていたけど、二人とも本当に料理好きなんだな。
「遅くなったな」
「ちょうどいいくらいだよ」
料理ができた頃、レナルドが宿に戻ってきた。
「ゼン神官とは会えたの?」
「ああ、色々と聞く事ができた。食後にでも話そう」
レナルドの提案に頷き、一旦テーブルにつく。
王都の食材で作られた料理は絶品だった。存分に腕をふるったのか、クレアとセイディも満足そうな顔をしている。ただ他の使用人たちが、げっそりしているようにも見える……何があったんだ?
「――では、話を始めようか」
食事を十分に堪能し、人払いをした後、俺とデライラでレナルドの話を聞く。
「まずモーガンは、現在も王都軍所属で間違いない」
「でも、神官の白衣をまとっていたのでは?」
「“軍属神官”――王都軍の意向を受け、神官になった者がいるようだ」
「そんな……」
悲鳴のような声を上げ、眉間にシワを寄せるデライラ。
「それは、許されている事なのか?」
“政教分離” 現代人では、よぎるワードだと思う。でも、ここは異世界。常識が異なってもおかしくない。そう思ったけどレナルドは首を振った。
「ゼン神官……いや、神殿としても不本意極まりないだろう」
「レナルド様のおっしゃる通りです! 人の政には関与しない――それが私たち神官の矜持です」
真剣な眼差しで、はっきり答えるデライラ。
「だったら、なんで」
「神殿や神官は、人々にとって精神的支柱。その影響力を、王都軍や王都国府が畏れているのだろう」
「……政治的な話か」
頷きながらため息をつくレナルドに、苦虫を噛み潰したかのような顔のデライラ。ここにいる者の総意を物語っているようだ。
「それともう一つ」
まだ何かあるのかと、疲れた視線がレナルドに集まる。
「モーガンの悪い噂も、ゼン神官は把握していた」
「身辺調査済み、ということか」
「ああ……それに、噂を裏付けるような事件があった」
「まさか――」
ぞくりと冷たいものが、背筋をなぜる。
“人を人とも思わない研究”
一瞬頭をよぎったが、レナルドの言葉にかき消された。
「事故で処理され、研究室は閉鎖している。残念ながら詳細は不明だ」
「閉鎖って、余程の事があったんじゃ……」
「もしかしたら王都軍も、奴を持て余していたのかもしれない」
「そんな厄介払いみたいな……」
「そうだな――追放というのも、あながち間違いではないのかもしれない」
乾いた笑みを浮かべるレナルド。元同僚の処遇を考えると、複雑な気持ちなんだろうか。
一呼吸置き、デライラが口を開いた。
「ゼン神官は、その方をどう思っているのでしょうか」
デライラの声がいつもより低く重い。レナルドも少し戸惑っているみたいだ。
「……監視が必要だと、考えているようだ」
「危険人物、という判断でしょうか」
「ああ、王都軍の意向と、過去の失態は無視できないだろう」
レナルドの答えに、デライラが考えを巡らせ口を開いた。
「確かにその方は、過去に過ちを犯したのかもしれません。でもそれは、改めれば良いだけの事」
デライラは視線を下げ、言葉を続ける。
「ただ、軍に属しながら、神官の白衣をまとうなど――私は神に仕える者として、とても悲しく思います……」
儚げながら芯の通ったデライラの声。
それは、人の業を憂う神官の悲痛な叫びのようにも聞こえた。




