01.招待状
「空が青い」
視界に広がる晴天。自由きままに漂う雲。そよ風が頬を撫ぜ、ほのかに熱を感じる。
力も抜け地面に寝そべっていると、ふとあの日の事を思い出す。
レリクターの調査に同行してから、気がつくと一ヶ月が過ぎていた。終わってから数日は、なかなか余韻が消えなかった。時と共に薄れてはいるけど……
完全に消えはしない――初めて遭遇した魔族との戦い。
死者も出てしまった戦い。俺は前衛を遠巻きで見て、後方で援護する事しかできなかった。
もし眼前まで接近されていたら?
そう考えると恐怖でしかない。
不安や恐れを打ち消すように、時間を見つけては、特訓に打ち込むようになった。
でも、そううまくはいかない。打ち負かされた時に限って、あの日の記憶は蘇る。
「いつまでそうしてるんだ、ブラント」
「……ああ、考え事をしていた」
現実に引き戻される思考。目の前には、差し出されたデーヴィッドの腕。遠慮なくつかまり、起き上がる。
ここは治安所の屋外訓練場。時間を見つけては、同僚のデーヴィッドに手合わせをお願いしている。
彼は生粋の接近ファイター。中遠距離の俺は分が悪い。それに意外と実力者なので、そう簡単には勝てない。倒されるのはいつもの事。でも、これも良い経験だ。
「お前、なんか変わったな」
「そう? 自分ではわかんないけど」
「やっぱり魔族とやり合ったのが、影響してんのかね」
「……それはありそうだ」
確かに戦いについては、以前よりも貪欲になったと思う。知識だけでなく、体の使い方についてもデーヴィッドに聞くようになった。
やっぱり前までは、自分が戦うなんて、どこか現実味が薄かったもんな。
デーヴィッドと話しをしていると、こちらに近づいてくる気配が一つ。
見上げる上背。魔法使いらしからぬガタイ。隣でよく見る姿――相棒のレナルドだった。
「ここにいたか、ブラント」
「おはよう、レナルド。どうかした?」
「所長が呼んでる――行くぞ」
「所長が?」
呼びつけられる事をした覚えはないけど。なんだろう……背中にひやりと冷たいものを感じる。
嫌な予感は拭えないまま、所長室へ向かう。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックの後、許可を得て所長室に入り、挨拶を交わす。
正面のデスクには、難しい顔をしたオーウェン所長が座っている。手には書類を持っている――いや、あれは手紙かな?
俺の視線に気づいたのか、所長はこちらを見て手紙を差し出してきた。どことなく、所長の顔に疲れが見える。
「スカーレリア治安所宛になってますが、内容はあなた達宛です――王都から」
「王都から? ……拝見します」
王都と手紙でやりとりする相手なんていないぞ。
思わずレナルドの顔を見るけど、首を横に振っている。彼も心当たりはないようだ。
意を決して、手紙に視線を落とす。始めは貴族言葉で装飾された前置き……一見すると普通の内容だけど――
✽ ✽ ✽
先の調査にて、魔族及び魔物との戦闘があり、調査隊は多大な損害を被った。
これは由々しき事態であり、今後の調査を見据えれば、戦力の強化は急務である。故に、王都と各都市の合同訓練を行うとする。
南都市スカーレリアからは、以下を王都ヴァイエルに召集する。
レナルド・チェンバレン
ブラント・シュリーブ
デライラ・クラーク
✽ ✽ ✽
「ウソだろう……」
思いもしない内容。いや、言わんとしてる事はわかるけど、強権過ぎやしませんか、王都。
それに、送り主が――
「……ゼン神官」
ふと、あの時彼に言われた言葉を思い出した。
「貴方とはまた会う事になるだろう――そう遠くない内に」
柔らかな笑みを浮かべるゼン神官を思い出す。まさか、あの時からこれを想定していたのか?
調査は魔族との接触もあり、中断する形で終わっていた。再開されるのであれば、地理的条件や戦力を考えれば、俺達も駆り出されるとは思っていた。ただ、こうも早く関わる事になるとは……
じっと手紙を見つめたままいると、視界の端に差し出されたレナルドの手。反射的に手紙を渡す。
あまりの事に、ちょっとボーっとしてたな。
レナルドの顔を見上げると、わずかに歪む。彼も想定外だったのだろう。
情報の共有が済んだので手紙を返すと、所長が口を開いた。
「今回の件ですが――お断りしますか?」
事も無げに言う所長。思わず息を呑み、反応に遅れる。
「断って大丈夫なんですか?」
「前提をみれば、レリクターが主体――つまり神殿の管轄です。治安所は関係ありませんので、可能でしょう」
そう言われてみればそうだな。でも、それって……
「神官――レリクターであるデライラは逃れられませんよね」
「それは、そうですね」
歯切れが悪くなる所長。
デライラとは短い付き合いだった。でも、調査が始まるまでの間、仲間として接し話し、訓練もした。魔族との戦いでも連携を活かせたと思う。そんな彼女だけを王都に行かせるなんて――できない。
「行きますよ」
所長のため息が聞こえる。“仕方ないですね”と、言っているようにも見える。
「デライラのためではありません。これは、僕にとってもチャンスなんです」
「というと?」
ついさっきとは違い、興味津々といった表情の所長。
「あの魔族との戦いで、自分自身まだまだ足りないと、身に沁みました――今一度、しっかりと鍛え直したいと思います」
応えるように頷く所長。そして、俺への視線が外れ、レナルドに向けられる。
「あなたはどうします?」
当たり前の問いにドキリとする。いつも隣にいてくれたから、着いて来てくれるものだと、疑いもしていなかった。
そんな不安な気持ちとは裏腹に、レナルドは優しげな表情をしながら口を開いた。
「無論、私も同行する」
彼の言葉に、心底ほっとした自分がいた。
「すまない、レナルド。勝手に決めてしまって」
「構わない。それに、君ならそう言うと思っていた――なにせ私は相棒だからな」
自慢げな表情をしながら、軽く胸を張るレナルド。いわゆる“ドヤ顔”だ。
相棒と言ってくれた事を喜ぶべきか、見透かされていたのを嘆くべきか……とっても悩む。
ちょっとからかわれている気もするんだよなぁ。




