02.重い思い
所長からの呼び出し。王都神殿からの手紙。濃厚な仕事始めを経て、本日の巡回へと向かう。
治安所を出ると、分厚い雲で覆われた真っ白な空が広がっていた。まさに曇天。俺の気持ちを表したようだ。
「嫌な天気だな……」
思わず泣き言が溢れる――ダメだな、しっかりしないと。頭を振り気持ちを切り替える。
まずは市場に行くと、いつもより活気が少ない。天気のせいなのか、出歩く人は少なく呼び込みも張りがない。
一回りした後、神殿に向かう。相変わらず参拝に来ている人はいるけど、いつもと様子が違う。
「みんな気持ちが沈んでいるようだね……何かあったのかな」
「特に若い神官の表情がぎこちないな」
レナルドの視線が光る。言われてみると、神官も暗い顔をしている。
周囲を伺っていると、人影が近づいてくる。肩にかけた黃色の帯――高位神官の証。マテオ神官だ。
「これは、お二人共。巡回ですか?」
優しげな表情と、すべてを包み込むような、柔らかな雰囲気。癒やされる。レナルドの表情も心なしか穏やかになっている。
ちょうど良いから、話を聞いてみようか。
「トラブルはなさそうですけど、皆さんどことなく元気ないですね」
マテオ神官はため息をつきながら話を続ける。
「先の調査で亡くなった神官達を、未だ悼んでいるのです」
「……ああ、なるほど」
「聖職者たる者、参拝者を不安にさせないようにと、指導はしていますが……若い者は感情の制御は難しいようでして……」
憂う気持ちが参拝者に伝播したかな。こればかりは、本人の気持ち次第だからな。
何も言えないでいると、レナルドが口を開く。
「マテオ神官。あなたに声をかけられた時、少々乱れていた気持ちが、落ち着いていくのを感じた」
きょとんとするマテオ神官。無自覚だったらしい。年の功というやつか。
「あなたのように、人に寄り添える指導者がいれば、そう遠くない内に皆の心も晴れるだろう」
「チェンバレン様……ありがとうございます」
マテオ神官の表情が和らいでいく。彼もこの状況を憂いていたのだろう。
その後、別れの挨拶を交わし、神殿を後にする。
「あの調査がこんな感じで影響してるとは思わなかったよ」
「秘密裏に行われたが、悲哀という感情には敏感になるのだろう」
「……もう二度と犠牲が出ないようにしないと」
レナルドが大きく頷く。俺も他人事じゃない。思いを実現するには、今のままじゃダメだ。もっと多くを学べるためには――
その後も街を回ったけど、無事に巡回を終えた。
治安所に帰還次第レナルドと共に報告書を提出し、それぞれの帰路についた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、ブラント様」
いつもより弾んでいるアルバートの声。どことなく張り切っているように見える。
「様子が違うけど、何かあった?」
「本日は皆様お揃いです――誠心誠意、お仕えさせて致します」
ことさら丁寧に答えるアルバート。少々耳が赤い気がする。照れ隠しか?
でも良い事を聞いた。今日はみんないるんだな。という事は、久しぶの家族団欒だな。
「――家族、か」
自然と出た独り言が、嫌に響いた。
どこかくすぐったいような、不思議な感じ。でも悪い気はしない。表情が緩んでいくのがわかる。
「……ふう」
一度自室に戻り、部屋着に着替えていると、声が漏れ出る。仕事着を脱ぐたび、街で感じた重苦しい気持ちが和らいでいくようだ。
着替え終わり食堂へ向かうと、美味しい匂いが漂ってきた。香ばしいスパイスと、じっくり煮込んだスープ。匂いだけでもう美味しい。
「うお! 今日は豪華だな」
意を決して食堂に入ると、今まで以上に豪華な料理が並んでいた。食卓が光って見える。
料理に釘付けになっていると、自慢げなアルバートが見える。他の給仕もしたり顔だ。
少しすると皆が揃い軽く挨拶を交わす。
とろけるような食事を十分堪能した後、少し時間をもらった。楽しい食事のひとときに申し訳ないと思いつつも、王都から手紙が届いた事を報告しなければ。
「ほう、今度は王都に呼ばれたか」
父ロジャーは驚きの声を上げ、兄ジェイムズは目を見開いている。でも、姉キャロラインは微笑んでいるだけだった。あの手紙にはデライラの名前もあったからな。多分神殿にも同じような手紙が届いたんだろう。
「随分と期待されているみたいだね、ブラント。キャロラインもそう思わないか」
「ええ、兄様。高い評価を得ていると聞いてますわ」
きらりとした顔のジェイムズと、華やかな表情のキャロライン。本当に喜んでくれているようだ。
――でも俺としては、本心から喜べないところがある。
「どうした、ブラント。あまり嬉しそうじゃないみたいだけど」
「この話、違和感があるんです」
「それは……そうだな」
言葉に詰まるジェイムズ。彼も何か感じ取っているようだ。
ロジャーも大きく頷き口を開く。
「確かに名誉な事ではあるが、王都とはいえ少々越権が過ぎるな」
「はい、その事は気になっていました」
一見すると、神殿から治安所への任意の招待だ。でも、王都から地方都市への命令ともとれる。それが管轄外となれば、権力的な圧力を感じてしまう。なんだか面倒な事に巻き込まれそうだ。
「ただ、これはとてもいい機会でもあるとも思います」
「ほう?」
ロジャーの眉が上がり、その先を促す。
ジェイムズとキャロラインは、面白がるような表情をしながら俺を見ている。
「この国の中心地である王都を直に見れる事など、そうありません。せっかく招待されたのですから、飛び込んで行きたいと思います」
うんうんと頷くジェイムズ。キャロラインも嬉しそうな表情をしている。アルバートまで目をうるませている。
無言で聞いていたロジャーが、ぐっと大きく口角を上げ口を開く。
「ああ、たくさん学んできなさい」
「はい!」
胸にじんわりと温かいものを感じる。
気持ちが、ふわふわとする。
不思議だ――本当の家族ではないのに、感情がしっかりと伝わってくる。
頑張らなきゃな。




